これから新社会人となる2025年卒の若者たちは、24年卒に続き大学生活のほとんどをコロナ禍で過ごした「マスク世代」です。
大学時代は年齢や背景が異なる仲間と出会い、アルバイトなどを通じて多様な経験を積む貴重な期間。しかしコロナ禍のせいで、リモート授業が当たり前になり、自宅で一人きりという生活が続きました。
とくに、彼らの多くが大学に入学した2021年は「デルタ株」が流行し、全国各地で緊急事態宣言が発出されました。友達や教授とのコミュニケーションは希薄になり、アルバイトも休業要請などで思うように働けない。外に出ても人との接触が厳しく制限され、実際に対面での関わり合いをほとんど持てなかったのです。
このように、人と人が直接触れ合う機会が乏しいまま社会人となる「マスク世代」が、どのように職場に適応していくのかは、まだ誰にもはっきりとはわかりません。「デジタルツールが得意なのは心強いが、人と関わる力があまりにも弱すぎるのではないか」という不安の声も多く聞こえてきます。
そこで本稿では、新入社員を受け入れるにあたって企業がどんな点に気を配るべきか、改めて考えてみたいと思います。
毎年、企業の新入社員研修を担当していますが、マスク生活が長引いたことで、ここ数年は「表情が読めない」新入社員が本当に多いと感じています。日常的にほとんど表情筋を使わないまま過ごしてきたため、マスクを外す機会が増えた今でも無表情の人が非常に多いのです。
とはいえ、彼らに感情がないわけではありません。実際、SNSやチャットツールではスタンプや絵文字を使ってしっかり感情を表現しています。ただ「顔に出す」ことに慣れていないため、リアルなコミュニケーションの場では無表情に見えてしまうのです。
さらに、人の表情から相手の考えを推し量るという経験も不足しているため、表情がコミュニケーションにおいてどれだけ重要なのかに気づいていないケースが多く見られます。
人と人とのやりとりにおいて、言葉以外の要素(視線、表情、声のトーン、身振り手振りなど)は「ノンバーバルコミュニケーション」と呼ばれ、実は意思疎通の大部分を占めるとも言われています。マスク世代の方々は、この「言葉以外の表現」が圧倒的に不足しています。
この状況を改善するには、表情筋トレーニングが効果的です。表情筋は文字どおり筋肉なので、繰り返し動かすことで自然な表情が作れるようになります。ただし、「笑顔をつくって」と漠然と指示するだけではなく、どのように口角を上げるのか、歯は何本見せるのが理想かなど、具体的な“型”を教え、練習を積むステップが不可欠です。
また、これは新人だけが行うのではなく、ベテラン社員や管理職の方にも一緒に取り組んでほしいところです。特に50代以降の男性管理職は、黙っているだけで「怒っているのでは?」と思える怖い顔になっている人がいます。女性も、加齢とともに頬が下がり、不機嫌そうな顔つきになってしまう人も少なくありません。
いずれにせよ、笑顔を向けられて嫌な思いをする人はいません。笑顔の多い上司や先輩のほうが声をかけやすく、新人もいっそう学びやすい雰囲気になりますし、こうした経験を積むことで若手たちは「表情が人間関係にとってどれほど重要なのか」を体感し、自分からも積極的に表情を使う姿勢へと変化していきます。
もともと日本社会では、核家族化や近所付き合いの希薄化といった背景があり、若者が大人と直接触れ合う機会が少なくなっていました。そこにコロナ禍が重なり、学校の先輩やアルバイト先、先生など目上の人との関わりすら激減し、「大人との関わり」や「叱られる経験」をたくさん積めるはずの時期に、その機会がほとんど失われてしまったのです。
「叱られない」「人との関わりが少ない」という状態が長く続いたマスク世代は、上の世代の方々よりも知らないことが多くなります。
ここで問題なのは、彼らが「自分が何を知らないのか」さえ知らないこと。それでいて、何でも知っているかのように錯覚していることです。
これまでの新入社員研修では、名刺交換やビジネスマナーなど「知っていることを、現場でできるようにする」ということが求められてきました。しかし今はその前の段階「知らないことを知る」ステップからスタートさせる必要があるのです。
ここを抜きにしてしまうと、研修担当者や上司は「こんな基本的なことも知らないのか」と戸惑い、ギャップがますます大きくなるでしょう。
スマホで検索すれば、なんでも情報が引き出せる世代です。一方で、フィルターバブルやエコーチェンバー現象によって、自分と似た価値観・趣味嗜好の情報ばかり目に入ってくる状況が加速しています。無意識のうちに自分の興味のあるトピックだけを選んでしまい、視野が狭く、価値観も限定されがちです。
だからこそ、自分とはまったく違う立場や年齢の人と交流し、「世の中にはこんな考え方もあるのか」と気づくことが成長の大きなきっかけになります。
ところが、上司や先輩の側は、セクハラやパワハラのリスクを意識するあまり、新入社員との距離をとりがちです。強く叱るような言動は「ハラスメント」と見なされる可能性があるため、つい無難なアドバイスや表面的な関わりで済ませようとする人がますます増えています。
これでは新入社員が、新しい視点を得るチャンスが失われていくばかりです。
人は「心地よい範囲(コンフォートゾーン)」にいる限り、大きな成長は望めません。企業や組織が新入社員を戦力化したいと考えるなら、彼らが「未知の領域」に触れられるような場や関係性を意図的につくる必要があります。
威圧的・支配的な言動(本当の意味でのパワハラ)は論外ですが、コミュニケーションをしっかり取りながら「ここは間違っているよ」「こういう方法もあるよ」と細かくフィードバックできる上司・先輩の存在こそ、新入社員の成長と組織の活性化において、今ますます求められているのではないでしょうか。
昭和・平成・令和と時代が移り変わる中で、「効率化」や「便利さ」が日常のあらゆる場面に浸透し、物が溢れる豊かな環境が当たり前になりました。その結果、若い世代の中には「ラクをすること」に慣れすぎてしまい、本来ならば大切にすべき「苦労を通じて得られる喜び」や「周囲への感謝の気持ち」が育ちにくくなっていると感じる場面があります。
本来、誰かが自分に割いてくれる時間や労力はとても貴重なはずです。それにもかかわらず、手伝ってもらったり、支援を受けたりしても「当たり前」と思ってしまい、ありがたさに気づけない。結果として、周囲とのコミュニケーションもうまくいかず、人間関係にまで悪影響を及ぼしてしまいます。
また、ラクして手に入るものは誰でも手にできるため、自分の強みや差別化にはつながりにくいという厳しい現実もあります。「若い時の苦労は買ってでもしろ」と言われる通り、若いうちにこそ「苦労」や「試行錯誤」を繰り返し、自ら動いて壁を乗り越える経験を積むことが、替えのきかない「あなたしかいない」と言われるようなビジネスパーソンになるためには必要不可欠です。
20代・30代であれば体力的にも無理がききますし、達成感を味わうことで世界の見え方が大きく変わってきます。
だからこそ、組織や上司が意図的に少し背中を押してあげることが大切です。たとえば、あえて相手の能力を少し超えるようなタスクに挑戦させ、失敗があったとしてもそれを次の糧にできるようフォローする環境を用意します。
このとき、ただ丸投げするだけでは挑戦から逃げてしまうかもしれません。まず目標を小分けに設定し、進捗を細かく確認しながらアドバイスを与えるなど、段階的にスキルを伸ばせる体制を整えることが効果的です。
こうして、自力で壁を乗り越えたときの達成感を何度も積み重ねるうちに、「少し苦労するくらいが自分を伸ばす近道なんだ」と実感できるようになり、自然と「ラク」ではなく「可能性を追求する」という思考へシフトしていくはずです。
「与えられた環境でどうラクに過ごすか」ではなく、「自分の可能性をどこまで伸ばせるか」を意識できるようになると、本人にとっても組織全体にとってもプラスの効果が生まれます。
これから社会に出てくる「マスク世代」の新入社員に対して、多くの企業が不安や心配を抱えているのは事実です。ジェネレーションギャップは年々激しくなっており、ビジネスの基礎を身につけていない新人をどのように育てるか、手探り状態で悩む声もよく聞かれます。
しかし一方で、リモート環境やデジタルツールへの適応力が高く、既成概念にとらわれない柔軟な発想を持つのもこの世代の大きな特長です。どんな時代にも共通することですが、新入社員はまさに可能性の塊と言える存在です。そのポテンシャルを十分に引き出せるかどうかは、受け入れる企業側のスタンスや育成のあり方にかかっているのです。
大切なのは、感謝の気持ちや苦労を厭わない姿勢、仕事に没頭して得られるやりがいや達成感を、若いうちにしっかりと体験させることです。新入社員に対して、腫れ物に触るように扱うのではなく、時には厳しく指摘しながらも、前向きに支える仕組みを整える。
叱られたり失敗したりする中で、若手は「努力を積み重ねることの意義」を学び、自分で考え行動する力を育んでいきます。
どんな世代であっても、新入社員の育成次第で、組織の未来が左右されるということは間違いありません。
経営者や管理職に求められるのは、このマスク世代が自分の可能性を最大限に伸ばせるような環境を用意し、背中を押してあげることに尽きると言えるのではないでしょうか。「働くことの価値」をしっかり伝え、苦労の先にある喜びや挑戦の大切さを実感させることが、若い世代のこれからの人生を左右します。
未来を担う人材が心身ともに成長し、力を発揮していく過程で、企業自体もまた大きく飛躍していくのです。新入社員を育てることは、すなわち企業の未来を育てること。その姿勢と意識を持って、新しい時代に向き合っていく企業こそが成長していくと私は確信しています。
———-朝倉 千重子(あさくら・ちえこ)新規開拓会長/「トップセールスレディ育成塾」主宰1962年大阪生まれ。小学校教師、税理士事務所、証券ファイナンス会社などの勤務を経て、人材育成の企業に営業職として入社。営業未経験ながら、礼儀礼節を徹底した営業スタイルを確立し、3年で売上NO1、トップセールス賞を受賞。その後、自身の営業ノウハウを広く伝えるべく独立。2004年6月、株式会社新規開拓設立、同代表取締役に就任。女性の真の自立支援、社会的地位の向上を目指した、「トップセールスレディ育成塾」を主宰。開講から20年経ち、卒業生は延べ3800名を超える。これまでに著作は41冊(累計約48万部)刊行され、近著に『運を整える。』(内外出版社)がある。———-
(新規開拓会長/「トップセールスレディ育成塾」主宰 朝倉 千重子)