「16歳のアイドルを自殺に追い込んだパワハラ社長」という“ウソ”を弁護士に流布された男性の「せめてもの願い」

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あの日を境に人生は一変した。テロップに踊る「パワハラ」の文字。テレビ画面には犯罪者のように見える自分が映っていた。きっかけは弁護士5人が遺族と共に開いた記者会見だった。6年半の月日が経過した今もあの時負った傷が癒えることはない。(前後編の後編)
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【写真を見る】東京弁護士会が懲戒処分を下した「イケメン弁護士」
前編【“紀州のドンファン”妻の元代理人「イケメン弁護士」が弁護士会から懲戒処分を受けていた「弁護士としての品位を失うべき非行」とは?】からの続き
愛媛県で農業生産法人「Hプロジェクト」を経営する佐々木貴浩さん(57)は、6年半前までは不自由ない暮らしをしていた。会社にはアルバイトを含めると15人超の従業員が所属。農作物の生産・販売のかたわら始めたイベント業も順調だった。
イベント業での売りは、自身がプロデュースしたご当地アイドルグループ。地元の中学生から大学生くらいまでの女子で構成される農業アイドル「愛の葉Girls」は地元で引っ張りだこの人気で、県内で開催されるイベントに彼女たちを連れて回る忙しい日々を送っていた。
生活が一変したのは2018年3月のこと。愛の葉Girlsの中心メンバーだったA子さん(当時16)が自殺してしまったのだ。理由は今でもはっきりしない。ただA子さんからは複雑な家族についてよく相談を受けていた。A子さんに頼まれ、高校の入学金や制服代を用立てる準備をしていた矢先の出来事だった。
ショッキングな出来事だったが、残されたメンバーとA子さんのためにもこれからも頑張っていこうと誓い合った。そして半年が経過し、ようやく立ち直ったと思った矢先に予想もしていなかったことが起きた。
遺族が自分に対して訴訟を起こすと記者会見を開いたのである。不意打ちだった。真っ青になってテレビをつけると、遺族の横に並んだ弁護士たちが自分のことを「パワハラ社長」のように語っていた。1日10時間以上働かせ、亡くなる前のA子さんに自分が「辞めるなら1億円払え」と言って追い込んだ――。すべて身に覚えのない話だった。
会社まで駆けつけてきた記者たちに慌てて対応したが、すでに植え付けられてしまった疑惑を覆すのは容易ではなかった。
「弁護士の言葉には信頼性がある。本当は一方の主張なのに、断定的に話されてしまったので、記者や視聴者は本当のことと思ってしまったのでしょう。しかも、遺族側弁護団は『芸能人の権利を守る 日本エンターテイナーライツ協会』というご立派な団体の共同代表理事だというのです。テレビで馴染みのタレント弁護士までいました」
「人殺し!」「パワハラ社長!」。会社には連日抗議の電話が鳴り続けた。SNSには家族の写真まで晒された。得意先からは仕事のキャンセルが相次ぎ、売上は激減。自殺も考えた。
だが、佐々木さんは耐えた。家族や従業員の生活を守るためにも不当な風評被害を打ち砕かなくてはならなかった。会社の売り上げが激減する中、弁護士費用や裁判のため東京まで通う交通費が重くのしかかったが、長い裁判闘争を戦い抜いた。そして勝訴した。
遺族側からは2件の訴訟を起こされたが、いずれの裁判でもパワハラも過重労働もなかったと認定された。佐々木さん側から遺族と弁護団5人を名誉毀損で訴え返した裁判でも勝訴し、550万円の賠償金が支払われた。気づけば6年あまりの月日が過ぎていた。
しかし風評被害は今なお回復しないままだ。イベント業はほぼ閉業。売上は3分の1に減った。この間従業員は全ていなくなり、今は一人で会社を回している。裁判で勝訴したことが伝えられ始めた3年ほど前、久しぶりにイベント企画の仕事が入ったが、翌年にはすぐ打ち切られることもあった。
「担当者は『申し訳ない。本当はお願いしたいんですが内部で反対の声があって…』と口を濁すのです。ああ、いくら裁判で勝っても一度植え付けられたパワハラ社長のイメージは拭えないのだと気づきました」
3月18日、東京弁護士会から、佐藤大和弁護士と望月宣武弁護士に対して懲戒請求していた結果を知らされた。懲戒委員会は、記者会見が名誉毀損に当たるとし、両弁護士について「記者会見の内容について責任を負うべき立場にある」として「戒告」処分を出した。両弁護士が20代女性から陳述書を得ようと説得した際に話した言動についても、「弁護士の証拠収集活動として非難されるべきもの」として、弁護士としての品位を失うべき非行と断じた。
懲戒処分が出たことにはほっとしたが、わだかまりが解けたわけではない。
「弁護団の中には、いまだにタレント弁護士気取りでテレビに出演している人もいます。賠償金は支払われましたが、未だ謝罪は受けていません。反省もしていないでしょう。彼らが正義面して芸能人の権利を語ることに納得できない思いがある」
失った時間やお金、信頼を完全に取り返すことは諦めている。だが、前を向いて歩きたい。そのためにも続けようと思っていることが、自分の経験を語り続け、社会に知ってもらうことだ。
「弁護士をしている人、これから弁護士になろうとしている人に知ってほしい。一方を擁護するのが仕事なのはわかります。ただ弁護士は社会正義を守るべき立場の人のはずです。もう一方を傷つけるウソを自ら拡散していいわけがありません。マスコミにも同じことが言いたい。自分たちの影響力をよく考えて仕事をしてほしい。名もなき人間の営みをいとも簡単に壊せる力を持っていることをわかってほしい」
二度と自分と同じような被害者が生まれないこと。それがせめてもの願いだと語る。
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「デイリー新潮」が佐藤、望月両弁護士に、東京弁護士会が懲戒処分を出したことについてコメントを求めると、望月氏は「不当な処分であり、争うつもりです」と回答。
佐藤氏からは下記の文章が送られてきた。
〈エンターテインメント分野における児童を含む未成年者の働き手は、労働者として保護すべきであり、本件における労働者性を否定した判決については、年少者保護規制等の観点を含めて、学者や実務家から様々な批判を受けている(参照)https://era-japan.org/archives/911)。
昨年、国連人権理事会の作業部会の報告書においても「アイドル業界においても、作業部会は若いタレントがプロデューサー、広告主、およびエージェントのすべての厳しい要求に従うことを義務付ける契約に強制的にサインさせられ、遵守しなかった場合には高額な罰金が課されるという状況を聞きました。」等とアイドル業界における深刻な問題について指摘を受けたこと、また昨年末には、公正取引委員会が「音楽・放送番組等の分野の実演家と芸能事務所との取引等に関する実態調査報告書」を公表し、同報告書では、芸能事務所は実演家に対して優越的地位に立つ蓋然性が高いとし、芸能事務所の言動をも問題視したこと等を踏まえて、今後も引き続き、我が弁護士人生の全てを賭けて、様々な圧力に屈することなく、我が国のエンターテインメント分野における人権問題を解決するために尽力しつつ、エンターテインメント業界の実演家の働く環境、取引条件等の是正に全力で取り組んでまいりたい〉
東京弁護士会が2弁護士に懲戒処分を下した判断の詳細については、前編【“紀州のドンファン”妻の元代理人「イケメン弁護士」が弁護士会から懲戒処分を受けていた「弁護士としての品位を失うべき非行」とは?】で伝えている。
デイリー新潮編集部

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