「さす九」(「さすが九州」を略したスラング)をめぐって、ネット上でさまざまな声が上がっている。弁護士ドットコムニュース編集部も情報を募集したところ、数多くの体験・意見が寄せられた。
主に、女性からは家庭や職場で苦労したという体験談が、男性からは「男尊女卑はない」「九州男児は女性に優しい」といった反論が届いた。
「さす九」をめぐる反応をどのようにとらえればよいのだろうか。
相模女子大学特任教授で、ジェンダー問題にくわしい少子化ジャーナリストの白河桃子さんは「ジェンダーギャップの問題であって、九州に限った話ではなく、全国的な課題が背景にある」と話す。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
話題になったのは、福岡に本社のある西日本新聞が「さす九」をめぐって出した記事(3月9日)だ。記事を紹介したXの投稿は、3月27日時点で2.9億回も表示されるほどで、記事は多くの賛否を呼ぶことになった。
弁護士ドットコムニュースも、読者に「さす九」への考えや体験、そして反論を募った。
まずは、寄せられたメッセージの一部を紹介する。
「10年ほど前、地元長崎の祖父の家で、親戚の男性に祖父がお茶を出すと、怒鳴り声が聞こえてきました。『男が茶を持ってくるとは何事か!女が持って来い!』。それを聞いた母が慌ててお茶を出してなんとか場は収まりました。私は現在関東に住んでいます。少なくとも九州で結婚・出産はするまいと決めています」(神奈川/30代女性)
「『女性なんだから我慢しないと』『男の人を手のひらで転がしておけばいい』とか年配の女性に後ろから撃たれることが多いです」(鹿児島/60代女性)
「主人は絵に描いたような九州男児の亭主関白で何もしません笑。家事をしない男性にはおとなしく座って食べたり喋ったりしてほしいです」(福岡/50代女性)
3人目の女性のように、”男性を立てる”ことを苦にしないという女性もいたが、メッセージのほとんどが九州や他の地域における男尊女卑的な価値観に苦しんできたという声だった。
こうした声を複数の記事で紹介すると、「さす九」というスラングに乗った企画が「いかがなものかと思う」という意見や、特定の地域をおとしめるようなことだから「誹謗中傷だ」という意見も編集部に寄せられた。
実際に、苦しんでいる、苦しんでいたとうったえる人が存在する事実と、男尊女卑はないという声が上がったことをどのようにとらえればよいのだろうか。
少子化、男女共同参画会議など、政府の委員をつとめてきた白河桃子さんは「これは九州だけの問題ではなく、日本全国の問題です」と指摘する。
背景には、全国各地のジェンダーギャップの問題があるという。
地域によって、男女の賃金格差、大学進学率、ジェンダーギャップのレベルがどれくらいか実情は異なる。全国の地方で人口減と少子高齢化が課題となる中で、特に若い女性の流出が少子化の要因として課題となっている。
白河さんは「賃金格差と風土の問題を改めなければ、女性はどんどん出ていく」と指摘する。
「地方の賃金が低く、さらに男女で賃金格差があります。仕事がないだけではなく、職場や親族の集まりなどで女性が接待役になるような風土的な問題もあって、これは内閣府調査でも可視化されています。地方の中には、女性の進学率の低さも課題です」
少子化や女性の流出に悩む地方に呼ばれて、白河さんが講演すると、特に経済界は、こうした問題の深刻さを理解して、危機感を持ってくれるという。
ただ、課題を理解しないか、あるいは理解しようとしない人たちも一定数存在する。
「主に男性にみられる反応ですが、このような賃金格差や風土的な問題に対して、自分は何も悪いことをしていないと言いたいのです」
地域のジェンダーギャップの問題を指摘されると、彼らは悪気なく「女性には優しくしている」「自分は仕事をしている」などと反論するという。
また、男性側から「うちの地域の女性は弱くない」という反論も「あるある」だ。
「『うちなんか、母ちゃんに支配されている』から『うちは妻が強い』といった主張がありますよね。実際、女性がしっかりしていて、家の中で強い立場にあるのかもしれません。ただ、家の外の政治や経済における意思決定層において女性が増えなければ、ジェンダーギャップは放置されたままです」
九州特有ではなく、日本全国どこにでも見られることだと白河さんは強調する。
「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見や思い込み)が温存されやすい地域かどうかとも言い換えられます。地元が閉鎖的であればあるほどバイアスが残って、問題に気づかないままです」
男女の進学率に差があったり、議員や管理職に女性が少ないなど、各地で男女のジェンダーギャップは非常に大きい。
共同通信の『都道府県別ジェンダー・ギャップ』をみると、九州の各県は福岡県をのぞき、「議会の女性の割合」などの項目で下位に位置することがある。
ただ、東北や関西などでも低ランキングの県は見受けられる。
「男性にも女性にも”見えない特権”がそれぞれあり、特に男性にはある程度の特権があって、そのような特権を可視化され奪われそうになると、自分の実力だと言って抵抗するのではないでしょうか」
男性が男尊女卑を指摘されて出てくる反論は、特権側の立場にいるからこそで、自分に特権があることに気付きづらい構造もある。
「男性に同調する女性も存在します。たとえば、まだまだ男性議員ばかりの市議会の女性市議に聞くと『同じ女性、特に年上の女性から、政治は男の仕事なんだからと言われて、なかなか応援されない』と話すことがありました。女性議員さんも苦労されています」
ジェンダーギャップの問題は全国的なものであり、「さす九」のようなスラングのように地方を限定して揶揄するような振る舞いは好ましくない。
ただ、「さす九」に寄せられるSNSなどの反応を見るにつけ、「実は九州はまだまだ男性優位でも回っている余裕のある社会なのではないか。女性差別しているという気持ちもなく、女性に優しくしているんだと言い続けていくうちに、女性が地域からいつの間にかいなくなっていくおそれを感じます」と白河さん。
「男性は男性らしさの規範に従っていることが有利に働くことがあります。女性も同じように女性らしさの規範があるけど、その中にいては経済的に自立できないとか不利に働くことが少なくありません。だから女性は規範から逃げ、男性は残るのです。
男らしさの呪いにからめとられると、メンタルヘルスに影響が出て男性自身も苦しいということもあります。そして、気が付かないうちに女性はその地域社会からいなくなっていく。見えない特権を見ようとしないで、男らしさの檻に入っているうちに、知らない間にみずから首をしめていると言えると思います」
白河さんが指摘してきたような”問題とされる振る舞いをしている人”がいたら、「気づいた人がやめようと声をかければいい」という。
「たとえば、実家や義実家で酔っ払った親戚の男性にからまれているのをうまく助けたり、女性だけが台所にいて、食卓でごはんを食べていないのであれば、こっちで食べようと声をかけたりしてください。
ほとんどの男性が風土的な問題のおかしさに気づいていると思います。でも、そんな男性だって、この酔っ払った親戚の人と絡みたくないし、自分は違う考えだし、その場の雰囲気を壊してまで何か言うべきではないと判断するでしょう。
しかし、何かひと言でも言って、その場の雰囲気を変えてくれるだけで、だいぶ助けられる人がいることもわかってほしいですね」
そして何より、政治や経済、教育現場の意思決定層が率先して動いてほしいと白河さんは指摘していた。
【白河桃子さん】iU情報経営イノベーション専門職大学特任教授、昭和女子大学客員教授、千里金蘭大学客員教授、ジャーナリスト。東京生まれ。私立雙葉学園、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒業。中央大学ビジネススクール戦略経営研究科専門職学位課程修了(MBA取得)。商社、外資系企業勤務を経て執筆活動に入る。2008 年に中央大学教授の山田昌弘氏と『「婚活」時代』を上梓、婚活ブームの火付け役に。内閣府男女共同参画局「男女共同参画会議専門調査会」専門委員、内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員などを務める。少子化、働き方改革、女性活躍、ジェンダー、ダイバーシティ経営などをテーマとする。著書に『ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち』(中公新書ラクレ)、『働かないおじさんが御社をダメにする ミドル人材活躍のための処方箋』(PHP 新書)など多数。