老舗うなぎ店の隣に後から建てられたマンションの住民が、うなぎを焼くにおいや煙についてクレームをつけた、というSNSの投稿が話題となっています。
投稿したのはうなぎ店とは別の飲食店アカウントで、クレームに関する話を聞いて、同じ飲食店経営として黙っていられなかったのかもしれません。「最初からそのマンションに住まなきゃ良い」とクレームを批判。「べらぼうめい江戸っ子は匂いで白飯三杯食えらあ」と記していました。
この投稿には、「理不尽なクレーム」「後から来たのに文句言われる筋合いない」「先にいる人優先」と同調する声が殺到。一方で「入居前の説明はなかったのだろうか」と不動産業者の対応を疑問視する意見もありました。
うなぎ店からにおいや煙が出ることはやむを得ないようにも思われますが、店側は周辺住民から苦情等を受けた場合、何かしら対応をとる必要はあるのでしょうか。また、不動産業者には事前説明の義務などはあるのでしょうか。今井俊裕弁護士に聞きました。
──悪臭に関する規制にはどんな法律がありますか。
悪臭は公害の一つですが、一般的に悪臭の排出を規制する法律として「悪臭防止法」があります。
かつては畜産場や工場の近隣などで悪臭被害がありましたが、今日では街の飲食店による悪臭クレーム、という問題も増えてきているようです。
飲食店などが排出する臭気の規制として、自治体は、悪臭防止法に基づき、あらかじめ規制地域と臭気指数を定め、その基準を超える臭気を排出する事業に行政上の指導や処分をする権限があります。その限りで事業は、行政から取り締まりを受けるわけです。
しかし、これはあくまで行政上の取り締まりの対象であって、臭気の排出を疑われている事業と近隣住民との間の紛争を直接規制するルールではありません。
──当事者間に関するルールについてはどうでしょうか。
事業と近隣住民との間では、法律で定められた規制基準といったものはなく、仮に訴訟となれば裁判所がいわゆる受忍限度を超えているか否か、という枠組みで判断をして、住民側からの差止請求や損害賠償請求について結論を出します。
飲食店側としては、受忍限度を超える臭気を排出していれば、裁判所から違法と判断されることもあり得るので、その限りでは臭気の排出を是正したり改善したりする義務がある、ということになります。
──受忍限度を超えているかどうかはどう判断されるのでしょうか。
受忍限度を超えているか否かを判断する上での大きな要素は、行政があらかじめ定めた臭気指数をクリアしているか否か、です。
もっとも、排出される臭気が既定の臭気指数を超えていればそれだけで直ちに住民側の請求が裁判所によって容認されるとは限りません。
その他の判断要素として、臭気を排出する時間帯や頻度、あるいは住民からのクレームに対してこれまで飲食店がどのような対策や措置をとってきたのか、という事情も加味した上で、最終的に、受忍限度を超えているか否かが裁判所によって判断されます。
それらに加えて、飲食店側が先にその場所で臭気を排出する営業していた、後から建築されたマンションへ引っ越してきた住民からのクレームなのか、等の事情も加味されるでしょう。
──不動産業者ににおい等に関する事前の説明義務などはあるのでしょうか。
臭気を排出している事業の近隣にあるマンションやアパートを借りようとする人に対し、その賃貸の仲介にあたる宅建業者があらかじめ、臭気を排出する飲食店の存在を顧客に対して説明する義務があるのか、という問題があります。
宅建業者には、不動産を購入したり賃借したりする顧客のために重要となる事項を説明する義務が法律で定められており、近隣にいわゆる嫌悪施設がある場合も説明する義務があります。
何が嫌悪施設に該当するかについて明確な定めはないのですが、臭気を排出する事業の存在も嫌悪施設に該当するケースもあるかもしれません。
とはいえ、近隣とはいっても、その仲介しようとする物件と嫌悪施設との距離関係についても、法律には明確な定めはありません。実際に宅建業者と物件の借主との間で説明義務違反の有無を問う訴訟ともなれば、ケースバイケースの判断にならざるを得ないと思われます。
──においトラブルに関して制度的なケアはあるのでしょうか。
悪臭に関する問題について解決しようとする場合、裁判所以外の紛争処理機関として、各都道府県にある公害審査会や、国の機関である総務省の外局の一つである公害等調整委員会があります。
公害審査会は当事者の話し合いと合意による解決を目指すあっせんや調停などを主宰してくれますし、両者が審査会の仲裁にしたがう合意をすれば、仲裁による解決ということもあり得ます。いずれにせよ、解決の前提として、両者の何らかの合意が必要です。
公害等調整委員会も両者の合意を前提とするあっせんや調停や仲裁などがありますが、さらにそれらに加えて、被害者である申請人が主張する加害行為と被害との間の因果関係の存否を判断したり、あるいは賠償責任の有無に関する法律判断をしたりする権限もあります。
【取材協力弁護士】今井 俊裕(いまい・としひろ)弁護士1999年弁護士登録。労働(使用者側)、会社法、不動産関連事件の取扱い多数。具体的かつ戦略的な方針提示がモットー。行政における、開発審査会の委員、感染症診査協議会の委員を歴任。事務所名:今井法律事務所事務所URL:http://www.imai-lawoffice.jp/index.html