父親に連れられ銀座に初めて行ったのは筆者がまだ中学3年で15歳の1982年――バブル期前で、まさに日本の経済が勢いを増している時代だった。「銀座通りはニューヨークの5thアベニューに匹敵するんだ」と父は言っていた。
トレンドをいち早く取り入れる銀座は、当時大流行した人気映画のETの人形を抱え、指を光らせながら歩いてる人が闊歩していた。浜松から観光で訪れた筆者は「大人の街だ」とただただ圧倒された。
4年後に大学進学で上京した際に訪れた時も、バブル期の銀座は高級クラブのひしめく歓楽街がピークを極め、庶民が消費する場所ではなくなり、物見遊山で訪れる場所という威厳を保つ街に変化していた。
当時最も勢いのあった総合スーパーのダイエーが、日本経済の成長により豊かになる消費者に合わせて百貨店事業に参入し、その旗艦店として「プランタン銀座」をオープンしたのもその頃である。
だが、バブル崩壊によってプランタン銀座の時代は終わり、跡地は読売新聞の子会社となった。後の平成デフレを経ながら新たにオープンした「マロニエゲート」に現在入居しているのが、「ユニクロ」「ダイソー」「くら寿司」などの大衆店である。かつて銀座に百貨店があった場所は、時代の変遷に合わせて、庶民を対象とした店舗運営に大きく舵を切った。
そして満を持して2023年10月にマロニエゲートの地下1階、2階にオープンしたのが、平成デフレの申し子であるスーパーマーケット「オーケー銀座店」だ。
オーケーは年間を通じて商品を一定の低価格で提供するEDLP(Everyday Low Price)という販売戦略をとっている。消費者に「いつでも安い」という安心感を与え、固定客を増やすことを目的とした食品スーパーである。食品スーパーに顧客が通う頻度は週に1、2回が約4割、週に3、4回が約3割と言われており、まさに日常の買い物をする場所となった。
そんなオーケー銀座店は2023年10月の開店から1年を経過して、売上の前年比が2割以上伸長するなど販売は好調のようだ。
高級感を放つ銀座でEDLPのスーパーというと違和感があるかもしれない。だが、近年は職住近接が当たり前となっており、勝鬨・晴海にもタワマンが多く建ち並んでいる。銀座から自転車で15分圏内に暮らす人口も多くなっているため、日常の買い物をする顧客も安定的な固定客になっているようだ。
少し離れた豊洲から車で来ている60代女性に話を聞くと、「品揃えも良く品質の高い肉が通常の3分の1で買える。毎日来ている」とのこと。また、オーケーから徒歩5分ほどの銀座3丁目に住む60代の主婦は、「売り場も広く相場に合わせた買いやすい値段の商品が品揃えされており、近所の人も便利になったと評判だ」と言っていた。
「銀座近くに住んでいる人」というと、年収が高く羽振りの良い人たちばかりが住んでいるイメージがあるが、実際はそうではない。再開発前から暮らしている高齢者もいれば、清水から飛び降りる覚悟でタワーマンションを購入し、普段は節約に勤しむ若いパワーカップルもいる。
筆者も家庭の都合で銀座近くの浜松町に10年近く住んだことがある。平成の後半ぐらいまでの銀座地区は、家賃が高くいまほど職住近接が進んでいなかったこともあり、食品スーパーが極端に少なく、「買い物難民」が発生していた。庶民にとっては、安い価格で食品を買い物するところがほとんどなく、生活するのが大変だった思い出がある。主婦の方の話には大きく共感した。
今回の銀座店はまさにそうした都会の買い物難民を救う店舗になっているようだ。職住近接も進み、超高齢化の進む都心の顧客に対するEDLPのスーパーの第一歩目のフラッグシップになり得る。
オーケー銀座店は、近隣に勤務している人の買い物の味方にもなっているようだ。銀座地区はランチが1000~4000円とかなり高いので、「ロースかつ重(カナダ産三元豚使用)339円(税抜)」「本格ガパオライス398円(税抜)」といった多彩な弁当メニューは胃袋の満足と財布の優しさの二刀流で人気となっている。
他の店と差別化された、銀座らしい高級食材を使った商品も販売されている。店内を覗くと、富裕層に合わせたフルーツの盛り合わせや、1万円を優に超える塊肉も売られていた。数量限定の「黒毛和牛A5焼肉弁当759円(税抜)」などはコストパーフォマンスも良いため、品切れの場合も多くなっているという。
銀座の建築現場で働く北池袋在住の40代男性は「低価格スーパーが家の近くにないため、仕事帰りに立ち寄るようになった」という。「安かったので」と重いお米を買われていた。日常の食べ物を仕事帰りに銀座で買い、電車に乗って家に帰るという、ひと昔前では考えられなかった購買行動も生まれている。
但し冷凍食品は遠方からの顧客も多いため、買い物を躊躇する顧客も多いようだ。筆者が店舗を視察した2度いずれも、買い物客でにぎわう生鮮食品エリアなどと比べ、冷凍食品エリアはお客はまばらに見えた。オーケーは「保冷剤・保冷バッグなどの関連購買を促し、お客さまが安心して買い物してもらえる工夫をしている」といい、エリア特性に合わせた試行錯誤をしているという。
また銀座という土地柄、飲食店の業務用の商品を買うお客も取材中多く見られた。
自転車で約10分ほどの距離にある八丁堀で和風バルを経営する60代の男性は、特にお酒が安いので頻繁に買い物に来るらしい。
オーケーに聞いてみると、業務用の売れ筋商品としては、国産黒毛和牛A5のブロック肉、キユーピーの「ごまドレッシングカロリー30%カット500ml(シーザー・和風たまねぎ)」、ダイショーの「焼き肉のたれ565g」、なとりの「業務用食塩無添加ミックスナッツ1000g」などがあるという。
加えて銀座の土地柄で欠かせないのがインバウンド顧客である。銀座店は海外からの団体客も来店するなど、免税の売上が順調に伸びているという。お菓子、お酒、化粧品だけでなく、日本のフルーツなどを買う外国人も出てきていて、「オーケーの中でも海外のお客様の売上構成比が最も高い店」(オーケー広報室)になっている。
実際に店内では、20代の韓国人男性が免税の袋に大量のお菓子とチューブわさびを詰め込み、イタリア人ビジネスマンは、日本語で書かれた菓子パンのパッケージをAIカメラで英訳して商品を物色していた。
近隣のアパレル店で働く20代のアメリカ人女性は「自分で弁当を作る時間がないので、ランチ用の食品を買うためよく使い便利」とのこと。
外国人による様々な購買行動が見られ今後もインバウンド購買の多様化はチャンスが眠っていそうだ。
これからは、日本の食が外食中心に世界で勝負するストロングポイントとなるのは間違いなく、オーケーの銀座店は外食以外の食に対する新たなインバウンド顧客の興味を喚起する先駆け的な店になっていく可能性も高い。
小売業は変化対応業。世の中の空気と銀座の街に対応した結果がEDLPの雄オーケーの銀座進出となったのだろう。
今回のエリアに合わせた品揃えは、本部でコントロールするチェーンオペレーションを堅持しつつも、地域ニーズに合わせた品揃えの幅を持たせる対応となっており、顧客嗜好が多様化する中、今後の小売のトレンドとなっていきそうだ。
———-渡辺 広明(わたなべ・ひろあき)流通アナリスト・コンビニ評論家1967年、静岡県生まれ。東洋大学法学部卒業。ローソンに22年間勤務し、店長やバイヤーを経験。現在は(株)やらまいかマーケティングの代表として商品営業開発・マーケティング業に携わりながら、流通分野の専門家として活動している。『ホンマでっか!? TV』(フジテレビ)レギュラーほか、ニュース番組・ワイドショー・新聞・週刊誌などのコメント、コンサルティング・講演などで幅広く活動中。———-
(流通アナリスト・コンビニ評論家 渡辺 広明)