売春家族「女帝」の祖母が激白「コーチから虐められ失禁」「保険金詐欺で前科者」…田舎の少女が「美人局のドン」に成り果てるまで《懲役28年の判決》

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パチンコ屋で金を貸し付け、借金を返済できなくなった人間から美人局に加担させるーー。一見すると、素人の仕業とは思えないが、これは村上敦子被告(48歳)が20代のころから行なっていた”シノギ”の手法だ。

ソフトボール少女として将来を期待された彼女は、いったいどこで道を踏み外したのか。敦子被告の祖母にあたる、一族の「ゴッドマザー」が本誌の取材に答えた。
前回記事『《ルポ売春家族》「パチ屋で因縁→美人局スナックへ」「利率は10日で5割の金貸しも」…一家を支配した「女帝」が編み出した、驚くべき「シノギの手法」』から続く。
昨年4月、「霊媒師JUN」という架空の存在に成りすまし、村上直哉被告(26歳)に隆一さん(当時54歳)の殺害を仕向けたとして懲役28年の判決が言い渡された、村上敦子被告(48歳)。
本誌では、そんな謎に包まれた女帝の素性を前回記事で報じてきたが、敦子被告について語ろうとする人物はけっして多くなかった。事実、記者との会話には応じてくれるものの、事件に関しては「もう関わりたくないんで」とあからさまに避けようとする人までいた。
そんな中、取材に応じたのは今年で95歳になる敦子被告の祖母だ。角田駅から西に約6キロ、市街地から外れた山間部の集落にポツリと祖母の自宅はあった。かつては、その隣の2階建ての一軒家に両親とともに敦子被告は住んでいたというが、2度の火事により実家は全焼。現在は年季の入った平屋に一人、敦子被告の祖母が暮らしていた。
玄関の引き戸を開けると、そこにはベッドに腰かける老婆と、足元には4、5匹の猫がたわむれていた。そのうちの1匹を膝に乗せて撫でながら、今年で95歳になる一族のゴッドマザーは、記者の問いかけに対してはっきりとした口調で「敦子に限ってそんな事件を起こすはずがねえ」と語りだした。
「敦子はな、昔から素直で反抗期もない子だったべ。本を読むのが好きで小さいころは小説だかの全集も買ってやった。それに友達思いでな、あの子がまだ20代のころに、遊び目的のどうしようもねえ男に妊娠させられた友達がおったの。だけど『金がねえ』っつうもんだから、敦子はわざと自分の車をこすって、友達が中絶するための費用を捻出して助けたんさ。
まあその後、保険金詐欺ってことで警察には捕まって前科がついたんだけど、敦子は自分を犠牲にしてまで友達を助けようって子なんだべ。だから今回の事件も、敦子がどうしてそんなことしたのか信じられねえんだ」(祖母、以下「」も)
敦子被告は角田市内で寿司屋を営む両親のもとに、3姉妹の末っ子として生まれた。その寿司屋の跡地の近隣店舗からは「仲の良さそうな家族だった」と評判だったが、実際には母親のネグレクトが常態化していたという。
「敦子が赤ん坊のころから、母親は麻雀やら飲み屋に入り浸ってた。夜も帰ってこねえし、ほとんど子育てなんてしてなかったんだべ。母親はなんだか2人目(次女・市瀬恵美)を産んだころから精神状態がおかしくなってたから。当時は俺が1階、夫婦が2階に暮らしてたんだけど、長女を投げるように放ったあとに赤ん坊を抱えながら階段を上がってくもんだから、『なんだ危ねえべなあ』と思って追いかけたんだ。
そしたら階段の踊り場から、その赤ん坊を俺に向かって投げたんだべ。俺は赤ん坊を掴まないといけないから、そのまま手すりも掴めずにゴトゴト落ちていって血だらけになったんだ。そんな状態が続いたから、結局は離婚して家を出て行ったんだけど、敦子は母親に相手にされてなかったからやっぱりかわいそうでな。俺が自分の娘のように育てたんだ」
中学時代は地区大会優勝の立役者になるほどソフトボールが上手かった敦子は、その実力が認められて、スポーツ推薦で県内の高校に進学する。全寮制の学校なので実家を出た彼女だったが、入学後に事件が起きた。祖母は当時を振り返り、こう唇を噛み締める。
「夜に学校から『敦子がいなくなった』と電話がきてな。車で高校に向かって探してたら、部活の道具倉庫に閉じ込められてたんだ。俺が見つけたときは泣いてるというか、それを通り越して震えてるみてえな感じだったべ。おしっこも漏らしてて悲惨だったんだ。
ほんで事情を聞くと、先輩と男のコーチにいじめられてたみてえで、グルになって敦子を閉じ込めたみたいなんだべ。だから俺も『別にソフトボールでメシ食ってかねえでええ』って言って、家から通える定時制高校に行かせたんだ。しばらくこの件がトラウマになってたな。ずっと尾を引いてたんでねえか」
この定時制高校に在学中、のちに美人局ビジネスの一員となる松野新太と出会い、20歳ごろに結婚。3人の子宝にも恵まれたが、結婚生活は長くは続かず、松野がパチンコで負った借金や浮気が原因で離婚。そのころには地元で「敦子がパチンコ屋で金を貸したり、スナックの客をターゲットに美人局して稼いでいる」という噂が流れていた。
だが、それ以前に敦子被告は、父親にある相談をしていたという。
「敦子が25歳くらいのころだったか。いきなり息子(敦子被告の父親)に『スナックのママになる』とか言い出したんだ。それならば勝手にせえってことで、敦子は大河原にスナックを開いたんだべ。高校でイジメを受けてから男の人は苦手だったはずだけど、スナックをやろうと思ったのは、やっぱり自分で生活したくなったからでねえの? もともと息子は寿司屋をやってたし、商売としてスナックに手を出したんでねえかな。
ほんで何年か経ってから、敦子は柴田町でもスナックを開いたんだ。今の旦那(村上保彰)とはそこで知り合ったって聞いたべ。ママと従業員の関係で、車で送り迎えしてるうちに付き合うようになったんだと思う。保彰と敦子が一緒に住むってなったとき、保彰の母親も旦那(隆一さん)とは離婚してて行くとこねえからって、そこに転がり込んできたんだべ。家賃も払わずに何年か一緒に住んでたんでねえかな」
前回記事で報じた通り、パチンコ店で直哉被告の実母と意気投合した敦子被告は、以前から村上家と家族ぐるみの付き合いをしていた。そして2008年ごろに直哉被告の実母に対して「(私の)母の容態が悪くなった。あなたが私に風邪をうつしたせいだ」と因縁をつけて治療費を請求。
この件をきっかけに、出会い系サイトで相手を見つけては売春させるようになり、2011年には敦子は17歳も年の離れた長男の保彰(31歳)と結婚。保彰と保彰の弟・直哉被告の協力も得て、売春は美人局という名の「ファミリービジネス」に発展していった。
そして昨年4月、美人局の発覚を恐れた敦子被告は、「霊媒師JUN」という架空の存在に成りすまし、直哉被告に実父・隆一さんの殺害を仕向けたとして逮捕された。だが、敦子被告の祖母は、幼いころから手塩にかけて育ててきた孫娘を信じてやまない。最後にこう声を振り絞った。
「敦子は売春なんてさせてなかったと思うよ。敦子はそういうの潔癖だったし、前の旦那とも浮気が原因で別れてっから。それに裁判じゃ霊媒師がなんだと言われてっけど、敦子にそんな力はねえ。でもな、もし敦子が主犯だったら、死刑でも終身刑でもいいから罪を償ってほしい」
11月25日、仙台地裁は敦子被告の殺人への関与を認め、敦子被告に懲役28年、直哉被告に懲役20年の判決を言い渡した。
取り返しのつかない罪を犯した自覚に、敦子被告は打ち震えることがあるのだろうか。続編『《売春家族の実行役に懲役20年の判決》いじめ、貧乏、ネグレクト…「女帝」に従えた「義理の弟」(26歳)の壮絶半生「毎日同じTシャツ短パンで奇行が目立ってた」残された家族は記者の直撃に…』では、敦子被告にマインドコントロールされ、「駒」として扱われた直哉被告(26歳)について詳報する。
《売春家族の実行役に懲役20年の判決》いじめ、貧乏、ネグレクト…「女帝」に従えた「義理の弟」(26歳)の壮絶半生「毎日同じTシャツ短パンで奇行が目立ってた」残された家族は記者の直撃に…

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