日本中から「オレンジジュース」が消えている…いま世界最大の産地で起きている「日本の買い負け」の現実

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朝食のお供に、スポーツの後に、潤いをもたらしてくれるオレンジジュース。ビタミンCばかりでなく、汗をかくことで失われるカリウム、カルシウム、ナトリウムなどを補充できることから真夏の熱中症対策にも力強い味方だ。
そんなオレンジジュースが昨年末から極度の品薄や販売中止などの事態に追い込まれている。
アサヒ飲料、キリンビバレッジ、森永乳業、ヤクルト本社、雪印メグミルクなどの大手飲料メーカーは2023年以降、自社のオレンジジュース商品の販売を一時休止するなどしてきた。モスバーガーなどの飲食チェーンもオレンジジュースを値上げし、セブン&アイ・ホールディングスはオレンジ果汁100%だったジュースを、オレンジと国産の温州みかんを混ぜたものに切り替えた。
背景には、オレンジジュース輸出量において世界の約80%のシェアを誇るブラジルの生産現場の異変がある。
世界で飲まれるオレンジジュースは、5杯のうち3杯をブラジル産が占めている。オレンジの生産量において圧倒的世界一を誇るブラジルのなかでも、生産が集中しているのがサンパウロ州の内陸部とミナスジェライス州三角地帯(トリアングロ・ミネイロ)からなる農業地帯(通称「柑橘類ベルト」)だ。ここでは国内生産の約7割を担っている。
今年5月10日、ブラジルのFundecitrus(柑橘類保護基金)は、柑橘類ベルトにおける2024/25年度(2024年7月~25年6月の収穫)の予測収穫量は、前年同期比で24.34%も少ない2億3238万箱(1箱40.8kg)となる見込みだと発表した。
1977年創立のFundecitrusは、柑橘系フルーツの持続的生産を追求し、技術開発を行う研究機関で、毎年この時期に翌年半ばまでの収穫予測を発表している。今年発表した予測量が1989/90年度以降で最低となりそうなことから、業界に懸念が募っている。
「私達は衝撃を受けています。(減産は)気候の影響が大きいです」
FundecitrusのGMジュリアノ・アイレス氏は生産者に向けた発表会でこのように述べた。
過去30年間の年間生産量について、10年間ずつの平均で比べた場合にも、
と下降線をたどっており、ブラジル一大生産地における長期的な減産が明らかだ。
アイレス氏の語る通り、昨年から今年にかけての著しい不作の主な原因は、オレンジ栽培に不都合な気候条件だ。
「著しい乾燥と高温がオレンジ生産に打撃を与えました。昨年6月以降長らく続いたエルニーニョ現象により気温が高止まりしたことが、過剰な蒸発散と土壌の湿度減少を促しました」
Fundecitrus研究・収穫予測コーディネーターのヴィニシウス・トロンビン氏は同じ発表会の壇上でこう説明した。
昨年9月、11月、12月と地域を3度襲った熱波により、実の成ったばかりのオレンジが落果したため、果樹一本あたりの収穫量が減ったのだ。オレンジ栽培においては、気温が35度を超えると樹木のホルモンバランスが崩れやすくなり、エチレンが増えることで葉や実を落としてしまうという。昨年は柑橘類ベルトでも38度を超える日が続いたことが、収穫の大幅な減少を招いた。
収穫量が減少したことで、国内市場でのオレンジ価格は高騰している。生果のオレンジとして人気の品種「ラランジャ・ペラ」は今年2月時点で、価格が過去1年間と比べて36%も上昇した。オレンジ大国ブラジルの一般消費者にとっても、馴染みのフルーツが求めにくくなっているのだ。
気候変動とともに世界のオレンジ栽培を悩ませているのが、カンキツグリーニング病だ。
カンキツグリーニング病は、病原体を持つ体長3ミリほどのミカンキジラミ(Diaphorina citri)がオレンジの木の樹液を吸うことで発症する。感染したオレンジの木の葉には黄色い斑が生じ、果実は成熟しても小さく、表面に緑色の斑が残り、味が苦くなる。若い木が感染すると実をつけない場合もある。
ブラジルでは2004年3月に、柑橘類ベルトに位置するアララクアラ市で北中南米で初めて確認されて以来20年もの間、生産者の頭痛の種となっている。
カンキツグリーニング病は世界的な問題だが、特にブラジルの柑橘ベルトでは拡大が著しく、昨年度は域内のオレンジ果樹の38.06%にあたる7722万本の樹木で検出された。その数は前年比56%増となっており、事態は深刻だ。
現在のところカンキツグリーニング病に感染したオレンジ樹木を治癒する方法はなく、グリーニングに強いオレンジの亜種も存在しないため、農薬や鉱物カオリンの粉末を散布するか、キジラミの天敵である寄生バチのミカンキジラミヒメコバチを生育し農園に放つなどして対応している。
カンキツグリーニング病が広まった原因の一つは、感染した樹木を伐採せず、放置する生産者がいるためで、州政府は昨年12月にグリーニング対策キャンペーンを打ち立て、生産者への啓蒙などを行っている。
継続的な減産と昨年の不作によりブラジルの生産者はさぞかし困窮しているのではないか?
収穫量と輸出量の減少とは裏腹に、今年の収益は過去最高を記録した。
ブラジル柑橘類輸出業者協会(CitrusBR)の発表によると、最新の2023/2024年度の輸出売上は約25億ドルで、約20億7000万ドルだった前年度から21.29%増と大いに潤っているのだ。
また直近3年間に限ると、輸出量は微増微減を繰り返しているが、輸出額は4年連続で増加している。
「出荷額は需要と供給の市場原理に従ったもので、果汁の国際価格の上昇に伴い増加したのです」
CitrusBRエグゼクティブ・ディレクターのイビアパバ・ネット氏がデータについて解説してくれた。
「ブラジルの主なオレンジジュース輸出先はヨーロッパ(52.46%)、アメリカ(32.85%)、中国(8.51%)、日本(2.88%)の4カ国・地域で、これらの地域だけで輸出量の約97%を占めます」
ちなみに濃縮還元オレンジジュースの世界の消費ランキングでは、ヨーロッパを筆頭にアメリカ、中国、カナダ、ブラジル、日本と続く。
コロナ禍が発生した2019/2020年度からこれまでの5年間のブラジル産オレンジジュース輸出の動向を見ると、対欧、対日貿易においては輸出量とシェアが年々減り続けているのに対して、対米、対中貿易においては輸出量と収益が逆に年々上がっていることが見て取れる。
「輸出量が減ってもヨーロッパが最大の輸出相手地域であることに変わりはありません。減産のためにブラジルではストックが減っています。こうした危機的状況にあって大口の契約相手の需要を優先するのは当然のことです。アメリカは気候やグリーニングの問題でオレンジ生産が縮小していたなかで、2022年9月の収穫直前のハリケーンが壊滅的な打撃をもたらしました。2022/2023年度からアメリカへの輸出が大幅に増加したのはそのためです。アメリカのオレンジ市場は他の国や地域と異なり、ミニッツメイド、シンプリー・オレンジ、トロピカーナなど有力な大手ブランドが取引相手であることもあって高値で取引されているのです」(ネット氏)
世界第2位の人口を持つ中国での消費拡大も影響している。
「中国では中産階級の拡大に伴う食生活の欧米化により、濃縮還元オレンジジュースの需要が伸びています。日本は輸出の数量において安定して4~5%ほどを占める第3の輸出相手国でしたが、4年ほど前から中国が日本を上回りました」
5年前と比較すると、対中輸出の数量は86.6%増、利益は130%増となっている。欧米に比べると規模は小さいが、急成長しているマーケットなのだ。
こうした欧米や中国相手の「買い負け」も日本のオレンジジュースの供給が滞っている遠因となっている。
日本と欧米・中国との違いはほかにもある。
「ブラジルにとって主要な濃縮還元オレンジジュース輸出先であるヨーロッパ、アメリカ、中国はいずれも国内でもオレンジを栽培しています。もっとも、ヨーロッパと中国では、生産されるオレンジのほとんどが、見た目も重視される青果として消費されています。ブラジルはこれらの地域のオレンジ消費に対して、ジュースで補っていると言えるでしょう。オレンジがほとんど栽培されていない日本だけは主要輸出相手国のなかで例外なのです」(ネット氏)
日本は、国産の温州みかんをオレンジとして数えても、オレンジジュースの94%を輸入に依存している。また日本が輸入するオレンジジュースの72%をブラジル産が占める。
ブラジルの過去4年の濃縮還元オレンジジュースの対日輸出を見ると、数量は2020/2021年度の3万8518トンから減り続け、最新の2023/2024年度では2万7668トンとCitrusBRが公開している過去19年のデータで最低となった。
なお過去4年のブラジルの収益は逆に約5456万ドルから約8620万ドルへと上がっている。これではメーカーによるオレンジジュース商品の値上げや販売中止の判断もやむを得ない。
ブラジルのオレンジジュース輸出における過去最高益にもネット氏は笑みを見せることはない。近い将来の国際的な消費減少を懸念しているのだ。
「国際市場での高値はオレンジジュース商品の値上げとなり、一般消費者の負担になります。オレンジジュースは他の飲料で代替できるものです。値上げによる欧米でのオレンジジュース消費の減少は、国際的なコンサルタント会社が報告してところで、今後の動向には注視していく必要があります」
オレンジジュースは国際的に求めにくくなっているのが現状だ。
今年5月に帝国データバンクが行った価格改定動向調査によると、昨今様々な食品の値上げは円安が要因となっている。
オレンジジュースについて言えば、減産のなかでもブラジルの対米、対中輸出が増えていることと、長期にわたる経済停滞と通貨の価値低下が見られる日本の現状を踏まえると、日本の「買い負け」は今だけの問題で終わらなさそうだ。
———-仁尾 帯刀(にお・たてわき)ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライターブラジル在住25年。写真作品の発表を主な活動としながら、日本メディアの撮影・執筆を行う。主な掲載媒体は『Pen』(CCCメディアハウス)、『美術手帖』(美術出版社)、『JCB The Premium』(JTBパブリッシング)、『Beyond The West』(gestalten)、『Parques Urbanos de So Paulo』(BE)など。共著に『ブラジル・カルチャー図鑑』がある。———-
(ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター 仁尾 帯刀)

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