「人間は習わし次第のものだ!」
ウィリアム・シェイクスピアが遺した名言だ。イギリスの偉大な劇作家・詩人の言葉は、21世紀の日本人の死因ナンバーワンであるがんにもそっくりそのまま当てはまる。
海に囲まれ、均質性の高い日本では、住む場所や環境、体質による病気のかかりやすさに大差はない―と思うのは早計だ。地域ごとに、「かかりやすいがん」「がんで亡くなる確率」は驚くほど違っているのである。
「実は遺伝子のコピーミスの起こりやすさは、年齢だけでなく、地域ごとに異なる生活習慣や体質によって大きく変わってしまうことが、近年の研究によって明らかになっているんです」
こう述べるのは、東京大学医学部附属病院総合放射線腫瘍学講座特任教授・中川恵一氏だ。
「通常、我々の臓器は、壊れた細胞のかわりに、遺伝子をコピーして新たな細胞を作り出すことで新陳代謝がなされ、維持されています。その回数が多くなるほど、コピーミスをする可能性も当然増えてきます。この細胞の遺伝子の損傷が起こったまま細胞が増殖すると、がんになってしまうんです。
70歳になると、罹患率は2割を超えますから、がんは一種の老化現象だと言えます。ただ、損傷から発がんにいたるまでの過程には、先に述べたような地域ごとの食文化や体質などの要因が6割近くからんできます」(中川氏)
そこで、各地域の生活習慣や体質ががんにどのような影響をもたらすのかを、部位別に見ていこう。
なお、今回ランキングを作る上でもとにしたスコアは、都道府県別の10万人当たりの罹患者数を示している。
がんは高齢になるほどかかりやすいため、高齢者が多い地域は、数値が高くなりがちだ。そこで今回、高齢化の影響を受けないようなデータをもとにスコアを作成した。
さらに当スコアは、どの都道府県も仮に人口構成が同じだったら、という考えのもとで計算し直した数字となっている。これにより、年齢や人口構成の違いに左右されずに、その地域のがん罹患率や県民性・地域性による要因などを比べられるようになっている。
まずは、日本人が一番罹患しやすいとされる大腸がん。4位の沖縄以外、北海道・東北地区が上位を占めている。
大腸がんは、運動不足と、それによる肥満の影響が大きい「欧米型のがん」だと言われている。冬に雪が降り積もり、厳しい寒さが訪れる地域では、どうしても運動不足になりがち、ということだろう。
4位の沖縄県では、運動不足よりも沖縄ならではの食生活が関わっていると、がん対策研究所がん登録センターの堀芽久美氏が述べる。
「一概に欧米型の食生活が悪いわけではなく、いわゆる『〆のステーキ』の習慣や日常的に好んで食べるハンバーガーで脂肪を摂取しすぎているため、と推測されます。その結果、インスリンの過剰や腸など体の慢性炎症ががんに影響して、大腸がんの罹患数が増えているのでしょう」
他にも、飲酒も大腸がんのリスクの一つだ。
実際に罹患率ワースト3である秋田県・青森県・岩手県は、令和5年度成人1人当たりの酒類消費量でも上位となっている。ビール・清酒いずれも全国的に高い水準で消費されているのだ。
逆に言うと、運動不足・肥満・過剰な飲酒の3つを避けることで、大腸がんのリスクは大幅に下がるはずである。
つぎに胃がんだが、大腸がんと同じく東北地区のほか、日本海側の県が上位を占めているのが目に付く。
胃がんの発生には、9割以上がピロリ菌の感染・繁殖が関わっていることが、近年の研究で明らかになっている。
本来、ピロリ菌の感染率自体には地域差は見られないはずだが、塩分を多く使った食事を続けていると、炎症によって胃の粘膜が荒れ、ピロリ菌が繁殖するようになり、その結果、胃がんになってしまう。食塩を摂りすぎている地域は、必然的に胃がんのリスクが上がるというわけだ。
大分大学医学部の山岡吉生教授は、こう述べる。
「動物実験では、ピロリ菌単独ではがんが発生しない状況でも、高食塩食を与えたスナネズミにはがんが発生した、という結果が出ています。
東北地方などでは歴史的に、長い冬を越すため、漬物や干物などの保存食で塩分を多用してきました。これが地域で胃がんが多い原因の一つになっていると言われています」
なお、60歳を超えてもピロリ菌の除菌治療をすれば、胃がんの罹患リスクを下げられるという研究結果も出ている。
大腸・胃がんのランキング上位になった県に住んでいる人は、自分の地域の食傾向を知って、脂肪分や酒、しょっぱいものを控える、定期的に運動をし、検診でピロリ菌をチェックするなどの対策を心掛けたい。
続いて肝臓がんのランキングに移ろう。
大腸がんや胃がんとはうってかわって上位はいずれも西日本、それも中国・四国・九州で占められ、これまでとは真逆と言っていい傾向が見て取れる。
「肝臓がんの原因の約5割を占めているのが、C型肝炎です。西日本で罹患している人が多いのは、基本的にこれが理由です」(中川氏)
C型肝炎は、昔の不衛生な環境での注射器の回し打ちや輸血など、血液を介した感染によって、西日本を中心に歴史的に広がってきたと考えられる。
ただし、今後はこれによる格差は縮んでいく見込みだ。
「今は飲み薬でウイルスを除去できる時代ですから、肝炎ウイルスの検査を受けて早期に対処すれば、将来肝臓がんになるリスクは低減できます。
下の世代になるほど感染者は減ってきており、地域差は今後次第に小さくなっていくはずです」(堀氏)
実際、現代では、日常でC型肝炎ウイルスに感染することはほとんどない。
また、最近では肝臓がんの予防にコーヒーが有効との研究結果も報告されている。
「現在のところ、肝臓がんには肝炎ウイルスという圧倒的に強いリスク要因があるため、コーヒーの効果は統計にはまだ現れていません。
しかし、今の若い世代のようにウイルス感染者がほぼいなくなってくれば、コーヒーを飲む習慣の有無による地域差が、際立ってくるようになる可能性が高い」(堀氏)
後編記事『北海道民は「肺がんの罹患率」が高い…!「がんになりやすい県、なりにくい県」地域差がある意外な理由』へ続く。
「週刊現代」2026年3月2日号より
【後編を読む】北海道民は「肺がんの罹患率」が高い…!「がんになりやすい県、なりにくい県」地域差がある意外な理由