立憲民主党と公明党の衆議院議員172人が集結して作った新党「中道改革連合」は2月8日の衆院選でわずか49議席という歴史的惨敗に終わった。2月28日午後、中道は落選者からのヒアリングをオンラインで行った。約170人の落選者が参加したが、発言したのは35人。5時間半もの長時間に及んだこの会合でいったい何が語られたのか…。
まず口火を切ったのは当選6回、立憲民主党の代表選にも出たことがある逢坂誠二氏(北海道8区)だった。前回まで4回連続で選挙区当選を果たしていたが、今回は2万票もの差をつけられ落選した。逢坂氏は立憲民主党の選対委員長として今年を迎えたが、新党が発足すると執行部からは外されていた。
「私が比例名簿の順位を知ったのは公示日の朝だった。直前まで責任者(選対委員長)をやっていた者としては、これはいくらなんでもどうなのかなと思った。注目された東京24区や石川1区はギリギリまで調整していたが、最終的な擁立結果について、私はまったくわからなかった」
直前まで党幹部だった逢坂氏にすら新党設立の動きはいっさい知らされることはなかった。新党に向けた調整は、当時の野田佳彦代表や安住淳幹事長といったごくごく一部の人だけで行われていたのだ。
「新党を設立すること、党名なども私が知ったのはマスコミ情報だった。(新党設立について)議論を封殺する雰囲気だった。新党では(私は)選対委員長ではなかったが、私としては解せないところがあった。綱領、政策あらゆる面で、準備不足、検討不足、説明不足。そうした中で選挙戦に突入した」(逢坂氏)
安住氏が警戒していたのは中道への合流計画に異論を唱える人が続出することだった。合流を決定した1月15日の立憲民主党両院議員総会では、実際に「議論の封殺」が行われていたという。
「私も直接『なるべく合流の時の会議に来ないでくれ』と言われていた。反対する人をなるべく来させない会だった。私は野田さんを立憲民主党の党首に選んだが、中道改革連合の党首としては選んでない。きちんと時間をとって合意を取るべきだった。
それができないなら、負ける覚悟を持って負けるべきだ。負けそうだから直ちに党内手続きを全部排除して、反対する人は来るなと言って強行するというのは、党としての自己否定です。2度と繰り返してほしくない」(新潟4区・米山隆一氏)
野田氏はこれに対して「反対する人は来るな、などと言ったことは知らない」と述べるにとどまった。
実際に中道の設立に向けて実務を担っていたのが幹事長だった安住淳氏だというのは衆目が一致するところであり、この日のヒアリングでも「野田氏に聞いてもわからないだろう」という諦めの視線が集まった。
こうした強硬な党運営をした挙句、惨敗を招いた安住氏の責任は重いが、この日のヒアリングには出席せず、落選者からの疑問にはいまだに答えていない。
「1月15日の両院議員総会で安住氏が党の幹事長として(議員からの質問に)回答していたが、怒鳴って回答することすらあった。その実務を担った安住氏がこの期に及んで雲隠れ。こんな愚劣な卑怯者を幹事長に据えていたのか。(現執行部は)必要ならば(安住氏に)ヒアリングすると言っているが、彼が落選者の前に姿を現すことはないのか」(愛知10区・藤原規真氏)
藤原氏の怒りの矛先は当然、野田氏にも向かう。
「野田氏が中道改革連合の結成に際して『敗れれば重たい政治判断をしたい』と明言され、開票日には『万死に値する』と締め括った。『万死に値する』と自らおっしゃった以上、同じ党にいる間は二度と党の在り方を決めてほしくない」
衆院選が公示され、最初に衝撃を与えたのが比例名簿の順位だった。各ブロックで公明党出身者がずらっと上位に並んでいたこともさることながら、最大の衝撃は共同選対委員長を務める馬淵澄夫氏(奈良1区)が近畿ブロックで公明出身者以外では最上位となる単独6位に搭載されていたことだった。小選挙区と重複立候補していた他の候補者は同列で7位だった。
「比例名簿に関して、近畿は絶望的だった。公示の前日に(京都6区で落選した)山井(和則)先生からお電話をいただき、6位に馬淵さんが入るということが説明された。『馬淵さんが創価学会との交渉のパイプ役で、国会からいなくなったら困るから創価学会からの要請で野田代表が決断した』ということだった。創価学会も含めてこれはどういう政策や党名、比例名簿について交渉をしたのか明らかにしてもらわないと今回のことは何もわからない」(兵庫7区・岡田悟氏)
これに対して野田氏は、「公示直前に国民民主党が(馬淵氏の奈良1区に)候補者を急遽擁立したため。全選挙区を見ないといけない立場の人なので、私の判断で決めた。公明党に言われたからではない」と反論した。しかし、国民民主党と競合した選挙区はたくさんあり、全く合理的な理由にはなっていない。
そもそも、国民民主党との選挙区での競合を避ける努力を怠ってきたのは野田執行部だった。国民民主党の玉木雄一郎代表はかねてより「野田さんとは話をしていない。泉(健太)さんが代表だったときの方がコミュニケーションは取れていた」と語っていたほどだ。両党が小選挙区で獲得した議席は合わせてわずか15だったが、そのうち両党が競合していながら勝てた選挙区は一つもなかった。
前回、石川1区で1万3千票差まで迫り惜敗をした荒井淳志氏に公認を出さず、3万7千票差で3位ながら比例復活を果たしていた国民民主党の小竹凱氏に譲った。それにもかかわらず、両党の棲み分けが維持されるどころか直前で大量に候補者をぶつけられる形となったのは執行部の調整力のなさを露呈したと言っていいだろう。
「前回(小選挙区で)当選した時から、国民民主党も(同じ選挙区で)比例復活しており、競合区だった。調整を執行部にお願いしていたが、『君のところ以外はうまくやっているから』と諭されていた。ところが、蓋を開けてみたら今回は国民民主党がかなり積極的に擁立をしてきて結果に影響を及ぼした」(神奈川18区・宗野創氏)
また、国民民主と競合していない選挙区でも、「中道」に看板が変わったことで国民民主系の有権者の支持が離れたという見方もある。
「今回は無党派で(支持が)離れた人がいる。労働組合をはじめとする本来の支持基盤が崩れた。立憲だけど人物本意で応援してもらっていたが、中道になったことでその人たちが離れた。私の選挙区は自動車産業が強く、国民民主との関係(調整)をやってくれないと私の選挙区では戦えない」(愛知13区・大西健介氏)
それどころか中道になったことで、それまでの立憲票すらも激減したのが実情だった。
「今回の選挙結果を分析すると、立憲そのものの基礎票が減った。中道の政策に対して旧来の立憲支持者の理解が得られなかった。(比例で)1千万票があったからいいとかではなく、本来は両党で1500万票はあるのだから、なぜ減ったのか。中道の政策は『このテーブルには乗れる』ということを安住さんは言っていたが、それをやって小さくなったのだから、この点についてもきちんと見返してもらいたい」(神奈川12区・阿部知子氏)
従来の立憲支持者が離れた理由の一つが、これまで訴えてきた政策との違いだったことは疑いの余地がない。その最たるものが沖縄の辺野古移設問題だった。野田氏は党首討論で他党から突っ込まれると苦しい回答に終始した。
「中道改革連合は辺野古を推進するという強い疑念が広がってしまった。野田前代表が党首討論で辺野古について突かれ、斉藤代表は選挙前に『辺野古埋め立ては必要』と発言された。これでは沖縄の選挙区では戦えない。斉藤前代表はなぜ党内議論もなされていないこのデリケートな問題について断定的に発言していたのか。旧執行部の責任は極めて大きい」(沖縄3区・屋良朝博氏)
屋良氏はさらに、安住幹事長(当時)から高圧的な態度を取られたことも明かした。
「安住前幹事長からは『辺野古は認めるか、あるいは賛成反対は示さない曖昧な態度を取るべきだ』と言われた。安住さんは『全国の候補者が迷惑を受けているんだよ、沖縄の問題で』と言われたので、私は『全国の候補者に迷惑をかけているなら私の公認を取り上げてください』と答えた。そしたら『少し考えるから待ってろ』と言われて電話を切られた。そして投票日に向かっていった」
目玉政策として掲げた「食料品消費税の恒久的なゼロ」についても批判が出た。
「公約について、私は全く納得してない。あんなに苦労して食料品消費税2年間無償を決めたのに、突然恒久的になった。民主的手続きなんてない。非合理と言える公約もあるので、このまま掲げるのは困る。もう一度作り直してほしい」(前出・米山氏)
今後、中道はどうなっていくのか。最大の問題は「資金がない」ことである。新党を作ったため、4月に政党交付金が入るまでは全くお金がないという状況なのだ。これでは落選者を支部長に任命して活動費を支給することすらできない。小川代表は「ない袖は触れない」と語り、あくまで政党交付金が入る4月以降にならないと活動費の支給はできないという意思を示した。
「思うだけでは立っていけない。どんどん相手に差をつけられてしまう。現職の皆さんには多少泣いてもらってでも我々が立ち直れるようにしてもらいたい。4月ありきではなく、借金をしてでも可能な限り前倒ししてほしい。知恵を絞ってもらいたい」(静岡8区・源馬謙太郎氏)
また、落選者からは「立憲に戻りたい」という声も聞かれた。
「中道と公明と立憲は一つなので、落選したものは一旦戻るということはできないか。私のサポーターはみんな立憲。県連で活動したい。いま3党がそれぞれで一番活動しやすいところで活動するというのでご理解いただきたい」(鹿児島1区・川内博史氏)
そもそも、次はどういう選挙体制を取るのか。そこを明示してくれないとスタートラインにすら立てないという声や、立憲と公明に戻るべきだという声もある。
「近畿ブロックで馬淵選対委員長が(5人の旧公明候補に次ぐ)6位に搭載されたことで、実質的に比例復活の芽がないまま選挙戦を戦うことになった。それなら無所属で出たほうが良かったのではないかという意見ももらった。『比例の枠を最大化する』という曖昧な言葉ではなく、公明出身者を比例優遇するということをやめると明言してくれないと信用して活動できない」(兵庫9区・橋本慧悟氏)
「中道は一旦解消すべき。ここまでやったからやるしかない、みたいになっているが、引き返すなら早い方がいい。公明党、創価学会の意向が強く働く政党になってしまうと新しい候補者の選定にもかなり踏み絵を踏まされることになる。創価学会の影響力が強すぎる。この枠組みは根本的に見直すべき」(前出・岡田悟氏)
立憲民主党執行部はそれまでに党勢を全くあげられなかったことの責任を覆い隠すかのように「学会票」という組織票を安易に取りにいった。そのため、結党理念である「ボトムアップの政治」を見事にかなぐり捨て、執行部すら説明できない新党設立のプロセスになってしまったことが有権者の失望を招いたのだろう。
「なぜ、そもそも立憲民主党の支持が全く広がらなかったのか」というところまでさかのぼらない限り、野党勢力を再生させる道はないのではないだろうか。
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