まだ肌寒い2月下旬の夜10時。境内に集まった1万人近いふんどし一丁の裸の男たちは、湯気が上がるほどの熱気に溢れていた。住職が「宝木」と呼ばれる20cmほどの小さな木の棒を投げ入れると、男たちは「ウオオオオ!」という雄叫びとともに宝木に向かって動き出した–。
【写真を見る】「死ぬかと思った」1万人の裸の男に宝木が投げ込まれる瞬間。3人が意識不明になった今年の様子
2月21日、岡山県岡山市にある西大寺観音院で、宝木と呼ばれる一対の木の棒をまわし姿の裸衆が奪い合う祭り「西大寺会陽」が行なわれた。その争奪戦の最中、裸衆として参加していた3人の男性が怪我をし、意識不明の重体と報じられた。2月27日現在、うち1人の意識が回復したと報じられている。地方紙記者が語る。
「『西大寺会陽』は室町時代から500年以上続いている祭りで、国から重要無形民俗文化財に指定されている。最近は他県住民や外国人観光客の参加もあり、今年は1万人の参加者があったとされています。
宝木を手に入れた男は『福男』として讃えられる。祭りが終わると春が訪れるとされる、日本を代表する奇祭ですが、その安全性については以前から疑問を持たれていました」
1987年には参加した39歳男性が心不全で死亡。2007年には45歳男性がほかの参加者の下敷きになり、全身圧迫で死亡している。地元テレビ局関係者が語る。
「主催する西大寺会陽奉賛会は2007年の事故を経て、参加者に配るパンフレットに『体が沈まないよう手を上げておくこと』『転倒したら腹ばいになり姿勢を保つこと』などと注意書きを掲載するようになりました。最近は1000人以上の警備員を配置するほか、宝木の投下時間を午前0時から2時間前倒しして、お酒に酔った状態での参加者をできるだけ排除するなど、対策を講じてきました。
それでも、対策には限界があるのかもしれません。主催者事務局の岡山商工会議所は、HP上で『他の参加者との接触、転倒等により怪我・死亡事故が発生する危険性があります』と警告している。参加者は毎年”完全自己責任”で、この祭りを楽しんできたのです」
「以前この祭りに参加しましたが、冗談ではなく死ぬかと思いました。今回の事故を聞いても正直驚きはありません」–そう語るのは、数年前にこの祭りに参加した現在は県外に住む40代の男性・Aさんだ。
「事前に調べてはいましたが、現地の盛り上がりは想像以上でした。まず会場で警備員にしつこく言われたのは、『人でごった返している中心部では両手を上げて万歳ポーズを取り、決して降ろさないように!』ということ。手を降ろした状態だと、人込みで身体が圧迫された時に距離を取るために人を押すことができず、身動きもできないので大変危険だということでした。
裸の男たちが奪い合うのは『宝木』がメインですが、そのほかにも『串牛玉』と呼ばれる宝木よりも小さな木片が複数投げ込まれます。これにもご利益があり、1対しか投げ込まれない宝木よりは現実的に手にする可能性が高いので、こちらも争奪戦になる。宝木や串牛玉はそれらを手にして無事出口まで辿り着くことでゴールとなるので、誰かが手にしても皆が奪い合うのです」
Aさんは単独で参加したというが、「地元の人は通常複数人のチームになって参加する」という。
「宝木を持っている人に周囲が一気に奪いにくるので、チームのメンバーが持っている人を隠すようにガードし、周囲の人間を跳ね除ける。ラグビーの『モール』のようなイメージで、体力はもちろんチームワークが重要です。
また宝木を持っていることを悟られないことも重要なので、手にした宝木をふんどしの中に入れる人もいる。実際『ふんどしに入れろ!』という声も上がっていました」
Aさんはさほど人が密集していない境内の下段に配され参加した。偶然にも開始直後、串牛玉がAさんの手元に投げ込まれたという。
「瞬間的に手に取りどう逃げようかと思ったら、あっという間に集団に囲まれ、思わずしゃがみ込んでしまったんです。でもこれは絶対にやってはいけないタブー行動。顔を蹴られたりして転倒したら、腹を潰されて圧迫死する可能性がある。一気に圧力を感じ、危険だと思ってすぐに串牛玉を手放しました。誰かが手にしたのか、すぐに集団は別の場所へと移り、またそこで争奪戦が始まっていました。
私は心が折れてはしに寄ったのですが、足元を見ると膝から下の肌がずる剥けになり、血だらけになっていた。メインの宝木の奪い合いともなれば、より激しいものになるのは間違いないでしょう」
以降、Aさんは祭りに参加しなくなったという。
前出・地元テレビ局関係者はこう嘆息する。
「毎年参加されている皆さんはある程度防衛術もわかっているし、いくら奪い合いと言えど人を圧迫しないように咄嗟に衝突を弱める”暗黙の了解”がある。そもそも祭りは非日常的なものですし、常識的な尺度で批判されたり危険性が大きく報じられることは本意ではないと思います。
ただ今回重体となっているのはその勝手がわかっているはずの地元の人ですし、祭りが大きくなることで県外からの参加者や外国人観光客の参加者も増えている。そうした人たちの怪我のリスクもかなり大きいでしょう。
近年は飲酒している人の参加を咎めるためにボランティア団体が徹底的に検問するなど、努力も知っている。祭りの魅力がなくなるのは避けたいところなのですが……」
主催の西大寺会陽奉賛会は各メディアの取材に「警察や消防と情報共有して問題点を把握し、ルールを改めるなど検討したい」「次回は開催を控えることも視野に入れている」などと話している。時代に合わせたアップデートが必要ということなのか–。