〈「上司が胸のサイズを聞いてきたり、胸をつついてきて…」職場でのセクハラ被害、母の死…児童養護施設出身のモデル(22)が明かす、退所後の苦悩〉から続く
父親からの虐待によって、10歳から18歳まで児童養護施設で育った、モデル・インフルエンサーのLIONAさん(22)。昨年9月にInstagramで自身の生い立ちを公表すると、600万回以上再生され、大きな反響を呼んだ。
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そんなLIONAさんに、結婚・出産の経緯や、パートナーとの関係性、子育てへの不安、父親との現在の関係などについて、話を聞いた。(全4回の4回目/最初から読む)
モデル・インフルエンサーのLIONAさん 細田忠/文藝春秋
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――パートナーとは年齢差があるとのことですが、いくつ違うのですか。
LIONAさん(以下、LIONA) 12歳差なので、主人は今34歳です。生い立ちのおかげか、施設の職員さんなど結構な人数の大人たちと生活をしていたので、年上の方とコミュニケーションを取ったり、恋愛するに当たって抵抗がないんですよね。
――お付き合いをするようになってから結婚までは、どれくらいの期間があったのでしょうか。
LIONA スピード婚なので、付き合って2ヶ月ですね。19歳の時に妊娠がわかって、それで結婚しました。付き合った当初から結婚したい気持ちでいたので、そこは抵抗なくというか、妊娠がわかった時はすごく嬉しくて。主人もすごく喜んでくれました。
――では、付き合い始めてからはトントン拍子に進んでいった?
LIONA そうですね。主人と出会った当時、私が契約している家で別の人と同棲していたんですけど、関係はすでに破綻していて。元彼の実家も近いのに、私の家に居座り続けて、なかなか別れてくれなかったんです。
――次の恋愛に進みたくても進めませんよね。
LIONA そうなんですよ。だから強硬手段に出るしかなくて、住んでいた家の賃貸契約を解約することにして。「ごめん、この家は解約するからもう出て行って」と。
それでもなかなか出て行ってくれなかったので「荷物も私が運んであげるからとにかく出て行って。もう退去の日にちも決まったから」と言って、なんとか別れてもらいました。

――次に住む場所は決まっていたのですか。
LIONA いや、まったく決まってないです。でも私はもう主人のことが好きだったから、とにかく出て行ってほしくて、行き当たりばったりで解約しちゃって。「どうしよう」ってなっていた時に主人と付き合うことになったので、そのまま私が向こうの実家に転がり込んで(笑)。
――義理のご両親との関係は良好なのでしょうか。
LIONA そうですね、すごく良くしていただいています。
――パートナーにはLIONAさんの生い立ちをどのように伝えていたのでしょうか。
LIONA 改まってというか、かしこまって話をした感じではなかったです。私はあまり施設育ちというのを後ろめたく思っていないので、初めて一緒にご飯に行った時にフワッと「施設育ちなので、自分で自分の生活を見なきゃいけない」といった話をしたと思います。

――パートナーはどのように受け止めていましたか。
LIONA 「へえー」くらいの感じで、自然というか。生い立ちについて話すと、やっぱり「かわいそう」とか「聞いちゃってごめん」みたいな扱いを受けることが多かったので、それがすごく楽だったんですよね。
主人からしても、私が切羽詰まって働いていたので「この子、他の子となんか違うな」というのは感じていたようです。私の同世代の他の子には見られないような、何かを背負っているような様子を察知して薄々気づいていたというか。
――では、過剰に気を遣われるようなこともなく?
LIONA あまりないですね。「もっと父親と関わった方がいい」みたいなことも言われないので、楽です。主人と歩いている時、よく通る道に父親の家があるんですけど、私がチラッとそっちを見ちゃったりするんですよ。そういう時だけ「会う?」と聞かれることはあるんですけど。
――押し付けるようなことをされないので、一緒にいて辛くならないのですね。
LIONA 「生きているうちしか会えないからね」とは言うんですけど、そのあとに「LIONAが決めることだから自由にしたらいいけど」とも伝えてくれるので、尊重してくれているんだなと。

――妊娠をしてから、出産に対しての不安などはありましたか。
LIONA ありましたね。一般的な家庭で育っていないから、子どもとの距離感とか夫婦の関係とかがわからないといいますか。喧嘩をしている親の姿しか知らないし、大人数の子どもがいる環境で育っているので、家族の見本がないのが不安で。
子どもは絶対にほしいと思っていましたけど、いざ妊娠すると「えっ、大丈夫かな。何を参考にしたらいいんだ」と、産むまでずっと不安でした。
――出産したあと、気持ちは変わりましたか。
LIONA えーっ、もう「可愛い」でしかないです。生きる活力というか「うわっ、なんでもできるわ私」みたいな。スーパーウーマンになったような気持ちでしたね(笑)。
――出産当時、大変だったのだとか。
LIONA そうなんですよ。怖いもの知らずなので、一度は普通分娩を経験してみたくて、無痛分娩を選ばなかったんですけど、あれは知らないから経験できたことなんだなと。次は絶対に無理です。もう絶対に無痛にします。
しかも出産の時に恥骨が離開してしまったので、車椅子で退院することになってしまって。
――歩けなかったのですか。
LIONA むしろ「産後って普通は自分で歩けるものなの?」と驚いたんですよ、退院の日に赤ちゃんを抱いている他のお母さんを見て。生まれる時に一気に、勢いよく赤ちゃんが出てきちゃったから恥骨が開いた状態から戻らなくなったんだそうです。
退院してから4日間くらいは歩けなかったので、移動は這いつくばったり、お尻で歩くみたいな感じでした。

――妊娠中も大変でしたか。
LIONA そうですね、本当に「安定期」と呼べるものがなくて。初期はつわりがひどくて8キロも痩せちゃったし、落ち着いて安定期に入ったかと思った矢先に盲腸になってしまって手術をしたり。
それでようやく落ち着いたと思ったら今度はコロナに感染して、そのあとに「切迫早産気味だから自宅で安静にしてね」と……。夢見ていた「キラキラマタニティライフ」とはほど遠かったです。
――現在の育児はどうですか。
LIONA 娘が1歳10ヶ月(取材当時)なんですけど、最近はイヤイヤ期に入り始めて。でも、施設でずっと小さい子たちを間近に見て育っているので、そこまで抵抗感もなく「もう本当に無理」という状態になることもなく、楽に育児ができている方だと思います。
――それはすごく良かったですね。
LIONA 「イヤイヤ期なんだね、へえー」みたいな。最近パンチをよくしてくるようになったんですけど、たまに私が「ちょんっ」と指先でつつき返したりすると悔しくて泣いちゃって。それがもう可愛くて。

――可愛いですね。
LIONA 手が届かなくて泣いちゃったり。もう可愛くて仕方がないです。でも、私の生育環境が影響しているのか、育児にはかなり慎重になってしまう部分もあって。主にしつけとか、叱ったりする場面で思うことが多いんですけど。
――よくない叱り方になっていないか、という不安がある?
LIONA 「私が怒ることで、娘がトラウマになっちゃうんじゃないか」と毎回思ってしまって、怒りきれないというか。
養護施設には色々な事情で入って来ている子たちがいるから、ある程度は知っているんですよ。「こういうことは虐待に値するとか、ネグレクトになる」とか。だからその曖昧なラインに踏み込んでしまわないかどうか、常に怖いですね。
あとは、毎日のお世話のルーティーンを崩したくないという思いも強くて。

――それはなぜですか?
LIONA 養護施設で決まった時間軸で動いていたこともあって、ちょっと強迫観念っぽい部分があるかもしれないです。「2歳さんは何時に起きて、お昼寝して、2回おやつがあって」みたいなのを間近で見て育っているので。
最初は「その子の月齢に合わせた発育にいいルーティーンで動かなきゃ」みたいな気持ちがあって。友達から「夜ご飯、みんなで行こうよ」と誘われても「その時間は寝かしつけにかぶるからごめん、5時からならいける!」とか言って(笑)。
――「そうしないといけない」というような。
LIONA 身に染み付いているんですかね。食事も、ご飯とお味噌汁と、緑の野菜があって、お肉があって、2日に1回はお魚にしようとか、献立のルーティーンを考えて「ご飯もなるべく炊きたてがいいよな」みたいな。でも最近はもう諦められるようになってきていますけど(笑)。
――育児をしている中で、両親を頼れない大変さを感じたりはしますか。
LIONA 相談したりできないのはしんどいです。「ちょっと見ててほしい」という時があっても預けられないし、一時保育を利用したくても、抽選なので希望した日に必ず預けられるわけでもないので。
――ご自身が親になったことで、両親への思いが変わったりしましたか。
LIONA 妊娠して結婚して、というタイミングで親に会ってみたくなって、実際に父親に会ってみたりしたのは変化した部分ですね。親になっていなかったらきっと関わろうとも思わなかったと思いますし。
「親ってこうあるべき」だと決めつけるものではなかったのかなとか、勝手に自分が理想を押し付けていただけなのかなとか。

――親の立場になって考えることが増えたのでしょうか。
LIONA 親だからもっと良くしてほしかったと思うところと、親だから嫌いになりきれないところとかもあって。多分、子どもを持ったからわかりやすくなったという感じです。
――現在、お父さんはどういう生活をしているのですか。
LIONA お母さんが亡くなってからは一人で暮らしているんだと思うんですけど、どうやって生活しているのかも謎で。
お父さんは私たちが養護施設に入ったすぐあとくらいに脳梗塞で倒れちゃって、そこから半身麻痺になったので、障害年金をもらっているんだとは思うんですけど。
――では、おそらく今はそのお金で生活をしている?
LIONA でも、地下鉄の駅の真上とかに住んでいるんですよ。家賃、すごい高いんじゃないかなって。医療費もかかると思うし、どうやって生活をしているんだろうと。
――お母さんが存命だった頃は、お父さんの介護をしながら働いていたのでしょうか。
LIONA そうですね。その時は、お母さんが家賃を払っていたみたいな話だったと思います。

――今後、LIONAさんご自身はどのような家庭を築いていきたいですか。
LIONA 平穏な毎日が送れたらそれでいいな、と思います。親としては「もっと良い環境を与えてあげたい」とか、教育の機会を設けたり習い事をさせてあげたいと思うこともたくさんあるんですけど、私が子どもだった時は、とにかく一緒にいてほしかった。一緒の時間があればそれで良かったから、働く上でそれを大事にしています。
――家族の時間を大事に考えているのですね。
LIONA そうですね。今のモデル活動やインフルエンサーとしての働き方をしようと思ったのも、それが大きいです。
もちろん、もともと小さい時から表に立つ仕事をしたかったというのもあるんですけど。だから、私の気持ちを考えて、そういう働き方を尊重してくれている主人にも感謝しています。
――LIONAさんが、YouTubeで「今の家族が私の家族」と言っていたのが印象的でした。
LIONA 家庭によってそれぞれ形が違うと思うんですけど、家族で切磋琢磨して支え合えている関係性を初めて知って「あ、家族ってこういう感じなんだな」という風に思わせてくれたのが、主人と娘なんです。
主人は一緒に娘の成長を喜んで、家族の時間を大事にしてくれているんですよね。娘の将来のことや自分たちの将来のことを想像するだけで微笑ましい気持ちになれるのって、本当にすごく温かいなと思っています。

撮影=細田忠/文藝春秋
(吉川 ばんび)