史上最悪の少年犯罪と呼ばれる「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」。
【衝撃画像】顔はボコボコ、血まみれに…女子高生が4人の少年たちにコンクリ詰めにされた事件現場の写真を見る
綾瀬事件を取材する「ニュースステーション」ディレクター(当時)の山裕侍氏は、服役を終えた元少年Cの行方を追い、張り込み取材を重ねた末、ついに本人と対峙した。そこでCが語った言葉とは――。山氏の著書『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』より一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/続きを読む)
江東区若洲の遺棄現場周辺 文藝春秋
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「事件から11年が経つが、何がいけなかったとか考えますか?」
「そういう問題というのは本人……。本人の弱さとか」
「自分自身の弱さということですか?」
「そうですね」
先ほどまでなめらかだった口調に急ブレーキがかかったようだ。だが、それも一瞬だった。
「高校に入ってだいぶ変わったようですが、それが変わってきた時期?」
「変わってきた時期というより、やっぱいろいろな問題点というのは内面にあるじゃないですか。そういうのは学校生活だと何でも抑えられるじゃないですか。やっぱ環境とかもそうですし。高校というのはある意味義務教育じゃないから、自由というか、そういうところでいろいろな今まで抱えてきた内面とかが出てきて、自分の場合そうですね」
「両親との関係も……?」
「ああ、そういうのは。今どこにでもそういうのがあるんじゃないですか。学校というのはある意味閉鎖的で、そこだけの生活しかないから、そういうなかでやるというのも、なんて言うのかな、だから束縛されていますよね。生き方じゃないですけど、考え方だって、そういうなかで人間は作られて、不満じゃないけど、積もり積もった、いろいろなストレスとかもあって」
「途中で被害者を逃がそうということにならなかったのですか?」
「いや、なってました。なっているというか、やっぱ悪いことをするにしても誰かが、なんて言うのかな、あのころ、統率力じゃないけど、誰かが物事を決めるというのか、ただ自分なんかも年下だったし。だからあんまね、あんまりなんと言うのか、自分でそういう責任を負っているとかそういう意識はなかったですね」
僕の手紙を読んで、答えを事前に考えていたのだろうか、滔々(とうとう)と語った。
「かわいそうだとか思わなかった?」
「そのときはあんまり思ってなかったですね」
裁判で、X子さんの父親は「私たち親の気持ちとしては、これだけ残虐な殺され方をして、『返せ』と言っても死んでしまったわけですから、償いは一生かかってもやってもらいたいと思います」と証言した。
「被害者の父が裁判中に『一生をかけて罪を償ってほしい』と言ったが、その言葉を今でも覚えていますか?」
「ああ、まあ、覚えていますね。いろいろ言われたというのは」
「自分自身のなかでどのように受け止めていますか?」
「うーん。まあ、今、だからまだ自分自身のなかで落ち着いていないし、やっぱこういうふうに生活していればそのなかで一生懸命やるとか。だからはっきり言ってあれですね。やっぱ自分でどうやって生きようかとかそういうことを考えていますね」
「職場や周りの人たちは事件のことを知っていますか?」
「知らないですね」
「供養するなど具体的な行動を起こすことは?」
「そういうのもあんまりしてないですね」
「今は生活するだけで精一杯という感じですか?」
「生活するだけというか、事件のことだって、それは考えるというか浮かんできますよね。まったく忘れているということはないですね」
僕は再び刑務所内の状況について尋ねた。
「刑務所のなかでの待遇は?」
「待遇とかそういうのは……」
「いじめとかはなかった?」
「みんなこの人が何をしたからとかそういう目で見るというのか、そういう人もいましたけど、でも基本的にそうじゃないですか、あの人が何をやったからこうだというのじゃなく、まず話してくれるというのか、人間を見てくれるから」
「刑務所のなかにいたとき、ほかの受刑者は事件のことを知っていましたか?」
「知ってますよ」
「なかでの経験はそんなに悪くなかった?」
「悪いというか、もう行きたくないなと思いますね、それは。でも自分でそういうなかでもやってきたというか、そういうのがすごくプラスになってます。そういうものがなかったら、ちゃんとここでもやっていけてないかもしれないし」
「刑務所は川越少年刑務所?」
「そうですね。まあいろいろ」
「いくつか別の刑務所にも?」
「いや、そういうのはあんまり」
(山 裕侍/ノンフィクション出版)