「若い頃に家を飛び出し、それきり親とは疎遠になっている」。そんな親子関係は、決して珍しい話ではないかもしれません。父の急逝により、25年という長い空白期間を経て実家に戻ったある女性。そこで彼女が直面したのは、知られざる父の晩年の生活実態でした。
東京都内在住の会社員、山田美香さん(45歳・仮名)は、昨年の春に父の急逝を知り、25年ぶりに実家に戻りました。美香さんは20歳の頃に家を出て以来、ほとんど連絡を取っていなかったそうです。
「父とは、昔から意見が合わなくて。大学を中退してやりたい仕事に就きたいと言ったら、『そんな甘い考えで生きていけるか』と大げんかになりました。結局、『好きなようにしろ。でも、困っても戻ってくるな』と言われて、家を出たんです。それ以来、連絡は年賀状くらいで、会うこともありませんでした」
美香さんはその後、自ら選んだ道である程度の成功を収めたうえ、結婚し、2人の子どもとともに幸せに暮らしています。しかし、父への報告はいつも亡くなった母を通してでした。その母も5年前に他界し、父と直接言葉を交わしたのは、思い出せないくらい昔のことになっていたといいます。
父の山田健一さん(享年75歳・仮名)は、地方の小さな工場で長年働いていました。母が亡くなってからは、1人で実家を守っていたそうです。
「父の葬儀で、25年ぶりに実家に入りました。記憶よりも古くなっていましたが、家具も昔のまま。片付けを手伝うために通帳や書類を探していたら、意外なものが見つかりました。父の預金通帳です。残高を見て、びっくりしました」
美香さんは、父が定年後もパートを続けていたことを知らなかったそうです。健一さんは60歳で定年を迎えたあと、近所の倉庫で荷物の仕分けをするフルタイムの仕事を続けていたといいます。理由は、子どもたちのためでした。
「父の日記みたいなメモが出てきて、そこに『美香や孫たちのために、万一の備えを』と書かれていました。自分は質素に暮らして、医療費や生活費を切り詰めていたみたいです。冷蔵庫には古い食材しかなく、服もヨレヨレのものばかり。なのに、通帳には3,000万円以上の大金があって。亡くなる直前までフルタイムで働いていたんです。自分のためではなく、25年も、ほとんど話をしていない私のために……」
こうした高齢者の就労は、現代の日本において決して珍しいことではありません。
総務省統計局によると、2024年、65歳以上人口は3,619万人。65歳以上の就業者数は、21年連続で増加し930万人と過去最多を記録しています。さらに細かくみていくと、「65~69歳」の就業率は53.6%、「70~74歳」が35.1%、「75歳以上」が12.0%となっています。
―70代になったけれど働いています。 そのような人が3人に1人。―後期高齢者になったけれど働いています。 そのような人が8人に1人。
これが高齢化社会・日本の実情です。
ヒューマンホールディングス株式会社が65~74歳の男女1,000名を対象に行った『シニアの仕事観とキャリアに関する実態調査2025』によると、「定年後に働く理由」は、1位「生活費を得るため」(54.6%)、2位「社会とのつながり」(43.0%)、3位「身体的健康の維持」(42.1%)でした。高齢者は必ずしも経済的な理由だけで働いているわけではありません。美香さんの父・健一さんのように「子どものために」「孫のために」――そんな思いで働き続けるケースもあるでしょう。
また、金融広報中央委員会『令和5年 家計の金融行動に関する世論調査』によると、70代単身世帯の26.7%が貯蓄(金融資産)ゼロという結果が出ています。一方で貯蓄ありの世帯に限ると平均貯蓄額は2,104万円、中央値は1,100万円。平均値と中央値に大きな乖離があるのは、美香さんの父・健一さんのように資産を大きく増やしている人と、そうでない人で二極化していることを示唆しています。これらの統計からも、健一さんがどれほど子や孫のことを思っていたか、想像に難くありません。
「もっと早く帰っていれば、父と話せたのに……。今さら何度『パパ、ごめんなさい』と言ったところで、後悔が消えることはありません」
定期的な連絡や家計の共有は、互いの誤解を防ぎ、安心した老後につながるでしょう。もし疎遠になっている家族がいるなら、早めの声かけが、後悔を減らす一歩になるかもしれません。
[参考資料]総務省統計局『統計からみた我が国の高齢者』ヒューマンホールディングス株式会社『シニアの仕事観とキャリアに関する実態調査2025』金融広報中央委員会『令和5年 家計の金融行動に関する世論調査』