【写真】愛おしそうに横顔を見つめ…ラッキーと“別居”する際の飼い主女性
1980年12月16日、翌年3月のオープンを控えた東武動物公園(埼玉県)に取材陣が殺到した。お目当ては同園へ移送される1頭の雄ライオン。「ラッキー」と名付けられた彼の“実家”は同県某市の民家で、移送に付き添った40代女性のKさんは“飼い主”である。
猛獣の新規ペット飼育を禁じる法律は2020年に施行されるが、1980年の埼玉県はそれを待つ余裕などなかった。1978年3月、同県北部で飼育されていたライオン2頭が、飼い主の40代男性をかみ殺す事件が発生。県は「特定動物管理指導要綱」をつくり、保健所への届け出や金網の設置などを義務付けた。
Kさんのもとには警察が度々訪れ、ラッキーを手放すよう説得を続けていたが、同年9月に40代女性がラッキーに引っかかれて重傷。それでもKさんは飼育を続け、1980年9月には50代男性が重傷を負った。
ラッキーが東武動物公園に移送される1カ月ほど前、巷ではKさんとラッキーの“同居生活”をめぐる否定派と肯定派が、署名運動や嘆願書で攻防戦を繰り広げていた。「週刊新潮」が“2人”を訪ねたのはちょうどその頃。そこでKさんが明かしたのは、相当な苦労を伴う飼育の実際と、個性的すぎる自身のキャラクターだった――。
(全2回の第1回:「週刊新潮」1980年12月18日号「『ライオンを夫と呼ぶ女』にした45年の魅入られた『生活遍歴』」を再編集しました。文中の年齢、肩書等は掲載当時のものです)
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Kさんが飼う雄ライオン「ラッキー」には、2件の傷害事件のほかに、いろんな武勇伝がある。
「一度、バカなドロボウが入ったことがありましてね」
と笑いながらKさん。
「表には犬がいるものだから、わざわざ、裏をこじ開けて入ってきたのですよ。ラッキーちゃんは隠れんぼが好きでしょ、じっと待ち構えていてから、襲ったのね。翌日、床に血がポタポタ落ちてたわ」
こんな話もある――。
「私が女の独り住まいだと思って、ヤクザが何度もやってきたことがあったのよ。あんまりしつこいんで、とうとう堪忍袋の緒を切らして、ラッキーちゃんをオリから出しちゃったの。そしたら、人間って正直ね。1メートルぐらいのところまで近づいたら、その男、しゃっちょこ張っちゃって、“わかった、オレが悪かった、もう二度と来ないから”って平あやまりよ。本当に、二度と来なくなったわ、ハハハ」
新聞でも騒がれた被害者の2人は、いずれも彼女の顔なじみだった。その1人、一昨年の9月に被害に遭ったのは、近所の主婦・C子さん(49)。
「そのとき私は、ビールを4、5杯飲んでたかしら。カウンターの端のところにいたのですが、約50センチぐらい向こうがガラス戸で、そこに檻があったんですね」
Kさんが自家用車を溝に落としたので、近所の何人かで引き揚げるのを手伝った。そのお礼に、その少し前までKさんが自宅で経営していたスナックで、ごちそうになっていたのである。
「私は、あんな猛獣を飼うんだから、ちゃんと計算して作ってあると信じていたんです。ガラス戸は、もちろん閉まっているものと思い込んでいました。とこが突然、背中を爪でひっかけられたんです。両手をふんばったけど、シリモチをついちゃって、そこが丁度、檻の真ん前。前足でガリガリと頭をひっかかれたんです」
頭の皮がベロンとはがれた。
「それなのにKさんは、救急車を呼んでくれようとしないのよ。人間の命よりも、ライオンのほうが大切なんです」
もう1人は、今度の騒動のキッカケとなったペットショップ経営者、Aさん(56)。この9月のことである。
「彼女には世話好きなところがあって、内臓の悪い私を、毎日、自分の車で病院まで送り迎えしてくれていたのですが、たまたまあの日は、帰りにスシ屋に寄ったのが悪かった」
2軒ハシゴして、ベロベロになって彼女の家に戻り、ふたたび酒盛り。
「そのうち、暗くなったので、電気をつけようとしてスイッチをさがすうちに、ついつい、ラッキーのオリのほうへ行っちゃったんです。暗いし、酔ってるし、わからないでしょ。そこでやられちゃった。脇腹をやられて、肋骨が折れ、肺に穴があきました。うつぶせになったので、頭もやられて、今でも毛が生えてません」
全身40カ所の傷だった。
「ところが彼女は、ヘベレケに酔っていたんで、119番してくれるどころか、私に水をぶっかけたりして、病院に運ばれたのは結局、40分もたってからでした」
埼玉県某市、畑の中の一軒家。プレハブに掘立小屋をつぎ足したようなこの家に、生後1歳のラッキー君を連れて、Kさんが移り住んできたのは、昭和52(1977)年3月のことだった。
「私ゃ、この土地では流れモン扱いですからね」
彼女は口癖のようにいうが、確かに、ひどく毛色の変わった隣人だった。
「私は動物のいない生活は、したことがないんです。イヌ、ネコ、サル、ヤギ、ウサギ、ニワトリ、金魚、オウム、九官鳥、インコ……いろんなものを飼ったわ。駄犬ばかりを50何頭飼ったこともあったけど、これは、油揚げに毒を盛られて、みんな殺されちゃった。今ここにいるのは、ミニチュア・ダックスフント3頭、シバ犬1頭、ネコ1匹、それに、天井裏のネズミと、ラッキーちゃんね」
ラッキーとの出会いは昭和51(1976)年である。
「知り合いの業者から、ライオンを飼わないかといわれて。一度は断わったんだけど、見てみたら、弱りきって死にかけていたんです。それで、うちで元気にしてやって、大きくなったらどこかへ寄付でもしようと、引き受けたんです」
初めは軽い気持だったのだ。が、そうはいかなかった。
「いっしょに抱き合って、私が背中に乗せてあげたり、大きくなってからは、私が背中に乗せてもらったり」
ラッキーのために増築した家屋は今、10畳の板の間と、同じく10畳のプール付き運動場が彼の部屋で、その手前に8畳ほどのカウンター付き店舗がある。Kさん自身の部屋は、掘立小屋部分のわずか6畳なのだ。
〈Kさんの生活は、すべてをラッキーへの愛情に費やし……〉と“守る会”の嘆願書も訴えているように、まずは、毎日最低2時間の部屋掃除。排便のために床に敷かれた新聞紙を取り替える。
「古い新聞紙はかわいそうなので、毎日、各新聞販売店から、売れ残りを買ってるのよ」
と、50センチほども重ねた新聞を、ドンと置く。拭き掃除のあと、その紙を敷きつめる。次に、ぬれた布で顔を拭いてやる。プールで体全体を洗うこともある。
「餌は週に2回、近くの市場まで買い出しに行きます。鶏肉と豚肉を1日6キロ。これで6000円だから、月に20万円ぐらいかかるわね」
それも、生では与えない。いちいち湯を通してやるのだ。その準備にまた小一時間はかかるという。
「ガス代だけで、2万円にもなっちゃってね。今は練炭にしています」
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「なにせ、東大法学部卒だそうですからね」――。近隣住民の証言は事実なのか? 第2回【「普通の考え方では対応できない」…80年代に“埼玉の民家”で「ライオン」を飼育した40代女性 前夫・仲人らが証言した妙な人間模様】では、関係者たちの証言を伝える。
デイリー新潮編集部