栃木県の県立高校の男子生徒が別の男子生徒に暴行を加える動画がSNS上で拡散されている。すぐに県警が動き、教育委員会は謝罪もしたが、ネット上の怒りは収まらない。学校名は無論のこと、加害生徒の氏名や住所、顔写真、果ては真偽不明の親の職業までが晒されて――。
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【写真を見る】無抵抗の生徒に顔面ストレートを… 衝撃動画を拡散した「暴露系アカウント」の“中の人”
問題となった動画は時間にしてわずか9秒。校内の男子トイレとおぼしき場所に複数の男子生徒が集まり、ファイティングポーズの生徒が「レディ! ファイト!」のかけ声がかかると、無抵抗の生徒の顔面に右拳でストレート、後頭部に右足でハイキック、さらに顔面を殴るという動画だった。テレビで報じられた際は生徒たちの顔にモザイクがかけられていたが、ネット上ではそのまま拡散されている。
さらに、大分県の中学校で撮影されたと思われる動画もネット上で広まっている。男子生徒が廊下に横倒しにされた男子生徒の顔を一方的に蹴り、まるでサッカーボールのように後頭部を蹴り上げる姿が映っていた。ネット上ではこんな声が上がっている。
《大分の中学らしき例の動画。あれ完全に殺人未遂。いじめでも暴行でもない。義務教育かもしれんが、殴ってる奴は保護者同伴で一生刑務所にいればいい。》
《栃木とか大分の高校中学での「いじめ動画」 あれを「いじめかも?」とか言ってる教育委員会はどうかしてるでしょ? あれは立派な傷害事件です! 暴行罪です! 集団リンチです! 加害少年への二次被害とか言ってますが暴行を受けている被害者を最優先に考えなよ》
ところが、このような投稿と同時に、加害生徒の情報を求める声も上がっているのだ。加害者を憎む気持ちはわからないでもない。だからといって、まだ犯罪者でもない個人の情報を晒すことには疑問の声も聞かれる。その背景についてITジャーナリストの井上トシユキ氏に聞いた。
「今に始まった動きではないのですが、事故や事件が起こるとすぐ、被害者は実名報道されるのに、加害者が未成年であったり精神鑑定の必要があったりするとプロフィールがなかなか明かされません。その後、報道が途絶えることもある。『それではバランスが悪い! あの加害者はどうなったんだ?』といった声は昔からあります。ならばネットの力で加害者のプロフィールを晒そうという動きになるのです」(井上氏)
もっとも、今回のケースはまだ立件すらされていない。たとえ未成年ではなく大人が傷害罪や暴行罪で逮捕されても、全国ニュースで氏名やプロフィールまで報じられることは有名人でない限りまずない。
「そこがネットでは被害者を守るためという大義名分の下、加害者には何をやっても良いという偏った正義による過剰な“私刑”が行われるのです。『私刑だっていじめではないか』という声もないことはないのですが、かき消されてしまいます。かつては現行犯なら警察等の捜査機関でない私人であっても逮捕できるということで、“私人逮捕系”のYouTuberが話題になったこともありました」(井上氏)
世直し系とも呼ばれた“私人逮捕系”のYouTuberは、2023年頃に相次いで逮捕されると下火になった。
「今回はDEATHDOL NOTE(デスドルノート)という暴露系のSNSアカウントが動画を取り上げたことで拡散されたと見られています」(井上氏)
デスドルノートのフォロワー数は現在95万人に達している。
「そうしたアカウントは『こんなひどいことがありました。懲らしめてやってください』という声が集まる目安箱のような働きをします。そして、フォロワーがそれを拡散することは良いこととして賞賛されるわけです。ただし、迂闊な拡散は気をつけるべきです。YouTuberも暴露系のSNSアカウントも法律の専門家ではありませんし、流した情報が真実であるとも限らない。偽情報の拡散に手を貸せば、冤罪を導くことにもなりかねません」(井上氏)
NHK党の党首・立花孝志被告が虚偽発言によって他者の名誉を傷つけたとして逮捕されたのは昨年11月のことだ。彼の発言を鵜呑みにし、亡くなった元兵庫県議の自宅に脅迫電話をかけた者も実際にいる。どのような人が安易な情報に乗ってしまうのだろう。
「拡散に走ってしまうのはオタクばかりではありません。意外にも普通の人が多く、主婦や定年退職したばかりの女性も少なくありません。また、一流大学を出た上場企業の部長クラスなんて人もいる。30代半ばくらいまでネットがなかった世代に多いようです。彼らは『これは許せない』と思うと脊髄反射で反応してしまうことがあります。確かな情報が少ない中、特定犯としてネットで拡散されると、その情報に乗ってしまいがちです」(井上氏)
こうした風潮は今後も続いていくのだろうか。
「最近、変わってきたなと思うのは“マスゴミ”批判の風潮です。マスコミは偏ったいい加減なことばかり報じるということでマスゴミと言われてきましたが、最近はきちんと取材して報じているという声も上がるようになってきました。当たり前のことですが、理解が進んできた印象があります。一方、痛い目を見るネットユーザーが出てきたことで、ネット情報に対するリテラシーも高まってきた。誤情報やフェイクニュース、AI……今は情報需要のあり方が変容していく過渡期なのかもしれません」(井上氏)
デイリー新潮編集部