――定年後、うちにいるとどうしても趣味と向き合うことになります。旅行、映画鑑賞、絵画鑑賞といった鑑賞系趣味は受け身ではないかと思うのですが、老化を防ぐ趣味というのはあるんですか。
趣味はクリエイティブで、しかも能動的なそれを選ぶこと。たとえば、映画鑑賞と読書だったら、読書のほうがだいぶいい。なぜかといえば、映画鑑賞って映像を流したのを見ているだけ。一方、読書は自分で能動的に読んで理解しなければいけない。知的な趣味です。それでいえばYouTubeを見るよりもゲームのほうがいい。ゲームのなかでも対戦ゲームがいい。人と対戦するわけだから能動的でコミュニケーションが行われる。
芸術も大事です。ギターやバイオリン、ピアノみたいなのを自分で弾く。バイオリンなんて、素人がやってもなかなか音が出ない。難しいことをやったほうがいいんです。ピアノも指先を使うからボケません。指先を使うのは大切。
それからコーラスでしょう。女性でも男性でもコーラスをやっている人は明らかに誤嚥(ごえん)をしにくくなる。口を使う人って元気なんです。カラオケでもいいですし、講演をやるとか、大きな声で人に何かを教えるのもいい。口を使って大きな声を出すのは喉の筋肉を使っている証拠です。
よく言われるでしょう。「笑う人はボケない」って。あれは笑うってことは喉や口の周りの筋肉を使っているからなんです。それに当たり前ですけれど、笑う時、ひとりで笑ってる人はいないでしょう。人と会話しながら笑うわけです。テレビを見て、笑ってる人のなかに、横の人に向かって、「ほら、これ面白いでしょう」と誘いかける人がいます。これ、重要なんです。テレビを見るだけでなく、人と喋りながら笑うのがいい。そういう人は、がんになりにくいし、ボケないとされてます。
――では、定年退職したら、ピアノ、バイオリン、コーラスをやる、と。
そうそう。あとはカラオケ。ピアノですが、大人がやるピアノって、基礎からやらなくていいと思うんです。「バイエルの教則本からやりましょう」とか言われると、大人は飽きますよ。それより、「自分はこの曲だけ弾けたらいい」みたいな動機で始めたほうが弾けるようになると思います。ビートルズの「レット・イット・ビー」を弾きたいとか、モーツァルトの一曲だけ弾けるようになればいい。僕は大人のピアノ教室に通ってみたいと思ってるんです。60歳を超えて、ピアノやバイオリンを始めようと思う時点で意識が高いから、やろうと思った人はやったほうがいい。
――意識が高いといえば、エロ方面で意識高い人いますね。それはどうですか?
キャバクラへ行くとか、銀座のクラブに行くとか……。僕はいいと思います。そういう場所は頭がしっかりしてる人じゃなきゃ行かない。「行こう」と思う人は色気があるんですよ。だいたい、僕の周りでも男女を問わず、イケてる老人って色気がある。まだ自分を捨ててない。
男性でいえばかっこよくいたい。女性でいえば綺麗でいたい。おしゃれ、化粧というのは非常に頭を使う行為です。そして、見られてることを意識していなければおしゃれしません。多方面に気を配るのがおしゃれです。人間、男でも女でも外見を気にしなくなったら終わりですよ。高齢者施設へ行ってもかっこよくいたい、きれいでいたい人って、ちゃんとしてます。90歳を超えていても、マニキュアをしていたり、必ず月に一度は美容院に行くと実践しているおばあちゃんは、ボケない。「おばあちゃん」と言ったら、怒るような人もボケません。
――高齢者で外見はかまわない、口臭も気にしない人がたまにいます。ズボンの前にいつも尿のシミを付けている人を見かけることも……。
そりゃあ、よくないです。歯磨きはちゃんとする。潔癖症でなくともいいけれど、身だしなみをちゃんとするのはすごく大事です。
うつ病と認知症は症状の現れを見ると、似ているところがある。ただ、うつ病って、ちゃんとしている人がなるんです。いい加減な人はならない。ちゃんとしている人が急にだらしなくなると、うつ病を疑ったほうがいい。たとえば、いつもきれいに化粧をしていた人がすっぴんで出歩くようになったとか、髪の毛のセットもしなくなるとか……。それはやっぱり、うつ病かもしれません。
――年をとると男性も女性も髪の毛を染める人が多いけれど、染めないほうがいいのでしょうか。
これはね、どっちがいいというのはありません。ただ、染めて若く見られたいという意欲は買っていいんじゃないかな。白髪を染める、染めないより、洋服で少しはおしゃれすること。洋服がグレーと紺と黒で、ぜんぶユニクロって人は考え直したほうがいい。無難な服ばかりでなくおしゃれにチャレンジするべき。白と黒の服って、なんでも合わせやすいでしょう。それは何も考えていないことになるんです。たとえば、黄色とか赤とかピンクって合わせにくい。合わせにくい服をどう着るかってことは、脳を使っている証拠です。
「こんな赤い服を着たら、派手じゃないか」と心配しながら着ていくわけです。それは脳が活性化していることにつながる。洋服の着こなしでさえも、心配をしながら考える。心配事が老化を防ぐのですから。日本人は何も起こらない平穏無事ばかり考えるけれど、平穏無事な生活では老化してしまいます。それで認知症になったら元も子もない。
ゴルフをやるおじさんがものすごく派手な服を着たりするでしょう。ああいうのはとってもいいんですよ。遊びの時は仕事とは違う服を着たほうがいいんです。着こなしを考えるのがいいんです。何かをつねに考えるってことが大事。
料理もそう。ただ食べるだけでなく、自分で料理して、盛り付けもやるのがボケ防止になる。食べるよりも作る。冷蔵庫を開けた時に、なかにキャベツと肉とピーマンが入っていたら、これでできる料理って何かな。焼きそば、もしくは野菜炒めかなと考える。ありあわせで何ができるかを考えるのは脳を使ってるんです。
――老化、認知症の発現は地域にもよるのですか?
地方に住む人のほうが老化しやすいかもしれません。それは地方に行くと、生活のなかで歩かなくなっているからです。運動していないんですよ。ただ、今から50年前はまったく逆でした。地方に暮らしていた人のほうが運動量が多かった。だが、車が入ってきてから、地方の人は歩かなくなった。
農業だって、ほぼ機械化されているでしょう。それに、農業って定年がないから、年寄りでもなんらかの仕事をしていたわけです。田んぼは若い人たちにまかせて年寄りは家で洗い物をする、ご飯の支度をするとか。役割があったから充実して暮らしていたんです。ところが、今は年寄りだけで暮らしているし、500m先のコンビニに行くのでも車に乗る。まったく歩かなくなった。それでは老化します。
一方、都市に住む人は車に乗らないでしょう。電車のほうが便利だし、乗り換えで歩くし……。急ぐ時はたまにタクシーに乗るけれど、移動はほとんど公共交通機関にしている。今の日本って東京、大阪、名古屋に住んでいる人は運動量が多い。運動量が多いほうが認知症にはなりづらい。
セックスも運動ですよ。江戸時代の貝原益軒が「接して漏らさず」と言っていて、射精するなと思っている人がいますが、そんなことはない。「しばしば交接すべし」とも言っているんです。
セックスは中等度の運動で冠動脈疾患(狭心症や心筋梗塞)の予防効果があるという研究結果もあります。また前立腺癌の予防、うつ病予防なども報告されているんです。ですからセックスに関しては節制しなくていいです。運動ですからね。セックスの回数が少ない人はボケやすいし、老化も早い。日本人は世界でいちばん回数が少ないとされてますけれど、もうちょっと頑張らないと。せめて週に1回は積極的に、されるべきです。でも性病には注意して、特定のパートナーとお願いします。
女性もセックスしたほうが婦人科系の病気を防げますし、尿漏れが減ります。男性も頻尿が治るとまでは言わないけれど、尿の切れが悪くなることはなくなる。セックスしたほうが骨盤底筋が強化されるから姿勢にも影響すると思います。
年寄りでズボンの前のところに尿のシミが付いている人がいるでしょう。それはちゃんと振ってないからです。どうしても尿が漏れてしまう。そういう人は軽いおむつみたいなパンツにしてもいいんじゃないかなと思うんです。たとえば、あるプロスポーツOBの方は71歳で薄いおむつを愛用しているそうです。「シミがついたズボンはみっともない。いざという時にはちゃんとかっこいいパンツを履く」と言ってました。それが見識です。加齢現象でしまりが悪くなっているわけだから、薄い、使い捨てのおむつを履けばいい。男女ともに40代後半から尿漏れは増えてきます。やっぱりちゃんとセックスするべきで、そのほうが長生きするというデータがあるんです。
———-石田 岳史(いしだ・たけし)東京科学大学病院総合診療科教授1968年生まれ。1993年自治医科大学卒業後、2006年に神戸大学大学院医学研究科内科学講座へき地医療学准教授。2009年、さいたま市民医療センター内科を立ち上げ、2016年に副院長に就任。現在、東京科学大学病院総合診療科に所属。総合診療専門医、総合内科専門医、循環器専門医、心臓リハビリテーション認定医(日本心臓リハビリテーション学会理事)としてプライマリ・ケアから急性期医療まで幅広く対応している。———-
———-野地 秩嘉(のじ・つねよし)ノンフィクション作家1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。ビジネスインサイダーにて「一生に一度は見たい東京美術案内」を連載中。———-
(東京科学大学病院総合診療科教授 石田 岳史、ノンフィクション作家 野地 秩嘉)