「気づいたら夜中に冷蔵庫をあさっていた」「お腹いっぱいなのに、止められず食べ続けてしまう」――そんな経験はありませんか。
実は、こうした“過食”の背景には、注意欠如・多動症(ADHD)の特性が隠れていることがあります。
特に最近の研究では、ADHD(注意欠如・多動症)と過食症を含む摂食障害の関係が注目されるようになってきました。実際、ADHDの特性をもつ人の中には、食べ方のコントロールに苦しむ人が一定数いることが分かっています。
この記事では、ADHD専門のカウンセリングルーム「すのわ」の代表であり、臨床心理士・公認心理師の南和行さんが、ADHDの人に見られる過食症の問題について、背景と日常生活で取り入れられる工夫を紹介します。架空の事例を交えながら、実際に起こりやすいパターンと具体的な対策をお伝えしていきます。
ADHDには「衝動性」「注意の切り替えの難しさ」「我慢の苦手さ」といった特徴があります。これらは食行動に影響を与えます。
例えば、イライラや傷つき、虚しさを感じた瞬間に衝動的にお菓子を手に取り、気づけば短時間で大量に食べてしまう。こうした行動は、「分かっているのに止められない」という自己否定感につながりやすくなります。
どちらも「短い時間に大量の食べ物を食べてしまう」ことが特徴ですが、その後の行動に違いがあります。過食症の場合は、食べた後に強い不安や後悔から、嘔吐や下剤の使用、過度な運動などで「食べた分を帳消しにしよう」とする代償行動が見られます。一方、むちゃ食い障害では代償行動は伴わず、食べた後に強い罪悪感や自己嫌悪を抱え込みやすい点が特徴です。
本記事では過食症を中心に取り上げていますが、むちゃ食い障害もADHDと強く関連があります。
結衣さん(20代女性)は、子どものころから「落ち着きがない」とよく言われ、授業中も集中できず、忘れ物をしては先生に叱られてばかりでした。そんな自分を「ダメだ」と感じて育ちます。母親からも「しっかりしなさい」「どうして我慢できないの」と厳しく言われ続け、自分はやはり「ダメな存在なのだ」と思い込んで育っていきました。
思春期になると、イライラや孤独感をまぎらわすために、深夜に大量に食べるようになります。食べている間は安心できても、その後は罪悪感でいっぱいに。悪循環のなかで過食は悪化していきます。体型の変化からいじめの対象になってしまったこともありました。
社会人になってからも、仕事でミスをした日や人間関係で落ち込んだ日には、帰宅すると無意識のようにポテトチップスやチョコレートを開け、気づけば袋が空になっています。
そして結衣さんは、食べすぎたあと強い罪悪感に襲われます。「こんなに食べてしまったら太る」「またやってしまった」――その思いから、時には自分で吐いてしまうこともありました。けれど、吐いた後に残るのは安心ではなく、深い虚しさと後悔の感情です。「どうして止められないんだろう」「自分は弱い人間だ」―そんな自己否定が積み重なり、翌日も同じ行動を繰り返してしまう。彼女は苦しいサイクルに閉じ込められていたのです。
やがて病院でADHDと診断を受けた結衣さんは、自分の行動の背景に「衝動性」や「感情調整の難しさ」といった脳の特性が関わっていたことを知ります。
このように、学校での失敗体験や親子関係の中での葛藤、いじめなどのトラウマが背景にあり、それがADHDの衝動性と重なって過食を悪化させるケースは少なくありません。
ADHDの人は、思いついたことをすぐ行動に移しやすい「衝動性」を持っています。買い物のとき、予定外のスナック菓子をついカゴに入れてしまう。夜、眠れないときに気づけばお菓子の袋を開けてしまう。そんな行動は決して珍しくありません。
これは意思が弱いからではなく、脳の「ブレーキ役」が効きにくいため。目の前に食べ物があると、食べたい気持ちを抑えるのが難しいのです。
ADHDでは脳内のドーパミンが少なめだとされます。ドーパミンは「快感ホルモン」とも呼ばれ、足りないと人は刺激を求めやすくなります。
甘いものや高カロリーな食べ物は、瞬間的に強い快感を与えてくれる代表格。だからこそ、ADHDの人にとって食べることは手軽で即効性のある「ごほうび」になりやすいのです。孤独なとき、退屈なとき、イライラしたときに無意識に食べ物に手が伸びるのは、脳の働きによる自然な反応でもあります。
ADHDの人はストレスや不安を感じやすく、気分の揺れも大きい傾向があります。その「つらさ」を和らげるために食べる――いわば心の安定剤として食を利用することがあります。
しかし一時的な安心のあと、自己嫌悪が生まれ、ストレスが増してさらに食べる……という悪循環につながりやすいのです。
過食は単なる「食べすぎ」ではなく、心のSOSであることも多いのです。
ADHDの特性に加えて、親子関係や人間関係での傷つき体験が重なることで、食べることが「安心できる唯一の方法」になってしまうことがあります。
大切なのは、「食べ方を正すこと」だけをゴールにしないこと。背景にある心の問題に目を向けることが回復の大きなステップになります。
研究によると、ADHDのある女の子は同年代の子どもに比べて過食症を発症するリスクが約6倍高いことがわかっています。また、ADHDのある女性の約1割が過食症を経験しているのに対し、ADHDのない女性では1%程度にとどまります。
これは「努力不足」や「怠け」で片付けられるものではなく、脳の特性と深く関わる医学的な課題なのです。
まず知ってほしいのは、「意思が弱いから過食になるわけではない」ということです。ADHDやトラウマといった背景がある場合、自分を責めることは逆効果になります。
サポートの方法には次のようなものがあります。
専門家への相談:精神科医やカウンセラーに相談し、正しい理解と支援を得る
環境の工夫:食べ物を目につきにくい場所に置く、買い置きを減らす
心のケア:カウンセリングでトラウマを整理し、自分を責める思考を手放す
小さな成功体験を積む:一度に変えようとせず、1日1回の工夫から始める
環境の工夫:お菓子を買い置きしない、机の上にはナッツや野菜スティックを置く、必ずテーブルで食べる
習慣の工夫:過食の衝動が出たら「まず5分待つ」ルール、食べたものを日記やアプリで記録
生活の工夫:睡眠を整える、小腹が空いたときはたんぱく質の軽食をとる
心の工夫:「食べたいときの代替リスト」(散歩・音楽・友人に連絡など)を作る、セルフコンパッション(自分を思いやること)の言葉を使う。例:「今日は疲れてたから仕方ない」
ADHDと過食症は、見た目には別々の問題に思えるかもしれません。けれど実際には、心と行動が複雑にからみ合い、互いに影響し合っています。
過食症の背景にADHDがある場合、専門的な支援がとても大切です。ADHDの治療薬の中には、過食症の改善にも効果があるとされるものもあります。認知行動療法やカウンセリングも、感情や衝動のコントロールに役立ちます。
大切なのは「自分の意思が弱いから」と責めないこと。過食は怠けの結果ではなく、脳の特性によって起きる自然な反応です。理解し、工夫し、必要なら支援を受ける――それが回復への第一歩です。
一歩ずつで大丈夫。焦らず、少しずつ前に進んでいきましょう。
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