「男女の給料格差が男女の関係の有無に関係していることは多いです。パパ活もその一つではないでしょうか。浮気で多いのは、給料が高い男性が、収入が少ない女性をサポートするうちに恋愛関係に発展するパターン。お金がない人は追い詰められていることが多いため、家族まで巻き込んで不幸になってしまうことも少なくありません」
こう語るのは、キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さん。彼女は、メンタル心理アドバイザー、夫婦カウンセラーの資格を持つ。
山村さんは「困っている人を救える人になりたい」という気持ちが強い。学生時代は警察官を希望していたが、当時は身長制限があり、受験資格はなかった。一般企業に勤務するが、目の前の人を助けたいという思いは強く、探偵の修行に入る。探偵は調査に入る前に、依頼者が抱えている困難やその背景を詳しく聞く。山村さんは相談から調査後に至るまで、依頼人が安心して生活し、救われるようにサポートをしている。
これまで「探偵が見た家族の肖像」として山村さんが調査した家族のことをお伝えしてきたが、この新連載「探偵はカウンセラー」は、山村さんが心のケアをどのようにして行ったのかも含め、様々な事例から、多くの人が抱える困難や悩みをあぶりだしていく。個人が特定されないように配慮をしながら、家族、そして個人の心のあり方が、多くの人のヒントとなる事例を紹介していく。
今回の相談者はweb制作会社で在宅パートの仕事をしている43歳の恵美子さん(仮名)。結婚14年になる同じとしの夫は商社勤務で、ふたりの間には、私立中学校に通う13歳の娘がいる。
恵美子さんの相談は、ここ半年の間に玄関に不思議なものが置かれるということだった。先日は仏壇用の花が置かれていたり、穴の開いた避妊具や妊娠検査薬があったり。実物を持ってきており、話を聞くにつけても、恵美子さんの思い込みや被害妄想ではなさそうだ。
高校の同級生同士だった恵美子さんと夫は、大学時代に交際するも自然消滅。28歳の時に再会し、親からの結婚のプレッシャーもあり29歳で結婚します。恋心による結婚ではないために、早々にセックスレスになり、「信頼できる仲間」という夫婦関係になります。
夫は恋愛のときめきや、チヤホヤされることが好きなために定期的に夜の仕事の女性と浮気をしていましたが、恵美子さんは見て見ぬふりをしていました。しかし、ここ2ヵ月間ほど、自宅の前に穴を開けた避妊具や妊娠検査薬、仏花をなどが置かれているのです。警察に届けましたが、警察は「一応保管しておいてください」というだけ。恵美子さんが夫に監視カメラをつけようと提案するもお金や手間を理由に反対されます。
夫の浮気相手が、嫌がらせをしていると想定されました。
「何事もなかったかのように、元の家庭に戻したい」と考える美恵子さんは、夫に知られぬように相手を特定し、迷惑行為をやめさせたい。そこで、調査に入ることにしました。
美恵子さんは家にモノを置きに来る相手を特定し、弁護士と共に相手に説明し、迷惑行為をやめさせたいと考えていました。しかし、相手が社会的な通念や常識を持ち合わせていないと、いい結果になりません。
それに、浮気していることが会社にわかれば、夫の立場に悪影響を及ぼす可能性もあります。これは、夫の浮気の証拠を押さえ、恵美子さんが何らかの対策を打つことが良いのではないかと判断し、まず夫を尾行することに。夫は朝7時に家を出るとのことで、6時から恵美子さんの自宅前で張り込みを開始。
都内の住宅街にある恵美子さんの家は、シンプルで上品な佇まいです。朝6時にスラリと背が高い娘が出てきて小走りに駅に向かっていました。そして6時50分に黒のパンツと白シャツで出てきた夫を尾行。ゴルフとランニングが趣味なので、真っ黒に日焼けしていました。
都心にある会社に出勤し、18時に会社から出てきます。そして、地下鉄の駅まで早足に歩き、途中下車します。そして駅からすぐのメンタルクリニックに入って行きました。60分後に出てきてから調剤薬局に寄り、処方薬を受け取ります。そして20分ほど歩いたところ4階建ての古いビルの2階のドアを合鍵で開けて入って行きました。
この一帯は、古い商店などもあり、進化から取り残されたような雰囲気があります。このビルの1階もコロナの時期に廃業したパン店で、電気がついているのは2階と4階のみでした。
ドアの上部がガラスになっている、ドアの前に集音マイクを設置すると、ボソボソとした話し声が聞こえ、やがて性交渉の声が。23時に夫が「もう帰るよ」と言いながら出てきます。そして女性が「寂しいから一緒にいてよ」と縋ります。夫を引き止めようとする女性は「じゃあ、駅まで送る」と言う。夫は「もう遅いし、危ないから」と断ろうとすると「寂しいも~ん」と甘えている。
女性は30代後半でしょうか。かなり痩せており、セミロングの髪を茶色に染めていて、赤いタータンチェックの短めのスカートをはいています。夫のものなのか、かなりオーバーサイズのポロシャツを合わせている。そして、ピンクのウレタン製のサンダルを履いており、いずれも薄汚れています。
夫は女性の手を振りほどくようにして「またね」と言って自宅に帰ります。ペアの探偵が夫の後を追い、私は女性を尾行。女性はかなり酒臭く、相当飲んでいることがわかりましたが、途中のコンビニでチューハーイの500ml缶を購入し、歩きながら飲み始めます。路上に停めてある自転車やクーラーの室外機などにぶつかりながら帰宅していました。
一方、夫は自宅がある駅のトイレに篭り、ひたすら吐いていたそうです。コンビニで水を買い、自宅とは反対側にある大きな川がある方向に歩いて行き、途中で間違いに気づいて引き返したそう。ペアの探偵は「夫もかなり精神的に追い詰められているのではないか」と言っていました。
以上の報告を恵美子さんにすると「この女性、知っています」と驚いていました。この女性は、夫が恵美子さんと再会する直前に交際していた、当時夫の会社に勤務していた2歳年下の派遣社員です。夫は元々この女性と結婚する気はなく、別れるにあたり多額の手切金を要求。ただ、夫はその要求を突っぱねたそうです。
「将来を約束していたわけでもなく、お互いに恋愛関係とわかって交際していたと聞いています。夫からは派遣社員として勤務していた女性の月給の安さに驚き、食事をご馳走したことから関係が始まったと聞いています。当時は男性の派遣社員よりも給料が安かったことが衝撃的で、交際が始まったそうです。夫は月に数万円程度渡していたみたいですね」
恵美子さんが最も衝撃を受けたのは、夫が精神科に通っていること。
「あの夫が……ちょっと今晩そのことについて聞いてみます。でもこんな夫の浮気の証拠の写真を見ても、驚いただけで何も思わないんですよ。夫に愛情はあるんですが、悲しくないというか……とにかく、パパもママも大好きな娘を守りたいという気持ちしかありません。私が両親からそうしてもらったように、父と母がそろった家庭で、大学卒業までの10年間を過ごしてもらいたい。娘には安定した環境で自分の可能性を広げてもらいたいだけなんです」
恵美子さんは「これからも夫婦でいるために、確認したいことがあるんだけど」と切り出し、夫に証拠を見せます。即座に夫は観念し「やはり俺は死んだ方がいい。生きている価値もない。人間のクズなんだ」と自分の頭を掻きむしります。
「夫は勤務先にも自分の仕事にも誇りを持っているように思っていましたので、取り乱し方に驚きました。よく話を聞くと、半年前に上司が代わり、仕事がしにくくなったと話してくれました。またその上司は、相手の仕事を認めず、否定ばかりする。そして急な予定変更なども平気で行うために、夫の負担が増えていったそうです。それが夫のチームの致命的なミスにつながり、“死にたい。自分には何の価値もない”と思うことが増えていき、精神科へ。うつと診断されたそうです」
通勤や仕事ができても、うつと診断されるケースは多々あります。夫は競争社会を生きており、そもそも自己評価が低く、死にたいと思う気持ちを抱えていた。おそらく医師はこの点を鑑み、診断したのでしょう。
「夫が初診で行った精神科の待合室で元彼女と再会し、向こうから求められる形で男女関係に発展したことを話してくれました」
元彼女は、「あなたと別れたことが引き金となりうつになった」と、夫に責任をなすりつけたそう。そして約10年間、経済的に追い詰められていることを話します。
「そして、夫が数万円を渡したら、ものすごく感謝されたそうです。夫は感謝されたことに救われたようで、どんどんお金を渡してしまった。そしてこの2ヵ月の間に50万円を彼女に渡したと告白したのです。私には毎月学費も含めて35万円を渡してくれていました。私は夫の月給を知りませんが、どんだけ金があるんだか……。
金を払うほど彼女は夫を熱狂的に求めるようになる。夫も好きでもないのに足が向いてしまい、性交渉をする機会が増えたそうです。
あと、私が思うに人間って落ちている時は“自分より下の存在”を見たくなるじゃないですか。おそらく夫はそういう状態になっていたと思うのです」
夫はエリートであるプライドが高く、完璧主義でもあり、うつ病と診断されたことを家族にも会社にも話せなかったそうです。
「だから彼女が救いだったんでしょうね。夫は仕事がうまく行っている時は、誰もがうらやむような美女と恋愛関係になる。あの会社は完全なホモソーシャルだから、女は見せびらかすアクセサリー。令和になってもヤツらにとって女はモノなんです。モノだから軽く扱い、心が弱ったから頭が悪そうな女に捕まって癒しを求めている」
夫は心の病や、自信の喪失により自分より圧倒的に「下」の存在の女性に救いを求めたということなのでしょう。
「彼女は、“妻”の私が羨ましくなって、嫌がりそうな気持ちが悪いものウチに置きに来た。暇だから夫を尾行したんでしょうね。
夫は、防犯カメラに写った彼女の姿を見たのに削除して『何も映ってなかった』と言ったんです。私が自分で確認をすればよかったのですが……。
ここまで病んでいる女と恋愛するなんて、夫もおかしい。彼女は私にダメージを与えたかったんでしょうね」
結局、この件は夫がうつで休職することを会社に伝え、1ヵ月の静養生活に入ることを決めてから、事態は落ち着いていきました。しかし証拠の映像を消してしまっているため、再度置きにくるまで待たないと彼女に伝えることはできません。恵美子さんが女性に対してどう対策をすればいいか戦略を練っているうちに、女性が警察沙汰の事件を起こし、女性の両親が実家の山陽地方から上京し、強制的に家を引き払い実家に連れ戻したそうです。
「夫は、この件で深く私に感謝しており、私が願っていた“夫は私に一生頭が上がらない”という状況を手に入れることに繋がりました。夫の社内環境も好転し、うつを伝えたことにより、夫が願っていた部署異動もあり、仕事にも復帰しました。半年間の海外勤務の可能性も高まっており、結果オーライです」
恵美子さんにとって「結果オーライ」ではあるかと思いますが、ある意味“犯人”だった女性のことも気になります。2025年9月26日、国税庁は『2024年分民間給与実態統計』の調査結果を発表しました。男女別の平均給料差に目を向けると、男性は586.7万円(前年比18.2万円増)、女性は333.2万円(17.4万円増)です。男女の給料差は253万円もあるのです。こういう現実を考えると、派遣社員として安価な給料のままだった女性が、将来に不安を感じることに対し、自己責任と言い切ることは難しいのではないでしょうか。
恵美子さんは、「私は母業を最優先するんです。女の幸せとかは、もういいんです」と言っていました。女の幸せ、というよりも、恵美子さん個人が幸せであることが大切だと思います。
今回の調査料金は15万円(経費別)です。
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