「モノが売れない」といわれて久しい日本に、ケタ違いのヒット商品を連発しているアパレル企業がある。ワークマンである。電動ファンがついたウィンドコアや防水機能を備えたイージスシリーズなど、数々の機能服を生み出してきた同社が、今年の夏の目玉として発売したのが「氷撃冷感(R)-10℃半袖Tシャツ」だ。6月の発売と同時に飛ぶように売れ、すでに90万枚を突破したという(2025年7月現在)。しかも、値段は“価格破壊”ともいえる580円でコスパも圧巻だ。
【画像】ワークマンの「汗をかくと体感マイナス10度」は本当? 約マイナス10度の温度差を示す“証拠”を見る
本当にそんなに涼しいのか? なぜ、そんなに安いのか? すべてのギモンをワークマンにぶつけた。(取材・構成=押条良太)
「氷撃冷感(R)-10℃半袖Tシャツ」各580円(ワークマン提供)
取材に対応してくれたのは株式会社ワークマンの伊藤磨耶さん。
「ワークマンでは、これまでも吸汗速乾や接触冷感など、夏の暑さ対策に特化した機能性Tシャツをたくさん作ってきました。ただ近年、全国的に異常な猛暑が続き、『もっと強力な冷感を』というお客様の声が高まっています。そこで“今までにない冷たさ”を感じられるTシャツを開発することになりました」
もともとワークマンには「放熱冷感半袖Tシャツ」という大ヒット作があった。
「熱を外部に逃がす放熱機能を搭載し、放熱率80%以上を実現したTシャツは、2022年の発売以降、累計販売数が220万枚を突破しました」
220万枚といえば、筆者の好きな安室奈美恵さんのラストアルバムと同じくらいの販売数である。もはやTシャツの単位ではない……。
ただ、新作の氷撃冷感(R)-10℃半袖Tシャツは、そのミリオンセラーに輪をかけて涼しいというから驚きだ。
素材はポリエステル100%。軽くてストレッチもきいていて、スポーツもできそう。それよりも印象的だったのはひんやり感。サラサラした肌触りが心地よく、冷房のきいた部屋のシーツに触れたように、瞬間ひんやりする。
「冷感成分を含む特殊プリントや冷感糸を使用することで、生地に触れた瞬間のひんやり感(接触冷感)が生まれます。さらに気化冷却機能が搭載されているため、着る人の体温や汗の量に応じてひんやり感が実感しやすくなります」
液体は気体になるときに気化熱を必要とする。このとき、周囲から熱を奪って気化するため、周囲の温度が下がる。これが気化冷却の仕組みだ。
このTシャツの場合、汗が蒸発する際に皮膚の熱が奪われることで、肌や生地表面の温度が下がるというわけ。
つまり、着た瞬間は接触冷感、汗をかいてからは気化冷却という2段構えで冷たさを体感できるのだ。
「昨今の過酷な暑さのせいで、通常のネーミングではお客様の心を掴むことはできなくなってきました。そこで今までにない“冷たさ”を直感的に伝えるために、第三者機関による試験で確認された最大マイナス10℃という冷却性能をそのまま商品名にすることにしたんです」
「-10℃」は、汗や水分と反応した際に、生地表面の温度が下がる気化冷却の効果を数値で示したもの。あくまで試験環境下での最大値ではあるものの、科学的な裏付けがあるのは安心だ。
何より、「汗をかくほどに涼しくなる」と聞けば、仕事に取り組む気にもなる。
おまけに吸水速乾やUVカット、抗菌・消臭加工といった高級スポーツウェアばりの機能も搭載されている。
「ボディ自体に吸水速乾性のあるポリエステルを使用しています。UVカットや抗菌・消臭加工は特殊なコーティングや繊維処理技術を用いて、生地の表面や繊維に均一に施しています。こうすることで、生地の通気性や柔らかさを損なうことなく、快適な着心地を持続できます」
現場での着用が想定されたTシャツだけあって作りも丈夫。
「強度を高める特別な加工は施していませんが、素材、縫製ともに、屋外での作業やスポーツに十分対応できる耐久性を意識しています。長期間の着用や洗濯による機能の低下も自信があります」
デザインはシンプルで、ロゴも見当たらない。
「近年、シンプルな作業着を好むユーザーが増加している傾向を踏まえ、ブランドロゴなど装飾性を抑えたデザインが主流になりつつあります」
両肩と背中にあしらわれたラインは、夜間の安全を確保するリフレクターの役割を果たす。
開発には約1年もの時間がかけられた。
「汗をたくさん吸収するほどに冷却効果は高まりますが、乾きが遅くなると、その分快適さが損なわれてしまいます。そのため、保水性と速乾性を同時に高める必要があり、この点が一番苦労しました。また、複数の機能を組み込むことで、それぞれの効果が低下するリスクもあります。この点は加工の工程や順序を最適化することでクリアしました」
中でも一番高いハードルになったのは価格だったという。
「580円という価格を維持しながら、これほど多くの機能を実装させるのはワークマンとしても未知の挑戦でした」
そもそもなぜ、低価格にそこまでこだわるのか? 何から何まで物価上昇の今、高機能Tシャツがちょっとくらい高くてもいいと思うのだが……。
「ワークマンが目指しているのは、単なる冷たい服ではなく、現場で働く人々に寄り添う冷感ウェアです。そのため、毎日、気兼ねなく着ることができる価格も機能のひとつだと考えています。このTシャツの開発は、冷感ウェア=高価なウェアという常識を覆すことへの挑戦でもあったんです。580円という価格は、コストと品質を両立するギリギリのラインです」
低価格を実現できた秘密はワークマンならではの生産体制にある。
「自社での製造管理と大量生産によって製造コストを抑えること。必要な機能だけを優先しつつ、過剰な装飾やブランドコストを削減すること。さらに独自の素材開発や加工技術を社内で行うこと。こうした取り組みによって低価格を実現することができました」
6月に発売するやいなや、完売店舗が相次いだという。
「一番反響があったのは、建設や配送、警備、農業といった屋外で長時間作業をされる職種の方々でした。『汗をかくほどに涼しくなる』、『価格以上の機能性』といった高評価をいただいています。学生の方々にも好評でした。通勤・通学の暑さ対策や、部活のスポーツウェアとして使っていただいており、保護者の方々からは、『価格が手頃なので、数を揃えられる』というお声も。最近では、アウトドアやフェス、屋外イベントのスタッフユニフォームとしても使っていただいています」
部屋着という予想外のニーズも。
「男女を問わず、“部屋着としてちょうどいい”というお声をたくさんいただいています。肌触りのよさや軽さ、締め付け感がない点が評価されており、在宅ワークや旅行、出張、就寝時に着用される方も多いようです」
ただ、このTシャツにもひとつ欠点があった。あまりに売れすぎて、現在は手に入れるのが至難の業なのである。
「ワークマンは予想される売り上げ数に合わせて生産数を決めて、年に一度まとめて生産しています。このTシャツはかなり多めに作ったんですが、売れ行きが予想をはるかに超えてしまい、今年の生産分はほとんど残っていない状態です……。みなさまにはご迷惑をおかけしております」
取材後、筆者は自宅から近い複数の店舗をハシゴする“ワークマン・マラソン”の末、入手することができた。
その一枚をランニングウェアとして使用している。動きやすいし、汗をかくほどにひんやり。スポーツウェアとしての機能は申し分ない。
先日はラッシュガードがわりに海水浴にも使ってみたが、じつに快適だった。次はサーフィンに使ってみる予定だ。
公式オンラインストアでも品切れ中だが、店舗によってはわずかながら残っている可能性もあるとか。運よく見つけたら、ぜひ入手して、極上のひんやり感を体感して欲しい。
(押条 良太)