父が複数のパートナーを持ち、6人の異母兄弟がいる人気インフルエンサーのYunaさん。母と妹の3人で10歳でハワイに移住してからは父と疎遠になり、経済的にも困窮。幼いころは「父が母を苦しめた」と思っていたそうですが── 。(全3回中の3回)
【写真】「10歳で疎遠になった父との雪解け」強面な父と映るYunaさん(7枚目/全20枚)
── 6人の異母兄弟がいるという複雑な家庭環境で育った人気インフルエンサーのYunaさん。日本と中国で幼少期を過ごした後、10歳で母と妹とともにハワイに移住してからは、経済的な困窮も経験しました。大人の都合に翻弄されながらも、力強く人生をサバイブしてきたYunaさんが、12年間会うことのなかった父親と再会したのは22歳のとき。「お母さんを苦しめた人」として憎しみを抱いていたお父さんと会うことを決めたのは、なぜだったのでしょうか?
Yunaさん:幼少期に日本で生活していたころは父が家に帰ってくるのは、週に1回あるかないかで、6歳で北京に移ってからは3か月に1度くらい。それでも「うちはそういう家なんだ」と、幼いころは何の疑問もなく受け止めていました。でも、成長するにつれて、母が泣いている姿を何度も見るようになり、「父が母を苦しめている」という現実を理解していきました。
幼少期は裕福な暮らしでしたが、母が父から離れて自立するために、私と妹を連れて10歳でハワイに移住してからは、経済的にも苦しい日々が続きました。気持ちが不安定な母と妹を支えるのはすごく大変で。そうした背景もあって、父のことは正直、大嫌いだったんです。
── そこから、どのような心境の変化があったのですか?
Yunaさん:20歳のときに母と大ゲンカをして絶縁状態になり、離れて暮らすようになったことで、それまで嫌っていた父に対して「実際はどんな人なんだろう」と気になり始めました。ずっとひどい人だと思っていたけれど、数少ない記憶のなかの父は、いろんなことを知っていて、おもしろい話を聞かせてくれる魅力にあふれた人でもありました。私自身が成長して、物事を客観的に見られるようになってきたタイミングだったので、今ならフラットに見ることができるのではないかと思ったんですね。
──「会ったら傷つくかもしれない」という不安はなかったのでしょうか?
Yunaさん:まったくなかったです。そもそも「父」として何かを求めていたわけでも、「愛されたい」という気持ちもありませんでした。ただ、会ってみたいと思ったのは、「どんな人なのか知りたい」という純粋な好奇心からでした。むしろ、執着や期待がなかったからこそ、気負いなく会いに行けたんだと思います。
── そうなのですね。実際に会ってみて、どんな印象を受けましたか?
Yunaさん:父はすごく喜んでくれましたね。12年ぶりの再会でしたが、気まずさや照れくささはなくて、会った瞬間から自然に話すことができました。「お母さんのほかにパートナーは何人いるの?」「ほかの子どもたちってどんな感じ?」と、気になることは全部聞いて。父も言葉を濁すことなく、異母兄弟たちのこともすべて教えてくれて、私は「へえ、そうなんだ」と思いながら、楽しく会話していたんです。そんなやりとりのなかで、「私の本質を理解してくれる相手に初めて出会えたかもしれない」と感じる瞬間がありました。
── どんなやりとりだったのでしょう?
Yunaさん:「今、仕事は何をしてるんだ?」と父に聞かれて、「大学に通いながらレストランでアルバイトをしてるよ」と答えました。母方の親族には「もっと格式のあるところで働きなさい」と言われることが多く、肩書や見栄を張る価値観に抵抗感がありました。
でも父は違いました。「Yunaは、いずれ人の上に立つ人間になる器がある。だから今のバイト先でも、マネージャーがどう動いているかを観察し、マネジメントやお金の流れを意識して働きなさい。すべてが学びになるから」と言ってくれたんです。
それは、私がいつも意識していることそのものでした。父にそれを言い当てられた瞬間、「私が何を目指して、どんな思いで働いているか、全部わかっているんだな」と感じて。初めて私の本質を理解してくれる人に出会えた。それがすごくうれしかったんですね。
── お父さんは、ビジネスで成功していらっしゃる方だとか。
Yunaさん:はい。ホテルや飲食など、中国で幅広くビジネスを展開している実業家です。経営一家の出身ですが、たたき上げで事業を築いてきたので、たくましい経営哲学を持っているんです。父自身も私にシンパシーを感じたようで、いろんな話をしてくれました。親子というより、「歳の離れた同志」のような感覚でしたね。
── そこから再び交流が始まったのですね。
Yunaさん:再び中国に会いに行ったのは、ちょうど父の日でした。それまで父の日を祝ったことがなかったので、なにか贈り物をしたいと思って、プレゼントを用意して、手紙も書いたんです。
そのときは、父に対して、愛情といえるような感情があるのか、自分でもよくわかりませんでした。ただ、「お父さんにとって誇りに思える娘になりたい」という気持ちが芽生え始めていて、その思いを伝えたかったんです。
帰国する日の空港で手紙を渡したら、父がメガネを外し、強面の顔をゆがませて泣いていました。その姿を見たときに、心の奥底にしまっていた過去のわだかまりがほどけていくような感覚があったんです。それが「父を愛している」と自覚したきっかけでした。親子としての関係が、あらためて始まったような気がしましたね。
── 今はよき理解者として、関係性が続いているのですね。
Yunaさん:「Yunaは自分に似ている」と父はよく言います。私のYouTubeチャンネルも毎回チェックしているし、自分のSNSには私の写真ばかり載せています(笑)。本音で踏み込んで話せるところがあって、どこか対等な関係性なんですよね。それがすごく心地いいんです。
── 妹さんのほかに、異母兄弟が6人いらっしゃいますが、交流はされていますか?
Yunaさん:はい。異母兄弟全員をコンプリートするのが目標です(笑)。6人のうち、4人はすでに会えたので、あと2人ですね。「会ってみたい」と言ったら父がすごく喜んで引き合わせてくれました。最年少は6歳の男の子です。父いわく、私に性格がそっくりなのだとか。実際、会ってもみても「兄弟なんだな」と感じました。
── 好奇心旺盛なYunaさんらしいですね。ただ、異母兄弟というと、お互い複雑な感情を持つケースも少なくありません。
Yunaさん:もちろんみんなが同じように仲よくしたいと思っているわけではないと思いますし、それぞれの自由でいいと考えています。複雑な環境を乗り越えてたくましく生きている子もいれば、いまだに父を許せずにいる子や、父の愛情を求めて続けている子もいたりして、本当にさまざまですね。
私はというと、結局、人間はひとりだと思っているので、誰かに頼るつもりはありません。今後、新しい感情が芽生えるかもしれないし、そうならないかもしれません。父を介して生まれたつながりも、それぞれが無理なく向き合えたら、それでいいと思っています。
取材・文/西尾英子 写真提供/Yuna