ひとり暮らしの高齢者は増加傾向。親子とはいえ「気を遣う」というのも、その流れに拍車をかけています。一方で子としては、年老いていく親の心配は、雪だるまのごとく大きくなっていきます。
「母から夜の23時ごろに電話がありました。普段は絶対にそんな時間に連絡をしてこないので、ただならぬことが起きたとすぐに感じました」
そう語るのは、東京都内で暮らす杉田達也さん(55歳・仮名)。3年前に父がなくなって以来、都内の実家でひとり暮らしをしている母・文子さん(79歳・仮名)。亡くなった父の遺族年金と、自身の老齢年金を合わせて月14万円ほど。その範囲で質素ながら安定した生活を送っていました。
「母はいつでも落ち着いた人。だからあんなに慌てて電話をしてきたことに驚きました」
嫌な予感がしながら応答すると、電話口から聞こえてきたのは、嗚咽まじりの文子さんの声でした。「バカなことをした……」。その言葉だけが、途切れ途切れに聞こえてきます。
「どうしたの、お母さん! 何かあったの?」
達也さんの問いかけに、なかなか応えることのできない文子さん。ただ「ごめんね、本当にごめんね……」と繰り返すばかりです。
「とりあえず、落ち着いて話して。何があったのか、ゆっくりでいいから教えて」
そう言って、達也さんは文子さんの話に耳を傾けました。電話口の向こうで深呼吸する音が聞こえ、ようやく少しずつ話し始めました。涙ながらに語ったのは、耳を疑うような話でした。
文子さん話は高齢者を狙った巧妙な手口によるものでした。数週間前、文子さんのもとに「あなたの個人情報が流出している」という内容のメールが届いたそうです。普段から注意深く、怪しいメールはすぐに削除する文子さんが、なぜ今回は引っかかってしまったのでしょうか。
「身に覚えがないのに、私の名前と住所が書かれていたの。それで、つい……」
文子さんは、そのメールに記載されていた電話番号に連絡してしまったといいます。電話口の相手は、非常に丁寧な言葉遣いで、いかにも公的な機関の人間を装っていたそうです。個人情報が悪用される可能性があること、それを防ぐためには手続きが必要であること、そしてその手続きには費用がかかることを説明されたと話しました。
高齢者を狙った詐欺の手口は巧妙化しており、一見すると信頼できる情報源からの連絡に見せかけたり、不安を煽るような言葉で判断力を鈍らせたりすることが特徴です。今回は、文子さんが自分の個人情報が具体的に示されたことで、動揺してしまったのでしょう。
警察庁の発表によると、2024年、特殊詐欺の認知件数はは2万1,043件、被害総額は717.6億円に達しました。65歳以上の被害の認知件数は1万3,738件で、全体の65.4%。65歳以上女性に限ると9,274件で、全体の44.1%を占めています。
文子さんは、言われるがままに数十万円を振り込んでしまったとのことでした。年金暮らしの文子さんにとって、それは決して少なくない金額です。しかし、話はそれだけでは終わりませんでした。相手はさらに別の名目で金銭を要求してきたのです。そこでようやく文子さんは詐欺ではないかと疑い始めたといいます。
「もうどうしたらいいかわからなくて、怖くて、誰にも言えなかった……」
文子さんはそういって、再び泣き出しました。達也さんは悲痛な声を聞きながら、自分自身の不甲斐なさを感じずにはいられませんでした。もっと頻繁に連絡を取り、何か困ったことがないか確認していれば、もしかしたら防げたのかもしれない――後悔の念が胸を締め付けました。
文子さんが振り込んだお金が戻ってくる可能性は低いでしょう。さらに被害者のなかには、「家族に迷惑をかけてしまった」と、精神的に大きなダメージをおってしまうことも珍しくないとか。達也さんは「お母さんは何も悪くない。一人で抱え込まないで、これからは何でも話してほしい」としつこいほど伝えたといいます。そして、より頻繁に文子さんとコミュニケ―ションを取るように心がけるようになったといいます。
複雑化・巧妙化する詐欺等から被害を守るため、対策を強化しています。警察は被害に遭わせないための対策として、積極的な広報・啓発活動を展開。国際電話番号を利用した特殊詐欺が多発していることから、国際電話の利用休止 申請の周知・支援を実施。また捜査過程で押収した名簿を活用し、同名簿に載っていた人に電話するなどして注意喚起したり、金融機関やコンビニエンスストア等と連携し、高齢者が高額の払戻しを認知した際に警察に通報するよう促したりなど、さまざまな取り組みを行っています。
もちろん、家族としてもできることは色々とあります。頻繁なコミュニケーションもそのひとつ。憎むべき犯罪から家族を守るためにも、積極的に声をかけていきたいものです。
[参考資料]
警察庁『特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について』