「お金がないと医療を受けられない状況になりかねない」――。
10万人を超える医師・ 歯科医師で構成される全国保険医団体連合会(保団連)は12日、都内で会見。
病院現場の深刻な経営実態と、診療報酬の評価の低さに関する、2つの実態調査の結果を発表し、国に対して診療報酬の10%引き上げを求めた。
保団連では今年2月「物価高騰に関する医療機関の緊急影響調査」を実施。回答した医療機関4658件のうち、入院医療機関674件の病院、有床診療所に特化した分析を行った。
分析によると、回答した入院医療機関の55.5%が、2024年1月と比較して、診療報酬改定後の収入が減少したと回答。このうち31.7%の入院医療機関では10%以上の減収となったという。
また、光熱費や医療材料費などの経費は、診療報酬改定を経ても「補(ほてん)できていない」と95.4%が答えており、同様に92.9%の医療機関が人件費を補えていないと回答した。
保団連の吉中丈志(よしなか・たけし)理事は「診療報酬の大幅引き上げなしには、医療機関の経営危機は打開できない」として、次のように述べた。
「当会には、大きな病院も加盟していますが、中小病院が非常に多くを占めています。
電子カルテなどの機器の導入や利用増加にかかる費用が経営を圧迫する一方、原資を確保できないことなどを理由に、賃上げを実施していない医療機関が15.6%に上りました」(吉中理事)
また、保団連の資料等によると、賃上げを実施した医療機関であっても、診療報酬が十分でないため、持ち出しによって職員の給与に充てている場合があるという。
「そもそも医療機関では現在、病床を埋めたとしても、十分な収益を確保するどころか減収になっているところもあります。
加えて、多額の借金を抱えている医療機関も少なくなく、政府に対しては、診療報酬の大幅な引き上げを含め、支払い猶予を求めていきたいです。
また、コロナ禍では病床が足りなかったために、入院できずに亡くなった方も多くいました。この経験をもとに、空床確保のための財政支援を求めていきたいです」(吉中理事)
この日の会見には、青森県弘前市にある健生病院の泉谷雅人(いずみや・まさひと)事務局長が出席。同病院の経営状況等をもとに、地方の病院の実態について、次のように述べた。
「私どもの病院は、地方都市にあり、救急車を受け入れる急性期病院です。
現在、物価上昇や賃金上昇の影響があり、職員一丸で経営改革に取り組みましたが、病床利用率は95%を超えているにもかかわらず、利益率はマイナスとなっています」(泉谷事務局長)
同病院の2024年度の収益は、コロナ前の2018年度と比べ5億円ほどの増収となった。
しかし、コロナが落ち着いてからも、為替や物価高騰の影響で、PPE(マスクなどの個人防護具)や医療材料の単価、材料費等の費用が増加。
最低賃金の上昇を受けて、他産業への人材流出を防ぐための賃上げの実施も行ったため、費用が収益の伸びを大きく上回っている状態だという。
「これらのコスト以外にも、建物の建築費や、電子カルテ、医療機器の導入など、病院を維持するためには莫大(ばくだい)な投資が必要です。
ですので、経営状況を改善するため、業界では選定療養による収益拡大をめざす病院も増えています」(泉谷事務局長)
選定療養とは、患者が保険診療に加えて、追加の費用を負担しサービスを受ける仕組みで、代表的なものとしては個室ベッド料などがある。
「この選定療養の価格を上げることで、なんとか収益を確保しているという病院が現在増えつつあります。
しかし、こうした状況が続けば、ベッド料などを理由に『お金がないと医療を受けられない』状況を生み出しかねません。
当院は地方にあることもあり、すでに経済的理由での受診抑制が起きています。もっと早くに病院を受診していれば助かったかもしれない、という患者が『お金がない』ことを理由に亡くなるケースもありました。
地域医療を守るためにも、診療報酬を含めて、地域の患者の命と健康を守ることのできる制度設計が必要だと思います」(同前)
昨年6月の報酬改定では、感染症対策に関連して、発熱患者等対応加算などが新設された一方、抗原検査の点数が引き下げとなったほか、コロナ禍で実施されていた院内トリアージ実施料も昨年3月末で廃止となった。
こうした報酬引き下げについて、先述した健生病院で働くスタッフからは「コロナ禍の初期には差別も受けたが、それでも頑張って地域を守ってきた。にもかかわらず用済みになったので捨てられたという感覚だ」という声もあがったという。
保団連が3月から4月にかけて実施した「感染症対策の診療報酬評価」に関するアンケート調査でも同様の結果が見受けられた。
4904件の医療機関のうち、4106件(84%)は何らかの形で発熱外来に対応しており、そのうち78%が「感染症対策に関する診療報酬があまり/全く評価されていない」と回答。
保団連の山崎利彦理事は「先ほどの話にもあった人的・物的なコストを考えると、感染症のリスクを抱える患者を診れば診るほど赤字になっていく計算だ」と指摘し、こう語気を強めた。
「コロナは5類に移行しましたが、今でも重篤な後遺症を引き起こす病気であることには変わりがありません。
今後起こり得る未知の感染症に対して、即座に動員できる体制を確保するためにも、われわれが普通に診療を続けるための報酬改善を求めたいです。
一部では『病院はコロナ禍でもうけたんだから収益が下がるのは仕方がない』という意見もありますが、当時はスタッフ確保などのために融資を受けていた状態でした。そしてその返済が昨年から始まっています。
このまま診療報酬の改善がなければ、多くの医療機関が来年か再来年までに倒産せざるを得なくなるのではないでしょうか」(山崎理事)
各紙の報道によると、政府は「骨太の方針」を6月13日に閣議決定する予定だ。
「自民党、公明党、日本維新の会の3党は、骨太の方針に向けて、病床数の大量削減で合意したそうですが、これはまさに減反政策の医療版を始めようとしているのと同じではないでしょうか。
政府が推進している医療DXも医療費を抑制するために、導入を進めていますが、現場のニーズにはあっておらず、セキュリティー費用などを考えると負担が増えるばかりです。
こうした現状を踏まえたうえで、ぜひ市民の皆さんには骨太の方針の中身をよくチェックしていただきたいです」(山崎理事)