高齢者の多くが「住み慣れた自宅で最期を迎えたい」と望む一方で、現実には誰にも看取られずに亡くなるケースが年々増え続けています。本人の希望を尊重することと、家族の後悔を減らすこと――その両立は、想像以上に難しい問題です。
高橋由美子さん(仮名・60歳)は、3年前に母・節子さん(仮名・享年88歳)を亡くしました。発見されたのは亡くなってから2日後、自宅の団地でのことでした。 節子さんは病気や認知症もなく、身の回りのこともすべて自分でできていました。誰よりも元気に、誰よりも自由に「身の丈にあった老後」を楽しんでいたといいます。
「父が亡くなったあと、母に『ひとり暮らしは大変だから施設に入るのはどう?』と勧めたことがありました。すると母は『老人ホームには入らないわ。だって、私の最期は住み慣れたここ(団地)と決めているの。ずっとお父さん(節子さんの夫)と暮らしてきたんだから』と。自宅で暮らすことにこだわっていたんです」
自身の年金と、亡くなった夫の遺族年金を合わせて月15万円程度。その範囲で慎ましい暮らしをする――節子さんがこだわったライフスタイルです。好きな料理を楽しみ、団地の庭でガーデニングを楽しみ、近所の喫茶店で友人とのひと時を楽しみ――娘である由美子さんも「理想的な老後の過ごし方だな」と思っていたといいます。
「せっかく毎日を楽しんでいるのだから、邪魔してはいけない」と、必要以上に干渉してはいけないと思っていたという由美子さん。同じ市内に住み、定期的に節子さんの様子をみに通ったり、電話で元気かどうかを確認したりしていましたが、過度な心配はしないようにしていました。
しかし、ある日連絡が取れなくなり、訪ねてみると……節子さんは、布団の上で静かに息を引き取っていました。病院にも行くことなく、苦しんだ様子もなかったといいます。最期まで自立した暮らしを貫いた、ある意味で「理想的な最期」でした。
けれども、由美子さんの心には、今もぽっかりと穴が開いたようだといいます。
「母が亡くなったとき、誰もそばにいなかった。それが悔しくて……私は、母をひとりで逝かせてしまったんじゃないか、って思ってしまうんです」
節子さんは日常生活に支障のない高齢者でした。要介護認定も受けておらず、買い物や家事も元気で一人でこなしていたといいます。質素ではありますが、家賃の安い団地暮らしで、大きな不自由は感じていませんでした。
自分のことは自分でする、丁寧な暮らし。人には迷惑をかけず、いつも楽しく、元気に――。
最期まで、自分の価値観を大切に生きた母だったと由美子さんは振り返ります。しかし、発見が2日遅れたことにより、娘である由美子さんは、結果的に「母を孤独死させてしまったのでは」という思いを拭いきれなかったのです。
警察庁の発表によると、2024年上半期、自宅で亡くなったひとり暮らしは3万7,227人。そのうち65歳以上は2万8,330人で76.1%を占めます。発見までは死後1日が最も多く、1万4,775人で、そのうち65歳以上は1万1,697人。節子さんのように死後2日は、7,380人で、65歳以上に限ると5,746人。ちなみに発見まで1ヵ月以上かかったのは3,936人で、2,585人が65歳以上でした。
もちろん、誰にも看取られずに亡くなること自体が不幸とは限りません。節子さんのように、自宅で静かに最期を迎えることを望む高齢者も少なくないのです。とはいえ、「親が孤独死した」という現実に直面した家族にとって、それは決して簡単に受け入れられるものではありません。
「たった2日と人は言うけれど――でも、その間に母はどんな気持ちだったんだろうと考えると」
由美子さんは、あくまで母の意志を尊重しました。だからこそ、「施設に入ってもらっていたら」「もう少し見守るサービスを使っていれば」と、選ばなかった道ばかりが後から浮かんでくるといいます。
厚生労働省の調査によると、「最期を迎えたい場所」として一番多かったのが「自宅」で43.8%。「医療機関」は41.6%、「介護施設」は10.0%でした。自宅を選択した人の理由としては「住み慣れた場所で最期を迎えたいから」が最多で68.9%。「最期まで自分らしく好きなように過ごしたいから」61.5%、「家族等の時間を多くしたいから」56.0%と続きました。
節子さんは理想を叶え、きっと悔いはないでしょう。ただ理想を叶えることは容易なことではなく、周囲の支えや仕組みが必要です。近年では、センサーや見守りサービス、緊急通報システムなど、在宅生活を支援するテクノロジーや制度も増えてきています。元気なうちに住み替えや見守り体制を整えておくことが、本人にとっても家族にとっても安心につながるかもしれません。
「母は望んだとおりに生きて、望んだ場所で亡くなりました。それを誇りに思う反面、今でもふとしたときに、『もっとできることがあったのでは』と感じてしまうのです」
最期をどこで迎えるか――
本人だけの問題ではなく、家族全体の課題でもあります。元気なうちから話し合い、支え合える体制を作っていくことが、後悔を少しでも減らすための第一歩かもしれません。
[参考資料]
警察庁『令和6年上半期(1~6月分)(暫定値)における死体取扱状況(警察取扱死体のうち、自宅において死亡した一人暮らしの者)について』
厚生労働省『人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査』