「立て続けに自殺があった後、見慣れない車が止まっていました。女性の親御さんが連れ戻しに来たようです。ただ、うまくいかなかったのか、そのまま帰っていきました。家の中で自殺が相次ぐなんて普通ではない。女性たちの親御さんも心配でしょうね」
多摩湖に面した丘陵地の一角にある、雑木林に囲まれて民家が点在する静かなエリア。その奇怪な生活様式ゆえ「ハーレムの館」と呼ばれた一軒家の近くに住む女性は、こう明かすと、女性の親の心情を思いやり、深くため息をついた。
9人の「妻」と集団生活を送る自称・占い師の男が、「妻」と共謀して10代の女性2人を東京・東大和市にある自宅に誘い込み、わいせつな行為をしたとして逮捕された事件から2年。世間の耳目を集めた事件は、当事者である自称・占い師の男と「妻」が自宅で自ら命を絶つという形で幕引きを迎えた。
ベールに包まれた「ハーレムの館」の中でいったい何が起きていたのか。そして、残された「妻」たちはどうしているのか。事件の「その後」を追った――。
一夫多妻生活を送っていた渋谷博仁(76)が、同居する元妻の千秋とともに準強制性交容疑などで逮捕されたのは2023年2月7日のことだった。
「渋谷は10代だった女性を占いと称して自宅に招き、UFOの映像を見せ、『あなたは宇宙人に食べかけられてる。救いたい。そのためには男と女の関係になるしかない』などと告げてわいせつ行為に及んだ。また、別の10代女性に対しては『あなたは近々死ぬ。宇宙人に連れて行かれる。助かるには男女の関係にならないといけない」などと脅してわいせつ行為に及ぼうとした。千秋は勧誘役で、『よく当たる占い師がいる』などと言って勤務先の女性を自宅に誘っていた。両者はともに否認していた」(社会部記者)
渋谷は私立大学を卒業後、臨床検査会社に就職。1974年に最初の妻と結婚し、2人の子供をもうけたが、1999年10月に離婚。妻子が家を出ると、占いを始め、不倫関係にあった同年代の女性、さらに占いのアシスタントを募集する求人広告に応募してきた若い女性らを招き入れ、集団生活を始めた。
「もともと奥さん、子供2人という普通の家族でした。あの家がおかしくなったのは、渋谷さんが奥さんと離婚し、今もあの家に暮らす渋谷さんと同年代の女性らが移り住んできてから。その後、若い女性が増えていった」(渋谷を知る男性)
近隣住民によれば、深夜にろうそくの明かりの下、渋谷が何やら呪文を唱え、周囲で女性たちは憑かれたように髪を振り乱し、身体を揺らしていたこともあったという。
「ハーレム男」の名が一気に広まったのは2006年だ。57歳だった渋谷は、同居女性の知人女性に対し『ここに住まないとミンチにして殺される』などと脅して集団生活に加わるよう強要するなどして逮捕された。当時取材した記者が振り返る。
「渋谷は2002年に同年代の女性と結婚して以来、迎え入れた女性と結婚、離婚を繰り返し、渋谷姓を与え、自宅の土地建物を贈与した。その一方で、占いを口実に職場の同僚らを自宅に連れてくるよう同居女性に指示していた。同居女性を増やせば、性欲を満たせると同時に、女性たちの収入で楽に暮らせるという身勝手な思いからです。自宅からは複数の催眠術関連本が押収され、女性を洗脳するために使用していたと騒がれた」
懲役1年6ヵ月、執行猶予4年の判決を受けた渋谷は「浅はかな考えだった。犬猫に生まれ変わった気持ちで、これから生きていく。(女性は)全員実家に帰ってもらう」などと一夫多妻生活の解消を約束していたが、その後もハーレム生活を続けていた。
「当時も連れ戻しに来た家族がいたが、失敗に終わった。もみ合いになり、催涙スプレーをかけられた方もいた。最初の逮捕後、家を出たのはわずか1人だけでした」(同前)
そして前回の逮捕から17年後、再び事件は起きた。検察は、渋谷に懲役10年、千秋に懲役3年を求刑したが、罪が償われることなく事件は謎の幕引きを迎える。
「初公判は2024年7月に開かれ、被告人質問などが終わった後、まず千秋、続いて渋谷が保釈された。裁判所の判断により、ともに制限住居として指定されたのは犯行現場の自宅だったが、あろうことか、当事者である2人が相次いで自宅で自殺してしまった。
昨年12月23日、千秋が亡くなり、その後、渋谷も1月19日に亡くなった。ともに判決言い渡しの直前での自殺だった」(前出・社会部記者)
近く住む男性は明かす。
「渋谷さんが女性たちを引き連れてホームセンターなどを歩く姿は近隣で名物となっていたが、昨年12月暮れに目撃したときは別人のようでした。自宅前で渋谷さんが女性と2人でタクシーから降りる姿を目撃しましたが、憔悴ぶりは甚だしく、女性が渋谷さんの体を抱えるようにして自宅内に連れて行きました。女性に支えられてどうにか歩けるという状態でした」
じつは、「謎の自殺」はこれだけではなかった。
「渋谷が亡くなる3日前、1月16日には千秋の妹で、同じく元妻であるAがやはり自ら命を絶っていた。否認していた渋谷と千秋はなぜ自殺したのか。なぜ千秋の妹であるAも命を絶ったのか。渋谷が戻った後、自宅の中で何が起きていたのか。謎だらけ」(前出・社会部記者)
2023年2月に千秋が逮捕された際、親族は次のように明かしていた。
「ニュースで報じられているハーレム男のところにいるんですか。まったく知りませんでした。姉妹の親とは疎遠で…。『どこかに行ってしまった』とは聞いていましたが、まさかそんな事件と関係あるとは…。(千秋とAは)三姉妹の長女と次女です。たしかに仲が良かった印象です。一番下ですか? じつは若い頃に亡くなっています。私が聞いているのは『踏切事故で』ということだけです」
一方、姉妹が少女時代を過ごした自宅近くの住民は「一家は皆、(三女の死に)ショックを受け、その話題を決して話さなかった」と振り返った。
妹の死は千秋に影を落としたという。もとより親との折り合いが悪かった千秋は、実家を出て、やがて渋谷に出会う。そして、千秋に誘われる形でAは共同生活に加わることになった。
かつて「渋谷に洗脳されている」とも言われた女性たちはどうしているのか。4月上旬、「ハーレムの館」を訪れた。
駐車スペースにはロープが張られ、「立ち入り禁止」と書かれた札がくくりつけてある。インターホンはなぜか手の届かない場所に設置されており、複数の防犯カメラが自宅前の動きを監視する。冒頭の女性は言う。
「渋谷さんの再逮捕、そして自殺、さらに同居する女性も相次いで自殺した。実家に帰るのが一番だと思いますが、以前と変わらず集団生活を続けています」
女性たちはサングラスやマスクで顔を隠し、早朝に自転車や自動車で出勤して、夕方に戻ってくるという生活を続けている。「妻」たちはなぜ今も「ハーレムの館」に暮らし続けるのか。別の近隣住民が言う。
「私が知る限り、子供が3人います。成人している女の子、小学生の男の子、そして、まだ幼い男の子です。かつて集団生活の絶対的な存在は渋谷さんでしたが、主役が変わった印象です。ここ数年、男の子を中心に回っていました。ブランド品の靴を履かせ、インターナショナルスクールに通わせ、みんなで男の子を溺愛しているように見えます。男の子が外に出るときも必ず複数で見守っています」
男の子の周囲を女性が囲む光景は、女性たちを引き連れていた渋谷の姿とどこか重なるという。この近隣住民は続ける。
「女性たちにギスギスしている雰囲気もありません。その証拠に、皆さん、結婚指輪をしています。年長の女性を中心にまとまっている印象です」
夕方5時過ぎ、モスグリーンの軽自動車で4名の女性が帰宅した。記者の存在に気づくと、女性たちは逃げるようにして自宅の中に入っていく。声をかけても無言を貫き、記者に視線を向けることもなかった。
近隣住民はこう口を揃えた。
「トラブルを起こすわけではないが、奇妙な生活であり、気味が悪いのはたしか。せめてコミュニケーションを取ってくれれば、少しは理解できるのですが」
秘密を共有する「妻」たちの集団生活はいつまで続くのだろうか。
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【つづきを読む】定職に就かず、9人の「妻」と一夫多妻生活…《76歳の自称占い師》が自ら築いた「ハーレムの館」で自殺するまで
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