日本の若い女性はなぜやせたいと思うのか――(写真:Zinkevych/PIXTA)
以前の記事(「たかが貧血」と軽視する女性達に伝えたい”怖さ”)では、日本が「貧血大国」で、その原因が女性のやせ志向にあることを紹介した。今回は、その背景について紹介したい。
厚生労働省の「2023年国民健康・栄養調査」によると、BMI(Body Mass Index:体重/身長の二乗)が18.5以下と定義される「やせの人」の割合は、男性が4.4%、女性が12.0%だった。20~30代の女性に限れば20.2%だ。
(出所)「令和5年 国民健康・栄養調査結果の概要」
2011年の調査では男性が4.6%、女性が10.4%だったから、男性は横ばい、女性は増加傾向にある。20~30代の女性は16.6%だったから、増加は顕著だ。
日本で女性のやせが深刻な問題であることは、世界からも注目を集めているようだ。
昨年3月、NCD Risk Factor Collaborationという国際研究チームが、イギリスの『ランセット』誌に「1990年から2022年における世界的な低体重および肥満の傾向:2億2200万人の子ども、青年、成人を対象とした3663の人口代表研究の統合分析」という論文を発表した。
研究チームは32年にわたる観察期間に、世界では低体重の成人の割合は50%減少し、現時点で給食導入や、ビタミン・ミネラルなどの強化食品、サプリメントの配付などの公衆衛生学的介入が必要なのは、サハラ砂漠以南のアフリカや南アジアなど、最貧国に限定されると論じている。
唯一の例外が日本だ。この論文では、日本の特異性が強調されている。それは以下のような感じだ。
・2022年に低体重の成人が最も多かった国は、インド、中国、日本(女性のみ)、インドネシア、エチオピア、バングラデシュ・2022年において、肥満の頻度が5%未満であった国は6カ国(ベトナム、東ティモール、日本、ブルンジ、マダガスカル、エチオピア)で、頻度は3%だった
では、いつから日本人女性はやせ始めたのだろうか。
ニッセイ基礎研究所の村松容子研究員の報告によると、1950年頃に20代がやせはじめ、それ以降に生まれた人たちが続いた。この結果、2000年頃には60代でも顕著になった。1930年代生まれの女性、つまり戦後に成人した世代がやせを志向したことになる。
若年女性のやせは、月経不順や無月経、骨密度の低下、免疫機能の低下などを引き起こす。影響は次世代にも及ぶ。早産、低出生体重児、胎児合併症の頻度が高まるからだ。
このことは妊婦個人レベルだけでなく、病気やケガ予防について研究する公衆衛生学的にも確認されている。
2006年に国立保健医療科学院を中心とした研究チームが発表した研究によると、日本の若年女性のBMIの低下と、低出生体重児の出産数および胎児合併症である二分脊椎の発症が相関していた。二分脊椎とは脊椎の形成不全で、本来脊椎に囲まれて守られる脊髄が露出し、運動や排泄に障害が出る先天性疾患だ。
この研究では二分脊椎を研究対象としたが、同様の問題はほかにもあるだろう。
では、なぜ日本の若年女性はやせているのか。
これも前回の記事で紹介したが、2019年の「国民健康・栄養調査」によれば、20代女性の平均摂取エネルギー量は1600kcalで、2018年の1704kcalから減少していた。1995年は1886kcalで、右肩下がりが続いている。いまや若年女性の摂取カロリーは、戦後の食糧難の時代よりも少ない(1946年で1696kcal)。
厚労省は、身体活動が普通の18~29歳には1950kcalの摂取を推奨するが、現状は1600kcalなのではるかに及ばない。
日本の女性が十分な食事を摂らないのは、「もっとやせたい」と積極的に願うからということは、多くの研究で実証されている。
2007年に国立健康・栄養研究所などの研究チームが『イギリス栄養学会誌』に発表した、15~39歳の女性1731人を対象とした研究によれば、体重が正常(母集団の25~75%)の女性の多くが「自分は太っている」と認識していたという。その頻度は20~24歳で32.7%、30~34歳で31.9%、35~39歳で36.7%だ。
イギリスのブリストル大学の研究チームが、2005年に22カ国を対象にボディ・イメージに関する国際比較を『国際肥満学誌』に発表している。この研究では日本人女性の63%が自らを太っていると考えており、22カ国中トップだ。
ちなみに、アメリカは45%、イギリスは39%、フランスは38%、ドイツは23%、韓国は43%だった。すべての先進国の女性はやせていることを目指す傾向があるが、日本人女性のやせ志向は際立っている。
大きな問題なのは、日本では「やせている女性ほど、やせ願望が強い」という点だ。聖隷クリストファー大学看護学部の安田智洋氏が、一昨年に『サイエンティフィック・リポーツ』に発表した論文が興味深い。
安田氏は、90人の若年女性を対象に<(医学的な理想BMI-参加者の希望BMI)÷医学的な理想BMI>という指標を調査した。この指標では、数値が高いほど理想と違うという認識の人が多いということになる。
そしてこの結果、肥満グループでは6.5%、標準体重グループでは12.3%であったのに対し、やせグループでは17.8%だった。つまり、やせている女性のほうが「理想体重と比べて太りすぎている」と認識していることになる。だから彼女たちは、こぞってダイエットにいそしむ。
やせている女性がさらに体重を減らそうとするのだから、事態は深刻だ。過食や食べ吐きを繰り返す摂食障害と診断される女性もいる。従来、日本人女性はアメリカ人女性よりも自身の体格への不満は大きい一方、摂食障害はそれほど多くないと考えられてきた。
しかし近年、状況は変わってきている。
国立政策研究大学院大学の研究チームは、全国の小中高等学校にアンケート票を送り、拒食症の頻度を推定した調査の結果を、2015年に『生物心理社会学誌』に発表した。
この調査では、高校3年生の女子の拒食症の有病率は0.09~0.43%と推定された。ちなみに、欧米の若年女子の拒食症の有病率(0.1~5.7%)となっている。
同様の推定値(0.1~3.6%)は、東邦大学を中心とした研究グループからも報告されており、これらはやせ志向の女性の一部が治療を必要とする精神疾患を抱えていることを意味する。
日本の若年女子のやせ志向については、既に多くの仮説が提唱されている。やせ志向が戦後顕在化したことに注目し、アメリカ文化の影響を指摘する人もいる。「八頭身美人」に代表される、頭が小さく足が長い欧米人型の体型に、多くの日本人女性が憧れたというわけだ。
海外の研究者の中には、「かわいい」という概念に注目する人もいる。この言葉はある程度の幼稚さと無邪気さを象徴し、従順さ、虚弱さといった伝統的な日本人女性の特徴と一致していると考えられている。
これ以外にもさまざまな要因が複雑に関係していると思われる。日本人女性のやせ志向については、さらなる研究が必要だ。そして、具体的な対策を立てねばならない。
この点で先行するのは欧州だろう。若年女性のやせ志向に大きな影響力をもつメディアに対する規制が進んだ。
きっかけは、2000年代に入り、過剰なダイエットにより女性モデルが死亡したことだ。イタリアやスペインでは、BMIが18.5以下のモデルのファッションショー出演が禁止されたし、イスラエルやフランスでも、やせすぎモデルを規制する立法措置がとられた。
現状を鑑みれば、日本もこのような法的措置を検討する時期にきている。
ただ、これだけでは不十分だ。近年はインフルエンサーや著名人が、極端なダイエットを実施し、極度にやせた体型を世の女性たちに見せている。この点についても、世界では規制が進む。
例えば、イギリスでは2023年にオンライン・セーフティ法が制定され、SNSプラットフォームに対し、有害なコンテンツの削除を義務づけている。この中には、若年者の摂食障害を助長するコンテンツが含まれる。
フランスでは2023年にインフルエンサー規制法が制定され、美容整形や過剰なダイエットを勧める商品などの宣伝が禁止されている。
アメリカでも2021年以降、FacebookやInstagramが若年層の健康に悪影響を及ぼしているとの内部告発を受け、アメリカ議会はSNS企業の責任を追及する公聴会を開催し、規制強化が検討されている。
女性の健康を守る、健康な赤ちゃんを産み育てるという観点からも、行きすぎたやせについては、冷静で社会的な議論と具体策が必要である。
(上 昌広 : 医療ガバナンス研究所理事長)