同窓会は過ぎ去った青春の日々を振り返り、旧友と再会する特別な機会です。かつての仲間との再会は、懐かしい思い出を呼び起こす一方で、人生の歩みを比較する場にもなり得ます。学生時代の成功や挫折、喜びや苦しみが交錯するなか、そこには誰もが抱える過去と現在の物語があります。本記事では、Aさんの事例とともに社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が非金銭的な資産について解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
Aさんは学生時代、有名私立中高一貫校に通っていました。当時、生年月日は学年最後の3月生まれ。早生まれのせいもあり、学年でも身長が低く、同級生にからかわれていました。
私立の学校ということもあり、生徒の保護者は会社の社長や大企業に勤めるエリートサラリーマンです。Aさんの両親は、会社の経営者といっても社員1名の零細企業。親の職業を理由にいじめられることもあり、中高の学生時代は1人で過ごすことが多く、「いつか見返してやる!」と放課後は図書館で勉強していました。
都内の私立学校のため、進学先は都内の有名大学という生徒が多いなか、Aさんは関西の国公立大学を選びました。Aさんは大学に入学してから激しい成長痛とともに身長が伸び、180cmになりました。さらに成績優秀で、学部では首席に。大学生になってからは、いじめられるどころか、むしろAさんの周りに人が集まり、有意義な学生生活を送ることができました。
首席で卒業したAさんの就職先は大企業の企画立案部門。Aさんの斬新な企画案は上司や上役に認められ採用、商品化してヒット作も数々生み出しました。その後もAさんは目覚ましい活躍を見せ、順調に出世を重ね、ついには年収2,500万円を超えるエリートサラリーマンへと昇りつめたのです。容姿端麗なAさん、おまけに妻も美人と、社内で評判となり、誰もが羨む存在として注目を集めていました。
そんなAさんももうすぐ還暦を迎えます。これまでも中高一貫校の同窓会の案内は届いていましたが、「俺のことをまだせせら笑いたいのか? お前らよりもよっぽど成功しているけどな」と思いつつも不参加に丸をつけ続けていました。Aさんの中では唯一の黒歴史になっていたようです。
還暦を迎えるAさんは、ついに過去の黒歴史に終止符を打とうと、60歳で初めての同窓会に参加することにします。
「今回が最初で最後になるかもしれない」――そんな思いを胸に、Aさんは新調したばかりのスーツに身を包み、颯爽と会場の扉を開きました。足を踏み入れた瞬間、一人の出席者がAさんの姿を認め、目を輝かせながら近づいてきました。「取引先から君の活躍を聞いたんだ。本当にすごいね! 同じクラスだったって、うちの同僚にも自慢したんだよ」と、名刺交換を求められました。
その後も、会場のあちこちから声がかかります。いつ同窓会に来てくれるか待っていたといわれるほどに。女子生徒たちからは「素敵な紳士になったわね」と囁かれ、Aさんは照れくさいほどの注目を浴びました。
卒業から、実に42年の歳月が流れました。ふと、Aさんの脳裏には、苦い記憶が蘇ります。あのころ、自分をいじめていたクラスメイトは来ているのだろうか……。会場の隅々まで目を凝らしてみると――。
高校時代、周りの同級生よりも背が低かったAさん。大学生になってようやく身長が伸びましたが、いじめのリーダー格だった彼は、成長が止まってしまったようです。いまやAさんのほうが、頭一つ背が高くなっていました。さらに、適度な運動を続けてきたAさんに対し、その男は見るからに中年太りで、顔には疲労の色が濃く刻まれています。どうやら親の会社を継いだようですが、経営は芳しくないという噂も耳に入ってきました。
かつて、光の中にいた者と、影の中にいた者。学生時代には想像すらできなかった、立場が完全に逆転した衝撃的な光景が、Aさんの目に焼き付いたのです。あのころの屈辱と、いまの状況が交錯し、Aさんの胸には複雑な感情が押し寄せました。
つらい中高生活だったAさんですが、いつかは光をみると頑張ってきたことで、結果も伴いました。同窓会に出席したことで、過去の黒歴史に終止符を打つことができ、これからのセカンドライフもまだまだ仕事を続けながら自分を磨きますと明るく話しています。
経済的な成功は一つの指標とはなりますが、過去のトラウマや未解決の感情が心の重荷となり、完全な充足感を得られないことがあります。人生の各段階で直面する課題を乗り越え、自己成長を続けることの重要性です。Aさんは学生時代のいじめという困難を、努力と成功への強いモチベーションに変えました。しかし、心の傷が癒えるまでには長い時間を要し、同窓会という過去と向き合う機会を通じて、ようやくその呪縛から解放されています。
これは非金銭的な資産の重要性を示唆しているでしょう。経済的な安定は老後の安心にもつながりますが、精神的な健康、良好な人間関係、そして過去の経験からの学びといった無形の資産も、人生の豊かさを大きく左右します。Aさんが同窓会を通じて得た心の解放感は、お金では決して買えない、かけがえのない財産となったはずです。
これからのセカンドライフにおいて、Aさんが仕事を続けながら自己研鑽に励むという姿勢は素晴らしいものです。それに加え、過去の経験を糧とし、より主体的に、そして心の平穏を大切にする生き方を送ることで、真の意味で充実した人生を送ることができるでしょう。経済的な準備と心の準備、その両方が揃うことで、私たちはより豊かな人生を送ることができるのではないでしょうか。
三藤 桂子社会保険労務士法人エニシアFP代表