ノンフィクション作家の森功氏は、昨年ある手紙を受け取る。それは「積水ハウス地面師詐欺事件」を引き起こしたとされる人物からのもの。手紙の中には、重大な告白が含まれていた。
【画像】刑務所から発送された“地面師”からの手紙
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〈前略 森功殿
私はセキスイ地面師事件で主犯格にされたカミンスカスです〉
昨年4月25日消印の手紙は、そう始まっていた。東日本のとある刑務所から講談社に届き、私のもとへ転送された。改めて念を押すまでもない。差出人のカミンスカス操は、日本屈指の不動産デベロッパー「積水ハウス」が騙されたあの地面師詐欺事件で逮捕された人物である。それまで旧姓の小山を名乗っていたが、事件当時はカミンスカス姓に変わっていた。カミンスカスは2017年6月、東京・五反田にあった老舗旅館「海喜館(うみきかん)」を舞台に、事件を引き起こした。
カミンスカス受刑者
捜査した警視庁捜査二課や東京地検は、カミンスカスを地面師グループの親玉と踏んで逮捕、起訴する。事件の被害額は、実に55億円に上った。史上空前の地面師詐欺といえた。当人は東京地裁、東京高裁、最高裁と罪を争ったが、懲役11年という長い刑期が確定し、現在服役中の身だ。

地面師といえば、昨年7月にネットフリックスのドラマ「地面師たち」がその犯行を描いて大ヒットした。以来、広く知られている。犯行グループを率いたハリソン山中役の豊川悦司をはじめ、ハリソンの右腕として登場する辻本拓海役の綾野剛ら、真に迫る俳優陣の演技が評判を呼んだ。わけても元司法書士の後藤義雄を演じたピエール瀧が相手の不動産デベロッパーを騙す場面で何度も言ったセリフ「もうええでしょう」は昨年の流行語にもなった。
積水ハウスの海喜館事件は、ネットフリックスのドラマのモデルといわれる。ハリソン山中のモデルが主犯格として逮捕、起訴された内田マイク、あるいはカミンスカス操といったところだろう。ドラマでは詐欺の舞台が古い寺院に変わっているが、現実の事件は老舗旅館である。
そんな本物の地面師詐欺グループの“頭目”が、なぜ今頃になって私に手紙を寄こしたのか。その理由は、私自身が事件摘発直後に『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』(講談社)を出版したからだろうか。もとより本を書くにあたり、カミンスカスへの取材は何度も試みたが、実現しなかった。まずはカミンスカスの書簡のさわりを紹介しよう。手紙は誤字脱字などを修正し、人名を一部仮名にしているが、文意は替えていない。
〈森さんは私をどう思っていますか?〉
そう書いた上でこう続く。
〈ハッキリ言います。私は無罪です。
私は地面師グループが逮捕された時はフィリピンにいました。
この事件構図は次の通りだと思います。
地面師(人間)(書類)グループ→エマイユ横澤(太田)=仮名=→羽毛田→私→イクタH→セキスイ
私はエマイユの横澤(太田)が物件の元付けという事で会って交渉し55億円で売買する事を承諾してもらい六本木で祝杯をあげました〉
〈元付け〉とは所有者から直に売却を依頼された者を指す。ところが、横澤は事件の途中で姿を消した。法人登記簿を見る限り、エマイユホールディングスは銀座のアパレル会社ということになっている。が、実態は不明である。カミンスカスは、海喜館の地主を知る元付けの横澤に騙されたというのだ。
地面師事件に限らず、詐欺事件では往々にして無罪、冤罪を訴える犯人が少なくない。当初、この手紙もその類のものではないかと思い、一読した後しばらく返信しなかった。
ただし、何度か読み返してみると、そこには引っかかる部分も少なくなかった。私自身、冤罪とまでいわないまでも、もともとカミンスカスは主犯ではないように感じてきた。とりわけ手紙のなかで気になった一つが、〈事件構図〉と記したメモ書きである。そこに書かれているエマイユの横澤弘人(仮名)には、心当たりがあった。エマイユは拙著『地面師』の中でも、カミンスカスを事件に引き込んだアパレル業者E社として紹介している。
だがその実、横澤の正体は謎のままであった。カミンスカスの手紙では、まさに横澤が事件を主導した地面師グループと、なりすまし役の羽毛田正美をつなぐ存在と位置付けられ、事件解明の鍵を握っているかのように書かれている。がぜん興味がわいた。
そもそも積水ハウスの海喜館事件には、多くの謎が残されている。

「不動産取引のプロである日本屈指のデベロッパーが、なぜこういとも簡単に騙されたのか」
そんな素朴な疑問に始まり、謎は尽きない。犯行グループがどのようにして結成されたのか。そこも不明だ。さらに地面師たちのあいだの指揮命令系統はどうなっていたのか。グループにおけるそれぞれの果たした役割……。裁判を経て犯人たちの量刑は確定しているが、腑に落ちない部分は多い。
事件の捜査をした警視庁は17人を逮捕した。だが、東京地検が起訴したのは10人にすぎない。起訴と不起訴、有罪と無罪の違いはどこにあったのか。積水ハウス社内の権力闘争が、事件の遠因とも囁かれた。事件後、社内はどう対応したのか。
事件の公判を経てなお、いまだ解明されていないことや伝えられていない事実が多すぎる。この際、主犯とされたカミンスカスに、残された謎について尋ねてみよう。そう考え、7月から書簡のやり取りを繰り返した。まず私から7月31日付で返信した。
〈おっしゃる通り、積水ハウスの事件において警察発表や報道では貴兄を主犯であるかのように伝えています。しかし、私自身はそう感じてはおりません。拙著でも、次のように書きました。
《積水ハウス事件を企画・立案したのは、小山ではなく、内田マイクであり、北田文明である》〉
それ以来、2月現在で13通の書簡が届き、その都度返信してきた。(敬称略)
※本記事の全文(約1万3000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」、及び「文藝春秋」4月号に掲載されています(森功「積水ハウス55億円詐欺事件 地面師獄中からの告発[前編]」)。全文では下記の内容をご覧いただけます。・地面師たちの役回りは?・2回の浮気で2回離婚・市橋達也と同じ工場に・〈受け取った金員は1億円だけ〉・誰が南京錠を用意したのか
(森 功/文藝春秋 2025年4月号)