不安や落ち込みから逃れるために買い物を繰り返すのは危険です(写真:Mai/PIXTA)
残念なことに、自ら命を断つニュースが後をたたない日本。先進国(G7)の中で最も自殺死亡率が高い日本では、年間2万1837人(2023年)が自死を選んでいます。その原因・動機として最も多いのは、うつ病で4377人。自殺者の約5人に1人は、うつ病が原因なのです。
厚生労働省によると、現代でうつ病になる確率は、生涯で6.5~7.5%と報告されています。適応障害などの「隠れうつ」の人を含めると、日本人の5人に1人が心の問題を抱えていることに。うつ病は誰でもなりうる病気なのです。
とはいえ、日本ではメンタルクリニックに行くことへのハードルがまだまだ高いのが現状です。「心が疲れていると感じたら、風邪の時と同じように、気軽に診察を受けられる世の中になってほしい」と願う、うつ病経験者の精神科医の著書『脱うつのトリセツ』より一部を紹介します。
「24時間、戦えますか?」
バブル全盛期に発売された、栄養ドリンクのCMソングのフレーズです。
休まず働くなんて今の時代にそぐわない感覚ですが、当時の人たちの心情に大いにハマって大流行しました。現代でも、仕事の時や運転の時に栄養ドリンクを飲む人は多いと思います。
栄養ドリンクの中には「カフェイン」が含まれていて、眠気やだるさを抑えてくれます。
しかし、カフェインでがんばれる理由は、元気の前借りをしているからです。
一時的にアクセルを踏み込んでいる状態ですから、効き目が切れたら元に戻ってしまいます。しかも、カフェインは耐性ができやすい成分のため、効き目が切れると「また飲みたい」「もっとたくさん飲みたい」と、エスカレートしていく可能性があります。
その結果、元気になったり、だるくなったりを繰り返し、心と体が余計に疲れてしまうのです。
疲れている時に必要なのは休息。そして、眠い時に必要なのは睡眠です。うつ症状がある時には、カフェインのように刺激の強い成分は控えめにしたほうがいいでしょう。
ご存じの通り、コーヒーにもカフェインが含まれています。私もコーヒーが大好きです。かつては仕事の合間にリフレッシュしたり、眠気を覚ましたりするために、昼夜関係なく1日に何杯も飲んでいました。
今は、コーヒーを飲むのは午前中にとどめています。夕方にコーヒーを飲むと、寝る時間になってもカフェインが抜けきらず、眠れなくなってしまうからです。
うつ症状の改善には、質の良い睡眠も大切です。心が疲れている時は、戦える飲み物よりもリラックスできる飲み物を選ぶようにしましょう。
嫌なことがあると、お金をパーッと使って買い物をしたくなる時がありますよね。ただし、不安や落ち込みから逃れるために買い物を繰り返すのは危険です。
「買い物をやめなければと思うのに、やめられない」のは、ギャンブルやアルコールと同じように依存している状態なのです。
買い物をした時の刺激で脳内に快楽物質のドーパミンが多量に分泌され、一時的に気分がとてもよくなります。しかし、ドーパミンが少なくなると脳はさらに強い刺激を求め、再び買い物をしたくなってしまいます。
結果、気持ちの浮き沈みが続いて、うつが進行するだけでなく、買い物に使う金額もどんどん膨らんでくるのです。
◆手元に払えるお金がないのに買ってしまう◆必要ないものまで大量に買ってしまう◆買い物のことしか考えられなくなる
「買い物依存」は本人だけでなく、ご家族の経済にも深刻なダメージを与えます。私のクリニックに相談に来られた方も、気づけば月に何百万円も買い物をしていて、ご本人に経済力がなく、ご家族が借金の返済に大変苦労されていました。
買い物依存に走るのは、買い物によって「価値のない自分」を補い、「自分の価値を高めたい」からです。つまり、自己肯定感の低さが根底にあります。うつ病の根本にあるものと向き合い、「買わずにはいられない」状況から抜け出しましょう。
うつ病の治療は、薬物療法と心理療法を併用して行うのが一般的です。
私のクリニックでも、うつの状態によって、1人1人オリジナルの治療プランを作成します。薬は患者さんと相談しながら、必要に応じて処方しています。薬の効果や副作用については事前に説明し、納得したうえで服用していただきます。
ところが、自分の判断で飲むのをやめてしまう人もいます。
「少し飲んでみたけれど、効果が実感できなかった」
「飲み続けた時の副作用が怖い、薬に依存してしまうと困る」
本人の意思ではなく、ご家族から「精神科の薬なんて、飲んでも大丈夫なの?」と言われてしまい、服用をためらった人もいました。
抗うつ薬は「飲んだらすぐに効く」ものではなく、ゆっくり服用を始め、回復してきたらゆっくりとやめていくのがセオリーです。回復の過程では調子の浮き沈みがあります。気持ちが落ちた時は「薬が効いてない」と考えがちですが、急に薬をやめると症状がリバウンドする可能性もあります。
薬の服用も、あきらめて飲まなくなったら効果は期待できません。薬の内容をよく理解し、「この薬は効く」と信じて服用することが、快復に向かう一番の近道です。
ただし、どうしても薬を飲みたくない時は無理をしないでください。医師と相談のうえで、薬を減らすようにしましょう。
「うつ病」になると、自分を責めてしまう方がとても多いようです。
「こうなったのは、私のせいだ」とネガティブな思考に陥ってしまうと、周囲の励ましの言葉もなかなか本人の心に届かなくなってしまいます。自分の中で過去を振り返り、「あの時の判断がよくなかった」「もっと努力しておけばよかった」などあら探しをして、どんどん自分にダメ出しをするのです。
でも、うつ病になったのは、あなたが悪いわけではありません。マジメな性格だったり、人を思いやる性格だったり、いろいろな面で周囲に認められたいために、がんばりすぎて疲れてしまったのです。
ですから、「誰が悪い」という犯人探しはやめておきましょう。突き詰めて考えても答えはなく、エネルギーを消耗するばかりです。
うつ病から脱出するには、過去にこだわるよりも、現在の自分を大切にしましょう。未来のことは誰にもわからず不安が伴うので、「今」がいいのです。

「今ここにいる」ことに意識を向ける瞑想法を「マインドフルネス」と言います。良い悪いという判断もなく、自分の呼吸に集中し、ありのままを受け入れることで心を落ち着けることができます。
気持ちが落ちそうになったら、ぜひ目を閉じて自分の呼吸に意識を向けてみてください。
禅の教えに、「自灯明(じとうみょう)」という言葉があります。自灯明とは、「自らをともしびとして、自らを拠り所にする」という意味です。
お釈迦様は、他人の考えや意見に左右されず、自分の考えを大切に生きなさいと教えてくれているのです。「今ここにいる」自分がかけがえのない存在であることに気づいて、自分をもっと大事にしてください。
なぜうつ病の人に「がんばれ」と言ってはいけないのか?
イソップ童話の『北風と太陽』は、北風と太陽が力比べのために、旅人の服を脱がせようとします。北風は強い風で服を吹き飛ばそうとしますが、風が吹くほど旅人は寒くて服を重ねて着てしまいます。
なぜイソップ童話の話をしたのかと言うと、うつ病の人に「がんばれ」と言うのは、北風と似ているからです。励ます気持ちで「がんばれ」と言っても、うつ病の人はすでにがんばっているのです。
「まだ、努力が足りないの?」「私、もっとがんばらないと回復しないの?」
このようにプレッシャーを感じてしまい、「うつ病」が進んでしまう可能性が高いのです。
一方、太陽はどうでしょうか? 暖かな日差しで旅人を照らすと、暑くなった旅人は、自ら服を脱ぎました。太陽が旅人の行動を促したように、うつ病の人にも、自らが前向きになれるような言葉をかけてあげられるといいと思います。
「今まで大変だったね、無理しなくていいからね」「急がないで、今のペースでいいよ」
うつ病と向き合っていることを肯定し、つらさをねぎらってください。
うつ病になる人は、性格的に何事にも一生懸命に取り組む傾向があります。「もっとがんばらないと」と治療に関しても自分を追い込みがちです。太陽の光のように、温もりのある言葉をかけられると、「これでいいんだ」と安心できますし、自分に自信を持てるようになると、自己肯定感が高まっていきます。
もし身近にうつ病で悩んでいる人がいたら、北風ではなく太陽になって、優しい言葉をかけてあげてください。
(三浦 暁彦 : 日本精神神経学会専門医 一般社団法人三陽会理事長 おおかみこころのクリニック代表理事)