48歳にしてはじめての飲食店仕事を行った筆者のタイミー奮闘記(著者撮影)
「今のオーダー、カツカレー11人前になってるよ!」
厨房から聞こえてきた声に、心臓がドキリと跳ね上がる。
ヤバい……。どうやらオーダーを取る際に「1」人前と入力したつもりが、ハンディ端末のタッチパネルの劣化と老眼のダブルパンチで「11」と入力し、送信ボタンを押していたようだ。サービスエリアでカツカレーをひとりで11人分も頼む客なんかいるはずがないだろう。
店長さんが急いで厨房に駆けつけ、私が間違えたオーダーを修正してくれた。そして私の元にやってきて、
「送信ボタンを押す前にちゃんと確認して、読み上げてくださいね」
と注意を促す。
いきなりのミスに恥ずかしさと反省がこみ上げる。
私はこの日、48歳にしてはじめての飲食店仕事を行った。どうしてこのようなことになったのか。
スキマバイトのマッチングベンチャー「タイミー」は2018年8月10日にサービス開始。
「タイミーさん」「タイミーから来ました」
これらの言葉は、わずか数年の間にすっかり社会に浸透していった。
【画像5枚】黒いスラックスとコックシューズ。「未経験者歓迎」を探して応募した私のタイミーデビュー案件
現在、2時間や3時間程度の短いアルバイト、通称「スキマバイト」への就労者は450万人を超えたという(2025年、株式会社パーソル総合研究所調査)。そして「タイミー」は、2024年10月期の通期売上高では前年比+66.5%の268.8億円と急成長を遂げている。
私は都内での20年間の会社員生活を経て、現在は地方在住のフリーランス。飲食店のPRをなりわいとしながら、「飲食チェーン店トラベラー」として全国各地のローカル飲食チェーン店を探訪することをライフワークにしている。
駅の立ち食いそばから回転寿司、レストランから高級焼肉店まで、私にとって飲食店とは楽しいテーマパーク。有名なチェーン店からローカルチェーン店まで、その魅力を訪ね歩くことが生きがいだ。
著者近影。48歳にして、憧れの飲食店バイトに精を出すとは思わなかった(著者撮影)
しかしそんなに好きな飲食店でも、就労経験となれば学生時代のアルバイトを含めてまったくなかった。
「いつか飲食店で働いてみたい」と長年思い続けていたが、日々の仕事に追われ、気がつけば48歳になっていた。年齢とともにキャリアは積み上がるが、それに反比例するように未経験の仕事に飛び込むことは難しくなっていく。さあ、どうしようか……。
そう思っていたところに、「タイミー」と出会った。
「タイミー」、それは履歴書や面接なしで簡単に登録でき、ワーカーの「働きたい時間」と企業の「働いてほしい時間」をマッチングするサービスだ。通称「スキマバイト」と言われている。
これこそが私が求めていたものかもしれない。やってみるしかないだろう。アプリをインストールし、早速案件を探してみた。もちろん探すのは憧れの飲食店バイトである。
しかし我こそはプロの未経験者。皿の1枚も洗ったことがなければ、「いらっしゃいませ」の一言も言ったことがない。そんなやつでも許してもらえるよう、「未経験歓迎」の若葉マーク付きの案件を探した。
そうして見つけたのは、高速道路のサービスエリアにあるレストランでのホール仕事。
「未経験者歓迎」を探して応募した私のタイミーデビュー案件(著者撮影)
未経験歓迎とはいえ、自分にレストランのホール仕事などできるのだろうか? デスクワークを続けた48歳の体で接客などできるのだろうか? 皿を落として割ってしまったらどうしようか? 余計な心配ばかりが頭をよぎった。
ギリギリまで悩んだ末、震える手で思い切って「応募」ボタンをタップ、すんなりマッチング完了。思わず変な声が出たのを覚えている。
募集要項には、持ち物に「汚れてもいい黒い靴」、服装に「黒いスラックス、長袖のワイシャツ」とあった。ワークマンで黒いコックシューズとスラックスを購入し、アルバイト当日を迎えた。
ガチガチに緊張した面持ちで2階の事務所に行き、人生で初めてこの言葉を発した。
「タイミーから来ました」
この瞬間、私はついに「タイミーから来た側」の人になったのである。もう後には引けない、やるしかない。
「タイミーさん、お疲れ様です! ではそこのQRコードでチェックインしてくださいね。名札も置いておきましたから」
緊張した私をよそに、いともスムーズに案内してくれた社員さん。私にとっては初タイミーだが、ここでは日常的にタイミーさんを迎えているのだろう。ロッカーに荷物を預け、「研修中」と書かれた名札を付け、サロンを巻き、学生以来26年ぶりのアルバイトへと初めてのチェックイン。
ここからの3時間は、私の本業や経歴、年齢、果ては名前すら呼ばれなくなり、「タイミーさん」になるのだ。私の名前はタイミーさん。自分の人格がどこかに行ったようなフワフワとした気分で、今日の勤務地であるホールに入る。
「お客様がご来店されたら『いらっしゃいませ』と言って、お席に誘導してください」
「人数分のお冷やを運んでください。お冷やはこのブースであらかじめ氷を3個ほど入れてスタンバイしておいてください」
「オーダーを聞いたらハンディに入力してください。使い方を教えますね」
「どんなメニューがあるかをある程度把握しておいてください。よく出るのは牛肉の御膳とカツカレーです」
未経験の私に対し、ホール仕事の「ホ」の字から親切に教えてくれた店長さん。48歳の手習いが、何より嬉しい。
早速お客様が来店したので、「いらっしゃいませ」からの、「こちらのお席へどうぞ」コールを行い、お冷やをトレイに載せて運ぶ。おおお、これがホール仕事か!
次はオーダーを聞くターンだ。ハンディ端末を開き、卓番と人数、そしてご注文を次々と入力していく。
ここで私は思わぬ苦戦を強いられた。私は老眼が進んでおり、ハンディ端末の細かい文字が読みづらいのである。妙に離してタッチパネルを押す「研修中」名札の48歳。
業務前になると最終確認画面が表示され、最後のページにある「いってきます」ボタンを押すのがタイミーのしきたり(著者撮影)
苦戦は続く。私に渡されたハンディ端末は年季が入っていてタッチパネルの感度が鈍く、爪の先などで強く押さないと反応しないのだ。これは厳しい……!
なんとかオーダーを入力したので「送信」ボタンを押下。ピローン!とチャイムが鳴り、厨房にオーダーが通知された。
すると厨房から、
「今のオーダー、カツカレー11人前になってるよ!」
との声が聞こえた。ここからが冒頭で紹介した部分である。
すぐに店長さんが厨房に駆けつけ、私が誤って送信したオーダーを修正してくれた。
そして「送信ボタンを押す前にちゃんと確認して、お客様に読み上げてくださいね」と、ホールとして初歩的なことを注意された。
しょうもないミスに恥ずかしくなったが、これも貴重な体験である。迷惑をかけないよう、次のお客様のオーダー時からはしっかりと確認するようにした。
調理が完了したらお客様のテーブルまで配膳する。
お客様のお水が減ったら注ぎに行く(どのお水が減っているかつねに全体を見る)。
お客様がお帰りになったら食器類をバッシング(食器を下げること)し、テーブルを拭いてテーブルセット。
その後も細かいミスや指摘は数あれど、業務時間の3時間はあっという間に経過して、チェックアウト。
店長さんから「お疲れ様でした!」と言われた時は、本当に嬉しかった。なにより未経験の私に対して丁寧に教えていただいたことや、さまざまなサポートがあったから無事に終了できたようなものである。
働いてみて思ったのは、「客」として何千回も経験した飲食店の接客も、お店側に立ってみるとまったく違うということだった。
私が飲食店で「美味しい」や「楽しい」と感じた裏側では、スタッフがこのように動いていたことを、自分が体験することで初めて実感できた。
飲食業に従事されている方であれば、この記事を読んで「何を今さら大げさに」と苦笑されるだろうが、48歳の手習いは驚きと学びに満ち、これまでに感じたことのない種類の達成感を得たのである。
とはいえ、仕事を自己採点すると反省点ばかりだ。
「次はもっとうまくできるんじゃないか、あの時ああすればよかったんじゃないか」
「次は洗い場もやってみたいな」
帰宅後も高揚感は消えず、今度はこうしてみよう、ああしてみよう、と労働への不思議な意欲が湧いてくる。そしてこの日以来、タイミーの案件を探すことが楽しくて止まらなくなった。
未経験のことに手を出すのは、年齢とともに腰が重くなるもの。それが仕事となればなおさらだ。

「いつかはその世界に飛び込んでみたい」と思っていても、さまざまな理由をつけて自分にブレーキをかけているのは、私だけではないだろう。
それがスマホのアプリひとつで簡単に実現し、たった数時間であっても「これまで歩んでこなかった側の人生」を経験できるのが、スキマバイトの面白さだ。「スキマバイトは大人のキッザニア」と言う人がいるが、まさにその通りだと思う。
「タイミーから来た側」の人になった私。今後も飲食業を中心にさまざまな現場で働いてみたいと思っている。
この日の労働では、時給1020円の3時間、交通費200円で、3260円が支給された。
黒いスラックスとコックシューズ。ワークマンで揃えた飲食業の基本セット(著者撮影)
(BUBBLE-B : 飲食チェーン店トラベラー・音楽家)