原材料費や光熱費の高騰で、ラーメン1杯の価格は上昇中。都心では1000円超えが当たり前となり、チャーシューや味玉を追加すると1500円台に達する店も珍しくない。
こうした中で注目されているのが、ネギなど最小限の薬味しか乗せない、あるいは真に麺とスープのみで提供する「ミニマルラーメン」だ。
スペシャリテとして開発したスープを、自慢の麺と合わせる。シンプルだからこそ職人の腕が問われるメニュー。「本当に美味しいラーメンを届けたい」という職人の想いが、この一杯に凝縮されている。さっそく、注目のミニマルラーメンを紹介していこう。
まず、ミニマルラーメン醤油部門で注目したのが、西早稲田に店を構える『らぁ麺やまぐち』。’13年の創業直後に「東京ラーメン・オブ・ザ・イヤー(TRY)」の新人賞を受賞し、さらに6年連続でミシュランのビブグルマンに選出。高田馬場~早稲田というラーメン激戦区をフロントランナーとして走り続ける名店だ。
看板メニューの「鶏そば」(1220円)は、会津の地鶏をふんだんに使い、羅臼昆布の出汁を組み合わせたスープが、繊細さと力強さを両立。麺は京都の「麺屋棣鄂」と共同開発。しなやかさに加え、伸びにくさと食べ応えを追求している。タレには「香りを付けた醤油」「生揚げ醤油」「たまり醤油」の3種を使用。香り高く奥深い味わいを実現した。
店主の山口裕史さんはチャーシューに葛粉をまぶして、ツルン&プルプルの食感を醸し出す製法を業界で初めて導入するなど、具材の研究にも余念がない――しかし、自信を持って推すのは「かけそば」。ご覧の通り、珠玉の鶏スープと、麺のみのミニマルな仕上がり。ノーマルな「鶏そば」からはアンダー290円。
「鶏そば本来の味を知ってほしい」という想いで作られたこのメニューは、「麺:スープ」というラーメンの最小単位に焦点を当てている。シンプルだからこそ、鶏のうまみ、醤油のアロマ、そして麺の食感が一体となり、ラーメンの本質をストレートに伝える一杯なのだ。
『らぁ麺やまぐち』の真髄は、まさにこの「麺とスープ」の調和にある。トッピングをなくして、ダイレクトに感じる味わい。最後の一滴までスープを啜りきりたくなる、スペシャルな食体験がある。
’18年、世田谷区の千歳船橋で創業した『らーめんMAIKAGURA』。店主の一条太一さんは、神奈川淡麗系の元祖として知られる『中村屋』で7年間修業。’19年からは自家製麺もスタートさせ、麺・スープ・タレを三位一体で追求している。
5種の醤油をベースにした「醤油らーめん」や、「白トリュフオイル香る鶏白湯麺」「鶏白湯Crema」など4タイプを揃える鶏白湯ラーメンも評価が高いが、こちらでは「かけそば(塩)」をクローズアップしてみたい。
塩ラーメンといえば、クリアで澄んだ魚介系スープがイメージされるが、MAIKAGURA流の塩は一線を画す。スープは透明度を保ちつつ、ほのかな黄色が映える。「鶏」使いの名手として名高く、TRYラーメン大賞・鶏白湯部門で4連覇を果たした実力店ならではの仕上げ。
「私が修行した中村屋が、麺とスープのみのメニュー『だしかけ』を初めて提供しました。その思いを受け継ぎたいと考え、’23年5月からレギュラー化しました」と一条店主。さっそく、ミニマルな一杯を味わってみよう。
レンゲから口に運べば、鶏の旨味と艷やかな鶏油のフレーバーがインパクト十分。丼から直接飲んでみれば、スープに満ちた鶏の香りが鼻腔に抜けた。厚いながらも端麗さが共存する、矛盾すらスタイリッシュに感じさせる味わいだ。
塩らーめんは限定メニューからレギュラーに昇格しただけあって、「和牛頬肉と舞茸の塩らーめん」(1460円)、「柚子塩らーめん」(1180円)とスペシャル感のあるメニュー構成だ。塩スープと正面から向き合うなら、300~400円アンダーの「かけそば」が有力な選択肢になる。

ミニマルラーメンのスープは醤油や塩ベースが主流だが、ここ『ラーメン屋 トイ・ボックス』は珍しく味噌のミニマルを提供している。
TRYラーメン大賞2024-2025で4年連続のTRY大賞総合1位を獲得し、史上3店舗めの殿堂入りを果たした『トイ・ボックス』。水と鶏のみでピュアなスープを創る「水鶏系」の横綱格だ。地鶏のコクと醤油が香る「醤油ラーメン」、追い鰹で深みを出した「塩ラーメン」、そしてTRYの味噌部門に11年連続でランクインする「味噌ラーメン」。いずれもミニマルな「かけラーメン」で楽しめる。
「ラーメンがおしなべて高くなってきている昨今、お客様に選択の幅があれば、とメニューに加えました。とはいえ、かけラーメンでも1000円なんですが……」と店主の山上貴典さん。いやいや、通常メニューはいずれも1200円。常に素材を探求し、味のブラッシュアップを続ける店だけに、この価格なら、進化するスープをミニマルに定点観測していくアプローチも取れそうだ。
いわゆる「味噌ラーメン」の先入観を持って頼むと、少し戸惑うルックスかもしれない。スープは味噌らしい茶濁色だが、ふわっと鼻先に届くのはスパイシーな香り。自慢の地鶏スープをベースに、会津みそなど数種の味噌をブレンド。さらに、挽きたてのぶどう山椒で個性的なアクセントを加え、陳皮、ピンクペッパー入りのみかんジャムで奥行きのある風味に仕上げた。
コクのある味噌が味蕾に刺さりつつ、各種スパイスの香りが鼻に抜ける。一口ごとに新たな発見がある、ドライブ感のある味わいだ。具材はベビーリーフに紫玉ネギを合わせており、正調の味噌ラーメンからチャーシューを脱装した構成でも大満足。今回は無二の味噌スープを味わったが、醤油や塩のかけラーメンも、もちろん外せない逸品ミニマルメニューだ。
醤油・塩・味噌のミニマルラーメンが見せる、新たなラーメンのプレゼンテーション。チャーシューやメンマといった「ラーメンらしさ」を象徴する具材をあえて外し、麺とスープだけで本質に向き合う。そこには「削りの美学」がある。そして、この試行錯誤は、物価高騰が続く時代にこそ価値を増す提案でもある。
「安さ」ではなく、「価値」を追求するアプローチ。消費者にとっては、ミニ丼と組み合わせても1000円+αに収まる手軽さもうれしいポイントだ。シンプルな構成が、逆に贅沢感を生む――。新しい時代の食体験を、ミニマルラーメンで味わってほしい。
取材・文・写真:佐々木正孝