推しグッズに限定品、発売前から人気の新商品――需要が供給を上回ると見れば、品目を問わず大量に買い占めては高額で売り飛ばす。それが「転売ヤー」だ。現代社会の新たな病理となりつつある彼らは、いったいどれぐらいの利益を得ているのか。
【写真を見る】ディズニーランドの「使用済みのチケット」でできること 知られざる裏技
中国人による買い占めが度々問題視されているが、ディズニー関連の転売で実際どれぐらいの利益が出るのか。転売ヤー集団の劉姐(リウジエ)、阿麗(アリー)、蒋偉(ジャンウェイ)、梓梓(ヅゥヅゥ)、小静(シャオジン)〈名前はすべて仮名〉の5人の買い付けに同行した。中国人グループに密着取材したフリーライター・奥窪優木氏の最新刊『転売ヤー 闇の経済学』で、その“収支”を見てみよう(引用は全て同書より)。【全2回(前編/後編)の後編】
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「では一回、車に荷物を置きに行きましょう」
劉姐の一声で、各自ビニールバッグを肩にかけて持ち上げはじめた。男性の蒋偉はもっとも重そうなバッグを左右の肩にひとつずつ。女性陣は、それぞれ一つずつバッグを運ぶ。筆者も取材をさせてもらっている手前、バッグをひとつ引き受けた。重さから、15キロほどはありそうだった。
時間はまだ正午前で、入園口からはかなりの人が園内の中心部へ流入してきていた。
我々は流れに逆らって歩いていく。その間も4人の女性は歩きスマホだ。もちろん、スタンバイパス(アプリで取得する、15分ごとに利用時間が区切られた予約枠)の予約枠を探しているのである。そして入園ゲートで再入園のためのスタンプを手の甲に押してもらい、駐車場へと向かう。
この際、筆者はちょっとした違和感を覚えた。閉園までに余裕がある時間帯にパークを出る際には、スタッフから「行ってらっしゃーい」と声をかけられるはずなのだが、その声がなかったのだ。ビニールバッグの中身を空にしてすぐに戻ってくることを知っているからなのか。理由はわからなかった。
駐車場のワゴン車にたどり着くと、5人は車内に置いてあった透明なゴミ袋にビニールバッグの中身を乱暴に詰め替え始める。先ほどショップ内でぬいぐるみの顔つきを丹念にチェックしていた慎重さは見る影もない。
空になった6つのビニールバッグを蒋偉がまとめて束ねると、われわれは再び園内へと戻った。ゲートのスタッフは、手の甲の再入園用のスタンプを見せると、今度は「お帰りなさい!」と歓迎してくれた。
そうこうしているうちにも、彼女らは次にターゲットとするショップのスタンバイパスを揃えていた。スチームボート・ミッキーズという、ゲートから徒歩5分ほどの場所にあるショップだ。先ほどと同じ要領でこの店を5回転したのち、また車に戻ってビニールバッグを空にして、園内へと戻ってきた。
時間は午後2時近くになっていた。
「ご飯食べに行きましょう」
劉姐の提案で、一行は園内のレストランで食事をすることになった。いつもは持参したコンビニの菓子パンなどを買い付けの合間に食べているというが、今日は長丁場なのでしっかりした食事を取ろう、ということになったのだ。
彼らが目指したのは、ドックサイドダイナーという飲食店だったが、なかなか辿り着けない。ショップまでは目を瞑っていても辿り着ける彼らだが、飲食店については把握していなかった。
そこで小静が、近くにいたスタッフに、店への行き方を尋ねた。
するとその男性スタッフはこう言い放った。
「アプリを見れば分かりますよ」
筆者はその態度に呆気にとられたが、小静は気にするでもなくアプリのマップ機能でレストランを検索した。すると、目当ての飲食店は、わずか2、3分の距離にあるではないか。男性スタッフが方向を指さしてくれさえすればわかったのだが、転売ヤーは彼らのホスピタリティの対象外というわけか……。
オリエンタルランドが公表している2024年3月期のIR資料によれば、ゲスト1人当たりの商品販売収入は5157円で、過去最高を記録している。ここには飲食販売収入は含まれていないので、そのほとんどがグッズの販売収入と見ていいだろう。親子4人家族でTDRを訪れた場合、グッズ商品を2万円以上購入することになる。コアなディズニーファンは別として、一般的なTDR利用者の感覚からするとかなり高額なのではないだろうか。
ちなみにディズニー転売ヤーが社会問題化する以前の2020年3月期には、1人当たりの商品販売収入は3877円だった。わずか4年で1300円近く上がったことになる。商品の値上げによる影響もあるだろうが、1人あたり100万円近くのグッズを購入することも珍しくない転売ヤー集団が、商品販売収入をいくらか押し上げていると考えられるのではなかろうか。
この日、筆者がディズニーシー園内で遭遇しただけでも、30人前後の転売ヤーがいたと思われる。ディズニーランドにも同程度の転売ヤーがおり、彼らがみな複数のチケットを利用して月に1度100万円分のグッズを購入していたとしたら、それだけでも1日の転売ヤーからもたらされる売上は6000万円になる。劉姐らは、「儲けを出すには新商品発売から3日間が勝負」と話していたが、こうした状況が、毎月新商品の発売後3日間続くと仮定すると、少なくとも年間20億円を超える売上が転売ヤーによってもたらされていることになる。
1人あたりの商品販売収入に入園者数をかけて出てくる年間の商品販売収入は約1419億円なので、そのうち1.4%程度が転売ヤーからの収入という計算だ。繰り返すが、これはあの広い園内で筆者が目視できた転売ヤーの人数から得た控えめな概算であり、さらに大きな規模であってもおかしくはない。
港湾の倉庫を模したレストランに着いてからも、筆者のモヤモヤした気持ちは消えなかった。転売の加害者が一体誰なのか、一向に分からなくなってきたからだ。
被害者は、比較的はっきりしている。第一には、転売の横行で正規の価格で購入できなくなる、その商品の愛好者だ。そして第二に、本当に届けたい顧客に届けられない販売側だ。彼らには転売の横行によってブランドイメージが毀損されるという被害もあるだろう。
転売ヤーが加害者の一端であることは間違いない。しかし転売市場で転売品を購入する愛好者も、転売行為の片棒を担いでいるともいえる。つまり同じ商品の愛好者でも、被害者であったり加害者であったりするのである。
そしてもう一者、転売行為を助長させていると思える存在がある。それは被害者でもある、販売側だ。供給量や販売場所を制限して販売する「限定品商法」は、転売ヤーのビジネスチャンスを作っているようなものではないだろうか。もちろん自社の商品をどう売るかは「売る側の自由」であるが、転売ヤーがこれに対抗して「買う側の自由」を主張した場合、合理的に論駁できるだろうか……。
ひとり頭の中で堂々巡りをしながら彼女らに目をやると、無邪気に骨付きの鶏モモ肉にかぶりついている。カップルや家族連れが列をなすアトラクションやショーには目もくれなかった彼女らが、初めて楽しそうな表情を浮かべていたのが印象的だった。この時ばかりは、彼女たちを転売ヤーと見抜ける者は少なかったはずだ。
「今日何人の写真に私たちは写り込んだんだろう。せっかく恋人同士でディズニーに来て撮ったツーショットに、こんなパンパンな袋を抱えた5人組が写り込んでいたら、いやだろうな」
これまで無口だった梓梓がそう話すと、どっと笑いが起きた。
劉姐だけは仏頂面でこう呟いた。
「でも仕事だから仕方ないでしょ」
食事の後も、彼女らはスタンバイ制のショップ2軒をそれぞれ5回転し、パス無しで入れるショップでもいくつかのグッズを購入し、駐車場とパークをさらに3往復した。
業務終了となったのは、午後7時過ぎ。ワゴン車が、商材で満載となった。
この日の買い付け額は、劉姐グループが250万円、小静と梓梓はともに100万円ほどになったという。
一方で、彼女らが最後まで言葉を濁したのが、転売による収益率だ。買い付け仲間とはいえ、同業者がいる前では互いに言いにくかったのかもしれない。
ただ、筆者が確認した限り、小紅書(シャオホンスゥ・中国のSNS)でTDRグッズを専門に転売しているアカウントには、定価2600円で売られているぬいぐるみやバッジが、送料別で約4000円で出品されていた。パークチケットの代金や交通費、販売手数料などの必要経費もあるが、それにしても販売額の20~30%ほどは最終利益として残るのではないだろうか。
全ての荷物を積み終えると彼女たちの車は、筆者を置いて走り出した。1席を空けなければ、買い付けたグッズが積みきれなかったため、電車で帰ると言って辞退したのである。
最寄りの舞浜駅までの道のりは、靴ずれができた右足を引き摺りながら歩いた。この日、ゆるめのスリッポンで来たことが間違いだった。5人はみなしっかりとしたウォーキングシューズを履いていた。
スマホの万歩計アプリを見ると、この日歩いた距離は14キロを超えていた。しかも彼女らは、この距離のうちの半分近くを、1つ15キロほどのビニールバッグを肩に吊るして歩いたのだ。
ディズニー転売ヤーは体力勝負だった。
後日、この取材によって浮かび上がった運営側の転売防止のスキマについて、筆者は東京ディズニーシーを運営するオリエンタルランドに指摘し、対策について質問をした。
すると2024年6月、同社から書面で回答があった。
まず、転売ヤーが、購入個数制限を突破することを目的に、ひとりあたり複数枚のチケットを使用済みにしていることについて、
「パークエントランスの入園ゲートでは、一度に入園する人数分以上のチケットをかざすことはご遠慮いただいております」とのことだった。
取材時点では「同一商品はひとり3点まで」とされていた購入個数制限についても、
「2024年以降は、特定の新商品発売時に、パーク全体で該当商品を1回しか購入できないよう新たな制限を設け、より多くのゲストにお買い物をお楽しみいただけるようにしております」とし、厳格化されたことが記されていた。さらに、「店内で長時間商品を確保して滞留されている方や、明らかにお一人が購入制限以上の商品を確保されている場合には、それらの行為をやめていただくよう店舗のキャストから直接お声がけをしております」とのことだった。
こうした回答は、筆者にとって初耳というわけではなかった。実は、この回答が届く約2週間前、筆者は再び劉姐らの買い付けに同行していた。ディズニーシーの新エリア、ファンタジースプリングス開業2日目のこと。その際に、改定された転売対策について、目の当たりにしていたからだ。
入園の際、彼らが回転ゲートのQRコード読み取り機に読み込ませたチケットは、前回取材時とは違ってひとりにつき1枚だった。その理由について劉姐は、確かに「ひとりがたくさんのチケットを使用済みにするのはダメになった」と説明していた。
ところが入園直後、彼らはすぐに踵を返し、通ったばかりの入園ゲートを抜けて、外に出たのだった。するとさらに、入園ゲートへと続く数人の行列の最後尾に並び直したのだった。
「一度にたくさんのチケットを使用済みにするのはダメだけど、一回パークから出て別のチケットで入園するということを繰り返せば、前と同じようにひとりでありったけのチケットを使用済みにできる」(劉姐)
結局、彼らは退園後に再入園を2回繰り返し、ひとりにつき3人分のチケットを使用済みにしたのだった。
こうして実際の人数の3倍の「購入権」を得た彼らだったが、グッズの買い付けに向かったショップでは一部の商品が、「おひとり様1点限り」に制限されていた。前回の取材時と同様、彼らは複数の店舗を巡って、転売用の商品を次々と購入していったが、その総量は購入個数制限の厳格化の影響で、前回と比べるまでもなく少量であった。園内では、大型ビニールバッグを両肩に吊るして歩いている転売ヤーの姿もほとんど見られなかった。
しかし、転売ヤーがディズニー側の対策強化によって封じ込められてしまったわけではないようだ。
「転売対策が強化され、買い付けが難しくなったことは事実だけど、それによって中国の転売市場に流れる商品の量が少なくなり、単価が上がった。だから我々としては、グッズ一個あたりの利幅が大きくなり、楽して稼げるようになったともいえる。もう以前のように重い荷物を持って何往復もしなくてもよくなった」(劉姐)
加えて彼らは、わざわざパークに行かずとも商材を仕入れるスキームを確立していた。
「当日に入園済みのチケットがあれば、その日の夜11時45分までは、公式オンラインショップで、グッズの購入ができる。そこでSNSで『使用済みのチケットを1000円で買い取ります』と投稿して集めたチケットで、限定品を含めたグッズを買い付けることができる。わざわざパークに行かなくていいので楽だし、買い付けコストも安くてありがたい」(劉姐)
取材に対し、オリエンタルランドは、
「一部の商品が人気急騰により、パークで購入したくてもできないゲストがいることを課題と捉えております。引き続き従来の対応策の継続、改善を行いながら、一人でも多くのゲストに安心・安全に東京ディズニーリゾートで快適にお買い物をお楽しみいただけるよう環境の整備に努めてまいります」
とも答えていた。
オリエンタルランドによる対策の強化は、果たして転売ヤーの駆逐に繋がるのか。それを見極めるにはまだもう少し時間がかかりそうだ。
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この記事の前編【「ブスな顔のぬいぐるみは買わない」ディズニー限定グッズを買い占めるグループに密着 大量購入する驚愕の手法】では、購入個数制限のあるグッズを驚きの方法で手に入れる転売ヤーについて報じている。
※『転売ヤー 闇の経済学』より一部抜粋・再構成。
デイリー新潮編集部