扶養控除「103万円の壁」に社会全体が揺れている。
昨年にはドイツに抜かれ世界4位のGDPとなった日本経済。バブルをピーク後に長く続いたデフレ経済の影響や、経済成長が伴わない政策によって、私たちの暮らしは大打撃を受けている。物価高騰や教育費などさまざまなものの値段が一気に上がり、それに加えて、この30年で大幅な増税も施行された。
これによる影響は夫婦や家庭のありかたにも大きな影響を及ぼしている。「結婚したら男性が家族を養う」が一般的だったかつて時代はとっくに過ぎ、専業主婦となった女性もまた、パートタイムで自分の小遣いや家計の足りない部分を補填するだけの働き方ではままならない状態だ。
社会全体が大幅に変化し、これから先は男性ひとりが家族を養うのではなく、”家族全員が働く”ための制度として「扶養控除」を考えると、その見直しが今後日本にほんとうに良い影響をもたらすのかは今の段階では誰にも分からない。ただ現在聞こえてくるのは、新卒で入社した会社を転職することなく、養うために一心不乱に働いてきた男性のこんな心の悲鳴である。
「少し前にテレビで観たんですが、ぶつかりおじさんという人がいるらしいですね。道端、街の雑踏、駅のホーム……いろんなところで、逆の方向から歩いてくる人たちに、どんどんぶつかりながら前進していく。そのパワーが強くて、ぶつかった人の中にはケガをする人もいると、テレビでは放送していました。
それを見ながら思ったんです。ああ、これわかるなあって。というか、こんなふうに流行る前から、僕自身、無償にそうしたくなることがあるんです。だから、他人事とは思えなかったんですよね」
そう話すのは、関東圏内の食品メーカーで営業マンをしている祐太さん51歳だ。もう今の暮らしが嫌で、なんども雑踏で「ぶつかりおじさん」をしそうになったと言う。
大学を卒業してから現在の会社一筋。営業マンといっても、すでに管理職で後進を育てる立場だ。現在の年収は500万円。とりたてて今の仕事をしたかったわけではなかったが、「名のある会社に就職したい」という一心で就職活動をし、年収や福利厚生の面から今の会社を選んだ。
「僕ら世代の男性は、野球選手になりたいとか、広告の仕事に就きたいという人が多かったんです。でも僕には特に夢はありませんでした。まあ、そういう華やかな仕事はかっこいいかなあという憧れはありましたけれどね、人生、そううまくいくわけはない。普通に就職して、普通に結婚をして家族を養って。そういう道を歩むのが当然だと思って生きてきました」
社会人になり、コンパで知り合った1歳年下の妻と33歳の時に結婚。二人の娘は現在高校1年生と中学2年生で私立の中高一貫校に通わせている。彼自身は「まあまあのお給料」だが、妻は「パート美容師」。労働時間を自由に選べる代わりに最低賃金並みの給与で、年収103万円を超えずに働いている。
15年前に30年ローンで購入したマンションのローンもまだまだ続くため、家計はかなり厳しいが、それでも家族のために働くのがあたりまえと思いせっせとやってきた。
「あれは2年ほど前のこと。その夜、娘たちは塾で不在のため、妻とふたりで先に夕ご飯を食べ終えて、リビングでテレビを観ていたんですよね。ふと気づいたら妻は、ダイニングテーブルでなにやら資料を開いて、電卓をたたいてはため息をついている。
どうしたのかと尋ねると、ふたりの娘が塾やピアノ教室やら習い事でお金のやりくりが大変だと言う。なんだかその姿を見え、やりきれない気持ちになったんです」
まじめな性格の祐太さんは、結婚以来、お給料はぜんぶ妻に渡してきた。そうすればちゃんと管理してもらえて、家のローンや教育費や老後の貯蓄など、ちゃんとやってくれるものだろうと思っていた。
「妻にはお金のことも、子育てや家のこともぜんぶ任せてきたんです。まあ決して裕福とは言えませんが、そこそこの普通のお給料です。以前から“家計が苦しい”とチラホラ聞いてはいましたが、本当に大変なんだと知り、びっくりしました。それと同時に、どうしてそんなに家計が苦しいのか、よくわからなかった。
僕のお給料はそれほど高くはないけど、暮らせないほど少なくもないと思うんですよね。でも話を聞いてみると、ふたりの娘の学費だけでひとり6万円、ふたりで10万円。ほかの習い事代などもかかって大変なんだと。
そうか、じゃあ節約をしながら、なんとか収入を増やさなきゃね、そう話して、会社ではできる限り残業をして残業代を稼いだりするようになりました」
家族のためにと一心不乱に働いてきた祐太さん。しかしその苦労に妻も娘も気が付いてはくれない。まるで給料を運ぶだけ虚しい人生と今の自分を振り返った中で、妻との信頼関係が壊れてしまう決定的な出来事が起こった。
その詳細は、つづく後編記事の<50代「年収500万円の夫」を絶望に叩きつけた…ゴミ箱のレシートで発覚した「美容師の妻」の衝撃の秘密>でお伝えする。
50代「年収500万円の夫」に絶望を叩きつけた…ゴミ箱のレシートで発覚した「美容師の妻」の衝撃の秘密