築40年の賃貸住宅。この「秘密基地」から、ぺこりーのさんはYouTubeの動画配信をしている(撮影:大澤誠)
連載「だから、ひとり暮らし」では、時代の変化とともに増える単身世帯を深掘りし、それぞれの生き方と価値観を描いてゆく。今回は、年金を受け取りつつYouTube収入を得ながら自由を謳歌する、東京・世田谷区の賃貸住宅で暮らす67歳のぺこりーのさんを取材した。
ぺこりーのさんという名前を知らなくても『ようやく妻が死んでくれた』というドキッとするタイトルの動画を、目にした人は多いかもしれない。実はぺこりーのさんが最初にYouTubeにアップしたのがこの動画で、現在は累積で約858万回も再生されている。

(画像:YouTubeチャンネル『年金一人暮らしのぺこりーの』で話題を呼んだ『ようやく妻か死んてくれた』より)
【写真】ぺこりーのさんの温かみがあふれる部屋と、ひとり暮らしの様子(15枚)
「老後には有り余る時間と自由がある。足りないのはお金だけ」と語るぺこりーのさんは、妻亡き後のひとり暮らしの日常をYouTubeを通じて発信している。彼はいわゆるYouTuberとして、時には年金額を凌ぐ収入を得ているのだ。
ぺこりーのさん/さまざまな会社の役員を務め、60歳の定年を迎えた後、妻との死別でひとり暮らしになった。現在はフリーのコンサルタント兼YouTuber。登録者数7.51万人の登録者がいる『年金一人暮らしのぺこりーの』を運営するほか、著書に『妻より長生きしてしまいまして。』がある(撮影:大澤誠)
「料理をしてるだけ、酒を飲んでるだけの動画に自分の言葉を乗せているのですが、驚いたことにどんどん再生回数が伸びていくんですよ。最初は『モノは試し』という意識だったのが、すぐに『これ、いけるかも』に変わりました」(ぺこりーのさん 以下の発言すべて)
築40年の賃貸マンションを「秘密基地」と呼ぶ彼の日常も、視聴者には大きな共感を呼んだ。
「ひとり暮らしをするようになって、家族で住んでいた家から、このマンションに転居しました。部屋は広くないけれど、自分が好きなことをするには十分。料理をしたり、布団にごろっと横になって酒を飲んだり。そんな時間を動画にして、多くの人がそれを見てくれるなんて、贅沢ですよね」
世田谷区のなかでも小さな駅の前に建つマンションは、スーパーへもアクセスが良い。築40年だけあって古い建物だが、2DKの部屋には動物をモチーフにした絵画が飾られ、カラフルで明るい雰囲気だ。
知り合いの画家の作品を気に入って一括購入。何枚も同じ画家の作品をつなげることで統一感とリズムが出る(撮影:大澤誠)
「絵は全部で15万円で知り合いの画家から買いました。飲み屋で会話した流れで『俺が全部買うよ』ってね。こうやって並べると統一感があっていいでしょう。あとはオープン収納にカラフルな日用品を並べて、インテリアのアクセントにしています。缶や瓶も統一感をもたせると、並べているだけでもかわいいんです」
ゆいまる君は14歳。「お互い老人同士です」(撮影:大澤誠)
機能的で整頓された部屋は居心地が良さそうで、飼い犬のゆいまる君も自由にあたりを歩き回り、くつろいだ表情を見せていた。
ぺこりーのさんがひとり暮らしを始めたのは、60歳のとき。それまでは企業の役員としてコンテンツマーケティングの分野で培ったスキルを、存分に発揮してきた。当然のように60歳を越えても、企業からの引き合いはあったそうだ。
YouTube撮影に使っている相棒のカメラはニコン製(撮影:大澤誠)
「60歳になった頃には企業のデジタル部門での再雇用の話もありましたけど、それはやめようと思って。企業に就職すると確かに収入は安定するけど、また時間に縛られるじゃないですか。
もう、誰かに管理される生活には戻りたくなかった。それなら、もっと自由に、自分のスキルを生かして稼ぐ方法を考えたほうがいいと思ったんです。
それに、私の場合特別支給の老齢厚生年金の資格があったので、11万円程の年金受給の資格がある。ところが企業に再就職すれば、それはもらえず、まだまだ年金を払う立場でいることになる。それならフリーランスで、年金をもらいながら働く方がいいと思いました」
その考えにいたった裏には、早すぎる妻の死があった。
「妻が亡くなったのが、僕が59歳のとき。彼女は58歳でした。再就職せず年金をもらいながら個人事業主になる道を選んだのは、妻がいなくなったことで、時間の使い方を見直した結果です。
娘も独立していて、家族のために働く理由がなくなった。これからは、収入が減ったり安定を失ったりしたとしても、自分が楽しいと思えることに時間を使おうと決心したんです」
そんなぺこりーのさんの話を聞くと、早々に妻の死を乗り越えたかのように見えるかもしれない。
しかし、実際はその真逆だった。
「妻が亡くなったあとは、本当に何もできませんでした。料理を作る気力も、掃除をする気力もない。ただ、毎日どうにか生きているだけで精一杯のありさま。どれくらいそうだったのか、もう覚えてないくらい……」
キャビネットには妻の写真と、彼女への感謝のメッセージ。そしてお供えのビール。「お骨は粉骨にして、ここに置いてあります」(撮影:大澤誠)
妻の死は突然だった。
「妻の晩年を考えると、最期まで明るい人だったなと思うんです。アイロンをかけたり、僕のためにご飯を作ったり、犬を育てたり。そんな日々のなかで、実は彼女の心臓は病に蝕まれていた。
僕の健康に気づかってばかりいたけれど、自分のことには無頓着なところがあったのかもしれません。
彼女の最期の1年間が『晩年』だったと気付いたとき、もっと楽しいことを一緒にしてあげればよかったと後悔しました。でも亡くなってしまってしばらく経つと、後悔以上に、妻が日々もたらしてくれていた幸せに、感謝の気持ちが湧いてきたんです」
その後、少しでも心が動くことをしようと始めたのが料理。さらに料理を作っているところや、それをつまみに酒を飲んでいるところを動画にしてみようと考えた。
「最初は本当に小さな一歩でした。料理をしてみよう、酒を飲んでみよう。我が家は一緒に食べたり飲んだりすることが大好きでしたから。
妻の残してくれたレシピのノートを見ながら、自分なりに料理を始めました。妻の味を再現できたらうれしいし、新しいレシピに挑戦したら妻に報告できることが増えます。そのうち、それを誰かに見てもらえたら面白いかなと思って動画配信を始めたんです」
「好きなことで生きる」という選択は、動けなかった彼を救った。
「人はね、楽しいこと、好きなことを見つけないと本当に動けないんです。愛する人を失った悲しみって、動く気力を全部奪っていく。
だからこそ、好きなことで少しでも心を動かして、体をそこに追いつかせる。それが僕にとっては料理や酒だったわけで、誰にでもそういうものがあると思います」
ぺこりーのさんのYouTubeチャンネルで、最も反響が大きいのは老後のお金に関する投稿。「どうやって生計を立てているのか」「老後の生活が不安」という視聴者からのコメントが後を絶たないそうだ。
食卓兼書斎のテーブル。ここからPCを通じて発信活動をしている(撮影:大澤誠)
「みんなお金のことが気になるんですよね。僕も最初はそうで、年金11万円だけで暮らせるのかって不安でした。でもね、なければないなりに生きていくしかないんです。
それに小さく稼ぐ方法なら、頑張って探せば結構あるもんです。近所を見まわせばスーパーなどのパートの募集は結構あります。転職サイトみたいな、人が殺到するところで探そうとするから、難しいんじゃないのかな」
昨今老後不安から、貯蓄や投資を勧める向きがある。しかしぺこりーのさんは、貯めるよりも稼ぎ続ける方が大切だという。
「できるだけ若いうちからひとり立ちできるスキルを、できれば複数にわたって磨いておくことです。
僕は会社員経験を生かして、フリーのコンサルタントとしても働いています。またYouTuberとして稼ぐのには、会社員時代に培ったコンテンツマーケティングの知識を生かしている。
会社で長年働いて得たスキルって、実は相当なもの。それを必要とされる場は、年齢を重ねていたとしても、きっと見つかると思いますね」
ぺこりーのさんも貯蓄を増やそうと、過去に証券会社の人に勧められて投資信託を始めたことがあったという。
「『これをやれば安全にお金が増えますよ』なんて言われてね。でも全然ダメで、気がついたら元本も危うくなってて。もう撤退したのですが、冷や汗ものでしたよ」
「老後資金を取り崩すだけだと心理的負担が大きい」とぺこりーのさん(撮影:大澤誠)
新NISAやiDeCoを含めれば、今は投資が基礎的な生活防衛の手段と思われている。しかしぺこりーのさんは過信は禁物だという。
「結局、人に勧められたことを鵜呑(うの)みにしちゃダメ。自分がよくわからないことに手を出すと、たいてい痛い目を見ます」
どれだけ貯蓄があろうと、それを取り崩すだけの老後は心もとない。投資だって、絶対安全なものなどない。それならば老後に自分の得意なこと、好きなことでフリーランスとして稼げるスキルを磨いておくのも、重要な生活防衛の手段なのだ。
ぺこりーのさんが取り組む「心が動くこと」の中心には、いつも妻や娘の存在がある。それは妻が亡くなり、娘がひとり立ちした今も同じことだ。
「ひとりになった今も、妻との幸せな思い出はいつもそばにあります。今の時代、『コスパが悪いから結婚しない』なんて話を聞くけど、それは共感できないですね。僕は妻と過ごした時間があったからこそ、今こうしてひとりでもやっていけるのだと思っています」
パートナーが使っていたステンレス鍋。某通販のセットで30万円ほどしたそう。「当時は新婚とはそういった道具を買ってあげるものかなと思って、高いなと思いつつ購入しました。でも、モノはいいですよ」(撮影:大澤誠)
人生の選択肢が増えた現代、ひとりを貫くライフスタイルがあってもいい。ただ、本当はパートナーと生きたい、家庭を持ちたいと思っているのに、それがかなわない理由が、経済状況や社会的な環境にあるとしたら、改善されなければならない。
家族への愛情や幸せな思い出がそこかしこににじむ、ぺこりーのさんのひとり暮らしの部屋を見て、そう感じた。
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【写真】ぺこりーのさんの温かみがあふれる部屋と、ひとり暮らしの様子(15枚)
料理することを楽しむには、面倒な洗い物を片づけてくれる食洗機が必須。「こいつが一番、働いています」(撮影:大澤誠)
キャビネットはハンドメイドの専門サイトで、作家さんから直接購入。「見える収納のスタイルで、ここに生活用品を並べています」。同じ種類のものを数多く揃えて、棚に統一感を出すのがポイント(撮影:大澤誠)
洋服も好きで、一部屋がクローゼットになっている(撮影:大澤誠)
ここでテレビをみたり犬と戯れたり。テレビ番組はアニメが好き(撮影:大澤誠)
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(蜂谷 智子 : ライター・編集者 編集プロダクションAsuamu主宰)