私たちの生活と切っても切れない住宅。
その住宅を買うために多くの人が利用するのが、日銀の追加利上げ決定で今後さらなる金利上昇が予想される「住宅ローン」だ。
住宅金融支援機構のデータによると現在、住宅ローンの破綻率は3.04%(2023年度)と、コロナ禍が明けて減少傾向にあるという。しかし、早期退職で起きたしまった“誤算”によって自らの家を手放す人、そしてコロナ禍の業績悪化で家を売りに出している人もいる。
不動産コンサルタント会社『任意売却119番』の富永順三代表は、「シニアの方、年金世代の方の相談は増えています。年金をもらうようになった時に住宅ローンが払えないと気付く方、もしくは実際に払えない人からの相談が増えている」と語る。
今回は、住宅ローンを抱えた男性が自己破産へと陥るまでの道程を取材した。
川崎市内で暮らす木村敏夫(73)さん(仮名)。
自宅には「ご入金のお願い」と毎月毎月請求書が届き、支払いに追われる日々をすごしていた。
住宅ローンの催告書に様々な請求書の山…、木村さんにいったい何があったのだろうか?
以前、建築会社で働いていた木村さんは41歳のときに独立。そして56歳の時、2980万円の家を35年ローンで購入。
払い終える頃には91歳だが、娘の名前を借り、ローン審査の通りやすい“親子ローン”を組んだ。木村さん本人分:月5万5000円(18年)娘分:月6万5000円(35年)娘の分と合わせて、一月12万円の支払いは全て木村さんが負担。それでも支払い終える自信があったという。
「一番いい時に売上は年間5000万円前後。新築を一棟やりながら増改築もありましたから」
そう当時を振り返る木村さん。ある年の確定申告書には、売り上げ5180万円との記載があった。
この時は、住宅ローンをより多く払い早めに返す、いわゆる“繰り上げ返済”ができる資金力があった。
「その時にしっかり蓄えてれば、やっぱり人間お金が入っちゃうとちょっとね(笑)。住宅ローンの繰り上げ返済に充てず、蓄えることもしませんでした」
当時を悔やむ木村さん。この判断がのちに、住宅ローン破綻へ響くことになってしまう。
顔見知りの客が高齢になるにつれ、建設業での売り上げは徐々に減っていき、いつの間にか赤字が積み重なっていったという。
返済のために金利の高いところから借りて返す、まさに自転車操業に陥った木村さん。妻の加代子(仮名)さんも借金のことを知っていたため、仕事に勤しんだという。木村さん自身も働けば返済できるという気持ちで必死で働いていた。
しかし、そのタイミングで起きてしまったコロナ禍。仕事が一気に無くなってしまった。
木村さんがまとめた当時の借金額リストには、銀行へ4口合計260万円以上、そして住宅ローンの残金は娘分含めて1170万円以上。さらに、信用金庫などに230万円以上。借金の総額は、なんと2000万円を超えていた。
当時は、住宅ローン含めて月々約35万円返済していたため、45万円以上働かないと生活は厳しい状況。しかし娘夫婦には迷惑かけられないとの思いから協力を求めることはしなかったという。
こうした状況に対して、不動産コンサルタント会社『任意売却119番』の富永順三代表は次のように指摘する。
「住宅ローンがなかなか払えないからといって、カードローンや他の借金に頼ってはいけません。そうすると、借金地獄になってしまうので、早めに金融機関で見直しの相談をしてみるのも手です。場合によっては金融機関と交渉して、多少返済日を延ばすことができるので、他の借金に頼るのであれば、返済計画を見直すということを早めにやっておくことが必要です」
そんな中、さらなる悲劇が木村さんを襲ってしまう…。
妻・加代子さんが喉がおかしいと言って病院へ行くと、ステージ4の肺ガンと診断されてしまった。すでに手術は出来ず、自宅で投薬治療を続けることに。日に日に衰えていき、2023年12月、加代子さんは、74歳で亡くなった。
「じゃあ行ってくるよって、歯を磨いて2階に上がってほっぺに軽くチューしてあげたの。歯磨いた後だから『お父さん冷たい』って、それが最後です。ずっと苦労かけてきてね、最後の言葉は『お父さん冷たい』っていうのが…」
人生の支えだった妻を失った木村さん。葬式をあげようにも一銭もなく、妻の死をきっかけに、ようやく借金の事実を娘に相談したという。
現実を明かされた娘夫婦は、手の震えが収まらない状況だったという。娘夫婦はその後すぐに、富永さんの不動産コンサルタント会社へ連絡。自宅が競売にかかる前に任意売却することにしたのだ。
自宅は1300万円で売れ、住宅ローンは完済。愛する妻と娘と過ごした思い出が詰まった家からは離れることになった。
「女房になんでいなくなっちゃったの、なんで俺ひとりでやらなくちゃいけないの…、女房のこと思い出してなかなか処分できなかったけど…」
妻との生活を思い出し、何度も引っ越し作業が出来なくなったという木村さん。「ここまで来るときの判断が…。もう少し違った判断していればよかったのかなと。もう後悔してもしょうがないんだけど。自分が全部まいた種なんだから。自分に対して情けないなと。人生の歯車が狂い始めた時、もし違った判断をしていれば」
再び木村さんに会いに、引っ越し先の家賃5万5000円の1Kのアパートに訪ねた。
「狭いな、小さいな、荷物がいっぱい」木村さんは、仕事を続けていく一方で、残った700万円の借金については自己破産の手続きを進めているという。
「もう本当に気が楽で…。こんなにね。明るく話せるようになったんですよ」
妻の写真が見守る仏壇に向かい「無事に終わりましたね」と新たな人生のスタートを誓っていた。
不動産コンサルタント会社「任意売却119番」富永順三代表によると、住宅ローンは、固定金利と変動金利があり、現在は固定金利がわずかだが上がりはじめている。今後、変動金利が上がり始めた場合には、住宅ローン破綻する人は確実に増えると予想する。
いま一度、住宅ローンの返済年数や金額を確認しておき、もしもの時には早めの決断が必要のようだ。