公共交通機関で「決済の主役」の座を守ってきたSuicaやPASMOに代表される「交通系ICカード」に大きな転機が訪れている。地方の鉄道事業者がその全国ネットワークからの“離脱”を相次いで表明する裏で、クレジットカードでのタッチ決済や「QR乗車券」が台頭。さらに「新型Suica」の登場などにより、“キャッシュレスの勢力図”が大きく塗り替えられつつあるという。
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【写真】「見たことある?」 普及が加速する“クレカでピッとタッチ決済”できる新改札機の全容
熊本電鉄など熊本県内の鉄道・バス事業者5社が「2024年内に全国交通系ICカードのサービスを停止する」と発表したのは5月31日。代わりにクレジットカードによるタッチ決済が可能な機器の導入を進める方針で、交通系ICカードの全国相互利用サービスのネットワークから外れることを意味する。
その背景について、
「インバウンドの増加への対応を考えた際、外国人訪日客にとってはクレカによる決済のほうが利便性は格段に高いというのが一点。もう一つは、全国交通系ICカードに対応する更新費用が約12億円と多額にのぼることも“離脱”を後押しした要因に挙げられています」(鉄道ライター)
もともと5社の乗客のうち、全国交通系ICカードの利用率は24%にとどまり、半数以上(51%)が、地域ICカード「くまモンのICカード」を使用。その「くまモンカード」は今後も存続し、同カードとクレカでのタッチ決済にかかる更新費用は約6億7000万円で済むという。
クレカによるタッチ決済の普及は水面下で加速しており、三井住友カードは25年度末までに公共交通機関向けの決済サービス「stera transit」を全国主要鉄道駅の約70%(42都道府県)で導入する計画だ。
交通系ICの全国ネットワークからの離脱は熊本だけに限ったものでなく、広島電鉄は全国交通系ICカードで利用できるPASPY(地域交通系ICカード)のサービスを25年3月で終了。最大の理由は「サーバーの更新費用に40億円以上かかる」(同)というコスト負担の問題とされ、今年9月からはQRコードを使った決済サービスに移行するという。
QRコードを使ったサービスの導入については、JR東日本など関東私鉄7社が5月、現在の磁気式乗車券を「QRコード乗車券」へ置き換える方針を発表したことでも話題を集めた。
「アプリをダウンロードしたスマホにQRコードを表示させ、専用の改札機にかざす“タッチ決済”方式になる予定で、広島電鉄などと同じやり方です。26年以降、乗車券はQRに一本化され、いまの体裁の“紙のきっぷ”はなくなる見通しです」(同)
JRの各駅から「みどりの窓口」が次々と消え、「混乱を招いている」と批判的に報じられるが、実はQR乗車券はその解決策にもなり得るという。
「QRの最大の利点はSuicaを利用していない人でもスマホひとつで、乗車券を買えるようになることです。たとえば新幹線やJRの特急列車などをネット予約できる『えきねっと』でチケットを購入する際、今後はQRコードでの乗車も選択できるようになり、在来線や新幹線にシームレスで乗れるようになる。鉄道会社にとっても券の発行が不要となり、コスト削減の効果は大きい」(同)
一方で、こんな懸念も浮上している。
「QRコードの決済処理速度はSuica など“交通系ICより遅い”とされ、通勤時など混雑する時間帯に改札付近でヒトの流れが停滞する可能性が指摘されている。また高齢者のなかにはQRコードに不慣れな方も多いため、年齢層によっては“使い勝手が悪くなる”と不安視する声もある」(同)
鉄道ですすむキャッシュレス化の新しい波として、もう一つ、注目されているのが「新型Suica」という。
「これまでのSuicaはカードをタッチする改札機で運賃計算などが行われていましたが、新型Suicaはセンターサーバーで運賃計算などを実施。要は“クラウド化”することで処理能力が上がり、将来的には限度額の引き上げや事前チャージからオートチャージへの移行も可能になるといわれています。すでにJR東日本管内では23年5月からセンターサーバー方式に対応した改札機が順次、導入されています」(同)
そのJR東日本に、地方の鉄道事業者が全国交通系ICカード網からの「離脱」を続々と表明している現状への見解を求めると、
「個別の事業者の導入・廃止について当社が回答する立場にないが、交通系ICカードが利用できる交通機関の維持拡大に対しては引き続き必要な協力をしてまいりたい」(同社コーポレート・コミュニケーション部)
と回答。またQRコード乗車券への移行で利用者側にデメリットが生じる可能性について訊ねると、
「お客さまのご利用に支障のないサービスを提供できると考えている」(同)
と答えた。SuicaやPASMOをはじめとした交通系ICカードの全国相互利用サービスがスタートしたのは2013年。10年の節目を越えて「変革の時」が訪れているようだ。
デイリー新潮編集部