〈「怒りで震えが治まらなかった」13歳の愛娘が自殺…残された父の悔しさ、彼女を苦しめた犯人の正体〉から続く
「教育委員会も学校も、会見で本当のことなんて言ってないですよ」「『上級生に謝らせたから解決していたと思っていた』と説明していましたけど、あれも嘘です」。2018年に愛娘を自殺で失った、永石洋さん。娘の事件を「有耶無耶にしたくはないん」と憤る彼が語った、学校側の怠慢、そしていじめの中身とは? 高木瑞穂氏と、YouTubeを中心に活躍するドキュメンタリー班「日影のこえ」による新刊『事件の涙 犯罪加害者・被害者遺族の声なき声を拾い集めて』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
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右:亡くなった永石陽菜さん/左:父親の洋さん(写真:筆者提供)
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私はいじめ事件の取材経験が多くはない。自殺報道は、多くのメディアがWHO(世界保健機関)が策定した『自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識』というガイドラインを準拠しているからだ。ガイドラインには、後追い自殺を誘発させないため「報道と同時に相談機関を明記すること」「遺書を必要以上に公開しないこと」などが推奨されている。噛み砕けば「自殺した人をヒロインに仕立て上げるな」と言わんばかりの内容だ。ともかく、このWHOの取り決めにより、メディアは自殺問題に及び腰になる。
ために、当初は陽菜の事件をメディアが報じることはなかった。すでにネタを掴んでいた記者もいたが、ガイドラインがネックになっているからなのか、そっと矛を収めていた。
事実、事件は学校の不祥事を信じて疑わなかった洋が行政に調査を求め続けたことに対して、八王子市教育委員会が重い腰を上げて会見を開き、陽菜の死から2ヶ月以上が経過した2018年11月に入りようやく表沙汰になる。以下は、その新聞報道である。
〈○中2自殺「いじめあった」八王子 市教委指摘、関連を調査
東京都八王子市の教育委員会は6日、記者会見を開き、市立中学2年の永石陽菜さん(13)が8月に自殺を図り、その後死亡したと発表した。3月まで在籍していた中学での部活動でトラブルがあったとする遺書を書いており、市教委は中学の内部調査を受け「いじめがあった」と認定した。今月中に有識者による第三者委員会を設置し、自殺との因果関係を調べる。市教委によると、陽菜さんは2017年8月、家族旅行で部活動を休んだことから、上級生から交流サイト(SNS)で「どうして休んだ」と批判され、不登校となった。(2018年11月7日 日本経済新聞)〉
事件はマスコミ各社により流布された。とはいえ会見の内容を報じるに留まり、詳細や続報が流されることはほとんどなかった。
教育委員会の見解をそのままタレ流しているとしか思えない記事群を読み、私はどうにも腑に落ちなかった。「どうして休んだ」とSNSで批判されただけで自殺に至るとは、到底思えない。そもそも、それは批判にすら当たらないのではないか。そして、この事件を取材しようと思ったのは、行政が、都合が悪いことが起きると問題をすり替えることをよく知っていたからだ。
それからしばらくして、私は陽菜の自宅を訪ねた。両親は「本日は遠くからありがとうございます」と深々と頭を下げて礼を述べ、洋が私の目を真っ直ぐ見つめて言った。
「第二の陽菜を出したくない。有耶無耶にしたくはないんです」
前述のように、教育委員会はいじめの引き金を「部活をさぼったから上級生が注意したこと」だとしていた。だが、洋は次のように話す。
「教育委員会も学校も、会見で本当のことなんて言ってないですよ。そもそもサボったわけでもなく、ちゃんと事前に理由を話して顧問から許可をもらっていたんです。あと『上級生に謝らせたから解決していたと思っていた』と説明していましたけど、あれも嘘です」
嘘に嘘を重ねる。よもや教育現場で起きたこととは信じられない。が、嘘は、そのまま真実かのごとく報道されていた。
〈自慢か〉
同じ陸上部の先輩(3年生、女性)からメッセージが届いたのは、陽菜が例の沖縄の写真を投稿した直後のことだ。いや、違う。堪らず彼女は〈家族と来ているだけです〉と理由を説明した。
〈それが自慢っていうんだよ〉
夏休みだというのに練習に明け暮れていた他の部員たちは、陽菜が自惚れていると捉えたようだ。特にその先輩は、迫る大会に向けての追い込み期間で疲労困憊だったためか、陽菜に強い皮肉を放ったらしい。
陽菜はスマホを手に怪訝な面持ちになる。洋はそれに気づいて娘に聞いた。
「何かあったの?」
陽菜から先輩との一連のやり取りが聞かされたが、さして気には留めなかった。しかし、陽菜にとっては相当のダメージだったようで、以後は海にも入らなくなる。
よもや、こんな些細なことからいじめが加速するとは、彼女自身、思ってもいなかっただろう。それは洋も同じだった。この沖縄旅行までは、少なくとも夏休み前の1学期までは、いじめの兆候など一切みられなかったのだ。
洋は目尻を下げて言う。
「女の子だし可愛いでしょって言われると、うん、かつ面白い子って。物事の表現がとてもユニークで、例えば打ち上げ花火の音を、普通はバンって比喩するところ、陽菜はボッコンボッコンって言うんです。学校へは欠かさず行き、空手やピアノなどにも自ら率先して取り組んでいました。友達も少なくないほうだったと思います。ほんと、笑顔の陽菜しか知りませんでしたから」
家族のアルバムには、陽菜の笑顔がたくさん収められていた。
陽菜は2004年12月25日のクリスマスに3人兄妹の末っ子として生まれた。両親は初めての女児誕生に喜び、できる限りの愛情を注ぎ育てた。成績はさほど良かったわけではないが、運動神経が良く「とにかく足は速かった」と洋が言うように、中学に入ると陸上部に入部した。
「家では毎日、部活の話をしていました。記録はトップクラスで、同学年ではリーダー的な存在。周囲にうまく溶け込めていたようで、本人的にもこのまま頑張りたいと、いつも前向きでした」
ところが、あの日から、陽菜に対する部員たちの態度は豹変する。洋が続ける。
「沖縄から帰ったあとに部活に行くと、部員たち全員から無視されたと言うんですよ」
件の先輩が主導する形でデタラメを吹き込み、陽菜と仲良しだった同級生を含む部員たちに彼女を無視するよう仕向ける。この提案を、みんなが受け入れたのではないかと洋は予想する。多くの部員が戸惑ったに違いない。しかし、練習を通じて叩き込んだ先輩後輩の上下関係はその先輩に有益に働き、結果、無視がSNSでの集団リンチへと推移したであろうことは推測がつく。同調圧力により、歯向かう者はいなかったのだ。
「真実はわからないけど、かなりつらかったんじゃないかな…」
異変に気づいた洋が陽菜に問い質すと、のちに娘の口からいじめの存在が語られた。
そしてある日、学校側と話し合いの場が持たれる。
「陸上部の顧問は、とりあえず本人に聞いてみるが『部内にそういう悪い生徒はいない』とシャットアウトするだけでした。陽菜は、行きはニコニコだったんですよ。これで解決すると思ったんじゃないですか。でも、これはダメだと感じたんでしょう。帰りはムスっとして口も聞いてくれませんでした」
このあと、いじめは止まるどころかエスカレートしていく。ツイッターを利用した陽菜の吊るし上げが始まったのである。彼女へ向けられた憎悪はSNS上に偏在した。もう毎日のように。
暗澹たる当時の思いを滲ませながら洋は言う。
「夕方、家族でご飯を食べてますよね。するとスマホにメッセージが届くんですよ。陽菜は『また来た』って言って不機嫌になる。あとから知ったんですけど、娘のアカウントが学校中に広まり、知らない人からも『クズ』とか暴言が届くようになったんです」

鳴り止まないスマホのメッセージに両親は再び学校を訪ねるが、部活の顧問は話の途中で席を立ったまま戻らず。担任にしても、不登校の児童生徒向けの学校への転校を勧められるなど、教育者たちは目の前で起きている事態に目を背けるばかりで全く取り合わなかったそうだ。
「もうこの学校はダメだと思いましたね」
洋が漏らしたあきらめに似た愚痴の真意を代弁するかのように、母・幸子は溢れ出る涙を隠そうともしない。2学期の中頃に陽菜は、ついに不登校になった。
(文中敬称略)
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【厚生労働省のサイトで紹介している主な悩み相談窓口】
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(高木 瑞穂,YouTube「日影のこえ」取材班/Webオリジナル(外部転載))