今年5月15日、秋田県鹿角市(かづのし)大湯の山林で、タケノコ採りの最中に佐藤宏さん(64歳)が行方不明になり、その3日後の18日、佐藤さんの遺体が見つかった事件。
前編記事『「あぅわ~」「また来たってか~」…警察官を襲った秋田の「人喰いグマ」と対峙した男性が聞いていた「断末魔の叫び」』につづき、佐藤さんとタケノコ採りに同行し、クマと遭遇したBさんの告白をお聞きいただきたい。
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(クマに遭遇後、急いで急斜面を駆け下りて逃げた)私のもとに、もう一人の男性が近づいてきました。佐藤さんの知り合いだったようで、現場のこともよくご存知でした。
その男性は「『いま行くすけ』と答えたから、誰かと話しているんでねえのか」と言いました。気が動転していた私は、その男性にうまく事情を説明することができませんでした。
その日はそのまま家に帰りました。私は佐藤さんを見殺しにしてしまったような気がして、落ち着かない日々が続きました。警察に当日のことを話そうかどうか迷いましたが、そうこうしているうちに数日が過ぎ、ニュース報道で佐藤さんの遺体が発見されたこと、警察官が怪我をしたことを知りました。
私が山菜やたけのこを採るのは、「旬のものが食べたい」という趣味のようなものです。でもそのために警察や消防が捜索に入り、今回のようにケガをしてしまうのであれば、自己責任として捜索をするのであれば、自費で行うようにしなければいけないと思います。ケガをした二人の警察官は、本当に気の毒だと思っています。
今でも佐藤さんの声が耳から離れません。一度はクマを追い返したものの、まさか佐藤さんを襲っていたなど、その時の私は考えたくなかった。私が知っているこれまでのクマであれば、たとえ子連れであってもそのまま逃げたはずです。
でも、そのクマは違いました。性格の荒い変わったクマだったのです。佐藤さんを見捨てて逃げてしまったこと、今は深く後悔しています。これを聞いた人は、私をひどい人間だと思うでしょう。
言い訳になるかもしれませんが、私がクマにやられてもおかしくなかった。仮に助けに行ったとしても、返り討ちに遭っていたでしょう。年中、山には入りますので、そういう覚悟はしているつもりです。この時期のタケノコ採りの山は、人間が生身で入ってはいけない場所なのです。私も佐藤さんも、人のものではないヤツらの世界に入り込んでしまったのですよね。
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以上が、佐藤さんとタケノコ採りに同行し、クマと遭遇したBさんの告白のすべてである。
佐藤さんを襲ったクマは未だ駆除されていない。地元猟友会が仕掛けた箱罠により、一頭のクマが捕獲されたが、対象となるクマではなかった。
現場周辺では2年前にもクマによる死傷事案が発生している。本件と同じクマであるかどうかは確定されていないが、当該のクマは駆除されずに野放しであったようだ。今回、佐藤さんの身体から採取した動物の毛のDNA鑑定がクマのものであるのかはっきりしないというレベルであるならば、今後捕獲、駆除したクマが該当のクマであることなど、永遠にわからないだろう。
30年近くもの間、佐藤さんは発荷峠の現場に数え切れぬほど足を踏み入れていた。どの季節にどこに何があるのか、そこを縄張りにしているクマの種別も性質も理解していた。危険な目に遭わないよう、用心を怠ることもなかった。
そんな熟練した山菜採りの佐藤さんでさえ、命を落とすこととなった。今年に入ってから佐藤さんは「山がおかしい。そろそろタケノコからは卒業したい」と家族にも仲間たちにも告げてもいた。その矢先の出来事だった。
クマによるものとは断定できないという県庁の判断について、佐藤さんの妻は「(夫の死は)クマによるものとしか考えられません」と語り、親族は「クマでなかったら原因は何なのでしょうか。今になってどうして鞭を打つようなことをするのですか」と、動揺を隠せないでいる。
県は、付着した毛(サンプル)の鑑定の結果、クマのものと断定できなかったことから、クマによる人身被害として計上しないことを決定し、早々と調査を打ち切った。同行者による証言や遺体の痕跡から熊の襲撃であることは明らかであるのだか、佐藤さんの死因は熊によるものではないと結論付けられた形となった。
遺族の心情にも、実態からも乖離した結論を導いた理由は未だ判然としない。本件が計上されないのであれば、環境省のまとめる各県別の人身被害のデータの正確性にも疑義が生じることになるだろう。
野生動物を保護することは生物界の頂点にいる人間に与えられた使命だと思うが、人を襲うことを学んでしまったクマは、同じ捕食行動を繰り返す。クマの立場も理解したいが、一刻も早い駆除が求められる。
死体検案書によると、佐藤宏さんの死因は失血死。頭蓋骨は損傷しており、全身に何十箇所の咬み傷があった。遺体と面会した親族もその亡骸は包帯でグルグル巻きにされており顔も確認することができなかったという。
佐藤さんは火葬され、今は生まれ故郷の村の静かな墓地に埋葬されている。ご冥福を祈りたい。
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【つづきを読む】『「遺体はすでに硬直し、足は曲がったままで…」秋田でクマに襲われ死亡した男性の「第一発見者」が明かす「恐怖の現場」』
「遺体はすでに硬直し、足は曲がったままで…」秋田でクマに襲われ死亡した男性の「第一発見者」が明かす「恐怖の現場」