〈「このままでは殺される…どうか助けてください」相次ぐ患者の“死亡退院”はNHKがスクープした後も続いていた〉から続く
東京・八王子市にある民間の精神科病院・滝山病院。精神科のほかに内科も併設し、人工透析治療などができるため、精神疾患に加えて腎疾患などを抱える合併症の患者が他の病院からも送り込まれてくる。そこではベッドに寝たきりの高齢患者を看護師らが問答無用で殴る、叩く、つねる、蹴る。暴力や虐待が日常茶飯事。ベッドに縛り付ける身体拘禁も日常化。入手した資料で入院患者の約8割が死亡して退院。いったん入院すると死亡しない限りは退院できないというおぞましい実態、“死亡退院”の現実について、NHK-Eテレ・6月29日放送の「ETV特集 死亡退院 さらなる闇」が続報した。(全2回の2回目/前編を読む)
【画像】スポーツカーを運転する院長を直撃するディレクター(ETV「死亡退院 さらなる闇」より)
死亡診断書。朝倉院長の指示で「急性心筋梗塞」という診断名に(ETV「死亡退院 さらなる闇」より)
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院長が率先する患者への過剰な医療行為をスタッフは「濃厚治療」という隠語で呼んでいた。「1B」と呼ばれる「濃厚治療」用の病室の映像も出てきた。
「院長が『1B運べ』といって、ICUみたいに人工呼吸器をつけたり、濃厚な治療するんですよ。そうやればお金にもなる。お金取れるでしょ。いっぱい濃厚治療するんだから」とスタッフは証言した。
過剰医療、濃厚治療……。すべて「カネ」がらみだ。第2弾は「朝倉院長とカネ」について第1弾以上に踏み込んで報じている点が注目される。
医療機関は診療報酬というかたちで収入を得ている。一般的に精神科の医療行為の評価は診療報酬上で内科や外科などに比べてかなり低いとされている。そうした面を取り戻そうと意識して稼ごうとしたのか。滝山病院で「濃厚治療」していた実態がスタッフの口から語られた。
たくさんの薬剤などが投与されて「濃厚な治療」が行われれば行われるほど、その分、収入が増える仕組みだ。だが、医療行為として適切な治療でなければ当初は話ができた患者が会話できなくなり、意識が混濁した状態になってしまう。
そうした医療行為を院長が率先して行っていた疑惑。番組では関係者の証言を元に踏み込んで伝えている。
朝倉重延院長には今回と似た事件で報道された過去があった。2001年にはおよそ40人が不審死をとげた埼玉県の朝倉病院の院長だった。患者の身体を違法に拘束。過剰な栄養点滴など不必要な治療を行い、診療報酬を不正請求したことが発覚。朝倉病院は事実上廃院に。院長は保険医の資格を取り消された。その後、保険医の資格を再取得。5年前に父親の死後に滝山病院の院長を引き継いでいた。
圧巻は取材班が入手した「厳秘」と記された病院経営の内部文書だ。
朝倉重延院長の役員報酬は2017年度から2020年度までは毎年5820万円。2021年度は6320万円。2022年度は6420万円と増加傾向にある。病院の経常利益に対する院長の役員報酬の割合が2019年度48%。2020年度59%と経常利益の半分を超え、2021年度は337%に跳ね上がる。実に経常利益の3倍以上の金額だ。病院全体の利益が減少する中で院長の報酬だけが突出して増加していた。
院長が車で出かけようとするところをディレクターが直撃する場面がある。
車高が低い流線型の高級スポーツカー。左ハンドルで明らかに外国産だ。呼びかけに応じずに無言で車は走り去った。外観から調べてみると英国製の豪華スポーツカーで新車ならば約4000万円の値段だという。
ドキュメンタリーはインタビューやナレーションなどの「言葉」以上に「映像」が雄弁に語るジャンルである。
役員報酬だけで毎年5000万円、6000万円という内部資料の証拠映像に加え、高級スポーツカーの映像。この2つの映像が雄弁に語っている。
事件発覚後に「精神障害者の家族会」の関係者が初めて病院内に入ると廊下にエアコンがなく、シャワールームも狭いなど他では考えられない劣悪さに衝撃を受けたという場面があるが、患者の環境改善のための病院設備には費用をかけなかった。
患者の死因についても院長が心筋梗塞や悪性リンパ腫などの病名をいとも軽い口調で語る音声も出てくる。何を重視して病院運営をしている人なのか伝わってくる構成だ。
病院スタッフの一人は朝倉院長について「(滝山病院では)不正請求はしていない。前の朝倉病院のときみたいに『やったことにしてお金を取っている』わけじゃないので……。(保険医の)取り消しはないので大丈夫と思ったみたい」とその胸の内を想像する。
診療報酬の不正請求がないとしても、不必要な投薬などを意図的に繰り返して患者の命を危険にさらした疑惑があることは浮かび上がった。そのことで患者が次々に死亡した可能性があると専門医たちが指摘する。医師としてやってはならない行為ではないか。本来、監督官庁や捜査機関などが動くべき事案ではないのか。
番組ではこうした「医療の内容」にまで行政が踏み込んで規制することは今の制度では極めて困難だと関係者のインタビューで示している。利益を得る目的で意図して「過剰医療」をやっていたとしても現状では取り締まることが難しい。「医療の判断」とされれば踏み込みにくい。これこそ番組のサブタイトルにある「さらなる闇」である。
精神科の入院患者の9割以上が民間の病院にいる現状を考えると、民間病院がこうしてカネを得ていくことも私たちは容認しなければならないのだろうか。こうして患者たちの命や人権が犠牲になっていく。暴力や虐待の背景にあった患者をカネと見るような人権軽視の姿勢。こうした病院の実態を許していいものか。番組が突きつけている問いかけは重い。
(水島 宏明)