兵庫県の斎藤元彦知事らの違法行為疑惑を指摘する告発文書で、県政の混乱が続いている問題。県の事業に協力した人から「斎藤知事名の感謝状は受け取りたくない」という声まで飛び出し、県政の停滞は隠せない。“牛タン倶楽部”と陰口を叩かれた知事側近グループも体調を崩したり知事と距離を置いたりと解体状態で、県政を「前に進めていく」と言い続けているのは知事一人という状況になってきた。
〈画像多数〉辞職の際泣きじゃくった“牛タン倶楽部”の片山副知事と、Aさんが3月に作成した告発文書。7月19日に兵庫県議会百条委にて一部黒塗りで公開された
斎藤知事を巡っては、日常的にキレ散らかすパワハラや、視察先で目についた特産品や商品を“ごっつぁんです”とばかりに届けさせるたかり体質がクローズアップされてきた。4月から県の幹部職員2人が相次いで自死。その背景に違法な公金支出疑惑や、こうした問題を指摘した公益通報者の保護制度を無視した人事報復があった可能性があることも明らかになっている。
あまりの深刻さに、3年前の知事選で推した自民党県連も辞職を求めているが、知事本人は「選挙で大きな付託を受けた。県政を前へ進めていくのが私の責任」と繰り返し、知事を続ける構えを崩していない。
こうした中、斎藤氏がトップにいること自体が県政の障害となっているとの悲鳴が次々と上がっている。「“ため池マン”のポスターを幼稚園などで貼らせてもらえないんです」そんな声まで現役職員から届き始めたと県関係者は怒りの口調で話す。
「ため池が約2万1500も県内にある兵庫県は、斎藤氏の知事就任前からため池保全条例を設け、子どもたちにも重要性を知ってもらえるようにと“ため池マン”というゆるキャラをつくり広報をしてきました。ところが今や、ため池マンまでが憎しみの対象になっています」(県関係者)斎藤氏は昨年4月、環境保全イベントに登場。斎藤氏はコスプレ好きで知られ、各地のイベントに登場してきたが、この時もため池マンに扮して現れ、自身のSNSに写真付きで「私も変身。」とポストしている。
「ため池マンは斎藤知事だというイメージが付き、ポスターの他にも『イベントへの影響も大。チラシも配れません』という声が出ているのです」(同関係者)県の事業に長年協力した人に感謝状を贈ろうとしても「斎藤元彦知事名の感謝状はいらん」と拒否される事態も起きているという。「現場は困っています。これ、県政の停滞じゃないんですか。知事には早よ辞めてもらわんと」と、この関係者は憤慨する。
一方、県庁でも異変が起きている。「牛タン倶楽部はほぼ解体状態です。片山安孝副知事は7月末に辞任すると発表し、ほかのメンバーの理事や総務部長、産業労働部長の中には正常に出勤をしていない人もいます。一人はふさぎ込んでいて周囲が心配するほど。片山副知事は辞任発表時に、斎藤知事にも辞職を5回勧めたが拒否されたと話しましたが、ほかの幹部の中にも知事に退陣を求めた人がいるとの情報があり、もう支えられないとの空気が出ています」(別の県関係者)
さらに、これよりも深刻な事態も起きていると別の関係者は話す。自死した2人のうちの1人、元西播磨県民局長、Aさん(60)は3月に斎藤知事らの違法行為疑惑についての告発文書を書いた。このAさんに県当局が懲戒処分で報復する過程で、Aさんへの情報提供を疑われた複数の職員が調査を受けている(♯3)。「その対象になった人の中にも心身の健康を崩した人がおり、友人らが心配しています。今回の問題では亡くなった2人以外にも深刻な被害から立ち直れていない人もいるのです」(関係者)
また、告発文書を書いたAさんは3月末に定年退職を予定していたが、メディアや警察、県関係者に告発文書を発送したのは3月12日のことだ。目前となった定年まで待たなかったAさんの心情は、文書に挙げた7つの疑惑で「五百旗頭真(いおきべ・まこと)先生ご逝去に至る経緯」との項目を最初に置いたことからうかがえる。
神戸大名誉教授で外交史研究者の五百旗頭氏は、防衛大校長を務め歴代首相の知恵袋的存在だった碩学だ。兵庫県出身で、井戸敏三前知事との縁から、阪神・淡路大震災後、県のシンクタンク「ひょうご震災記念21世紀研究機構」の理事長に就き、災害からの「創造的復興」という考えを提唱してきた。その五百旗頭は今年3月6日に研究機構で執務中に「急性大動脈解離」で倒れ急逝している。
研究機構の副理事長には政治学者の御厨(みくりや)貴・東京大名誉教授や防災研究の権威、河田惠昭・京都大名誉教授という重鎮が名を連ねていたが、斎藤県政は御厨、河田両氏を職から外すこと決め、五百旗頭氏が死去する6日前に片山副知事が五百旗頭氏に通告に行っている。A氏の告発文書ではこれを以下のように厳しく批判している。「来年1月は阪神淡路大震災から30年の区切りの時を迎えます。機構の役割・使命を果たす事実上最後の大きな契機であると言っても過言ではないと思います。御厨、河田の両先生はまさにこの分野における第1人者であり、井戸前知事が要請し、兵庫県政に関わってこられました。五百旗頭理事長もお二人には全幅の信頼を寄せておられているにも関わらず、このタイミングでの副理事長解任はハッキリ言って、五百旗頭先生と井戸前知事に対する嫌がらせ以外の何ものでもありません」
そして、この人事の背景として「とにかく斎藤氏は井戸嫌い、年長者嫌い、文化芸術系嫌いで有名です」と記し、「斎藤知事、その命を受けた片山副知事が何の配慮もなく行った五百旗頭先生への仕打ちが日本学術界の至宝である先生の命を縮めたことは明白です」と結んでいる。
文書は片山副知事の通告が五百旗頭氏死去の「前日」だったと誤って書いており、片山副知事は辞職を発表した7月12日の記者会見で、自身の面会は6日前だったことを強調。さらに「4人いらっしゃる副理事長を組織の効率化から2人にすることをご相談していますが、削減するお二人の副理事長さんが兼務する『人と防災未来センター長』や『戦略研究センター長』につきましては続けて就任していただく方向で作業するとしておりまして、そのことで理事長さんを圧迫したという認識はありません」と反論している。
さらに斎藤知事もこう主張する。「当時、片山副知事の報告を随時受けながら、適切に人事の対応をしてきたものと考えています。もちろん、五百旗頭先生や名前の挙がっておられる2人の先生についても、大変尊敬をしております。機構の人事は任期に伴う適切な判断だったと考えています。今回の機構の人事について、五百旗頭先生の命を縮めたことは明白というふうにあるのは、科学的根拠もないまま、ある種の誹謗中傷にもなるものなので、大変私自身も残念だと思っています」
無論、今回の人事と五百旗頭氏の急逝の因果関係を証明することは不可能で、A氏の指摘はこの件では「告発」とも呼べないものだ。だが、県OBは「井戸前知事が自身の人脈も使って作り上げた綺羅星のような専門家集団を、斎藤知事は井戸体制を否定したいという一念でつぶしにかかっているとしか思えない。この人事は五百旗頭さんの両腕をもいだも同然で、時期的にも信じられない仕打ちだ」と話す。
A氏が告発文書を書いた3月12日は、五百旗頭氏の初七日に当たる日だ。Aさんが3月末の退職を待たずに告発したのは、五百旗頭氏の死を見て、こらえきれなくなったのだろうと親しい知人は推測している。7月27日、五百旗頭氏ゆかりの神戸大で研究機構が「偲ぶ会」を開き、300人超の知人や県関係者が集った。斎藤氏は知事でありながら「弔辞の依頼は検討もされなかった」(県関係者)といい、献花をしただけで会場を離れた。その直後に記者団から、五百旗頭氏の急逝が告発文書で指摘されたことへの受け止めを聞かれると「本日は五百籏頭先生を偲ばしていただく会ですので、文書についてのコメントは差し控えたいと思います」とかわしている。
その上で「知事の仕事をしっかりやらせていただくということが大事だと思っています。先生のお考えやご遺志を継いでですね、災害に強い地域社会づくりというものを目指していきたいと思います」と県政継続になお意欲を見せた。だが、それを可能にする人材もトップへの信頼も、どんどん細っている。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班