電車の車内でほかに席が空いていても女性の隣にわざわざ座ってくる、通称「トナラー」。彼らの多くは「痴漢目的」、狙って座っているという、トナラーにより不快な思いをする女性たちは珍しくない。特にSNS上では被害を訴える声も――。
「本当に気持ちが悪いんです。なんでわざわざ隣に座ってくるんだ、って!」
そう話し、憤るのは横浜市に住む会社員の純子さん(30代・仮名)。純子さんはこれまで何度も「トナラー」被害に遭ってきた一人だ。
空いている電車内などでわざわざ隣に座ってくる男たち、通称「トナラー」。彼らによって不快な思いをした経験がある女性たちは少なくない。
「その日私がいた車両の乗客は数名程度で、比較的空いていました」
数年前の日曜日。土日も仕事がある純子さんは都心から自宅のある横浜市に向かって帰宅していたときのこと。ある駅で乗車した中年男性は迷うことなく純子さんの隣に座ってきたという。
純子さんが座っているのはシートの一番端、男はその隣に座る形だ。ただし、車内に乗客はまばら。同じシートも向いのシートも隣の人と間隔を空けて座るだけの座席の数は十分に確保されていた。
「なんで空いているのにわざわざ私の隣に座るのだろう、と思いました。その時点で気持ちが悪かったです」(純子さん、以下「」も)
降りる駅まではあと少し。気持ちは悪かったが、もう少しの辛抱とそのまま座っていたという。すると男性が純子さんのほうに距離を詰めてきたのだ。足と足が密着し、電車の揺れに合わせて男性の身体が触れてきた。
「足はくっついているし、男の腕が私の腕に当たってきて……非常に不快でした」
ただ揺れに合わせてぶつかっているだけ。騒ぎ立てるのも自意識過剰かと思い、身をよじり少しでも距離を取ろうとする純子さん。
そのうちに男性はスマートフォンを取り出して画面を見始めた。しかし、曲げた肘が純子さんの腕や脇腹に触れた状態に。ただ、その間も男性は何食わぬ顔でスマートフォンの画面を見続けていたという。
異変が起きたのはその直後だった。
「男は私にぶつかっているほうの腕とは逆側の手を膝の上に置いた鞄の下において、なんかもぞもぞと動かしているようで……」
嫌な想像が頭をよぎったが、確証はない。不快で我慢ができなくなった純子さんは慌てて別の座席に移動した。だが、あろうことか男性も後を追いかけるようにして、また隣に座ってきたというのだ。
「確信犯だ、と思いました。でも、気持ち悪いけど痴漢で訴えるには証拠が足りない。『ただぶつかっていただけだ』とか『鞄の下に手を置いていただけ』とか席を移動したのも何らかの言い訳をされてしまうのではないか、と思って、何も言えませんでした」
痴漢を訴えたところで『冤罪だ』と言われてしまえば、逆に純子さんのほうが責められてしまう。おまけに逆上されれば何をされるかもわからない。
自宅の最寄り駅まではあと2駅――。だが、男性と密着している状態は耐えられるものではなかった。そんな思いの中、電車が最寄り駅に着いたのと同時に慌てて降車した。
「男はついては来ませんでした。私の勘違いかな、と考えようとも思いましたが、絶対に痴漢です。ですが、それを訴えることもできない。気持ち悪いし、悔しいし、怖いし……」
何度か同様のことはあったというが、その日の出来事の後はしばらく電車に乗るのが怖かった、と純子さんは話す。
「トナラー」は中年男性に限らない。
東京都の主婦、真理子さん(40代・仮名)がトナラー被害に遭ったのは特急列車のなかだった。
2人掛けのシートが並び、窓際の席はいくつか埋まる程度で、空席は目立っていた。
そこで真理子さんは窓際の座席に座った。
すると途中の駅で1組の親子が乗車してきたという。小学校高学年か、中学生くらいの男の子と母親。男の子が真理子さんの隣の席に座り、母親が通路側をはさんだ座席に座った。
「しばらく眠っていて、気が付いたのは10分後くらいだったでしょうか。隣に座った男の子のひじが私の腕に当たっていたんです」
シートの幅はそれほど広くないが、座席との間にはひじ置きがある。男の子はひじ置きにひじを乗せ、腕を広げるようにして座っていたという。
そのひじが真理子さんのほうにまで、はみ出していた。
「私も眠っていたし、気が付いていないのか、と思って腕を動かして払いのけるようにしました」
すると、男の子の腕は一瞬離れたが、すぐに戻してひじ置きからはみ出したまま真理子さんに触れていた。
「最近の子はマナーが悪いな、と思いました。……でも、マナーの悪さじゃなかったかもしれないんです」
何度か腕を動かしても肘は真理子さんにぶつかったまま。そのうちに男の子の肘は真理子さんの脇腹や胸などにぶつかってきたという。
むしろ、ぶつけてきたと感じた、と真理子さん。
「さすがに気持ちが悪くて、窓側に身体を寄せて距離をとっていました。さすがに腕はぶつからなくなりましたが、男の子も私の方に身体を傾けてきて……どうにかして触れよう、としてきたんです。痴漢かも、と考えましたが相手は子どもだし…そんなはずはない、とも思って……」
男の子の母親は知らんぷりをしているのか、気づかないのかずっとスマホの画面を見ていた。もやもやとした気持ちを抱えた真理子さんは途中の駅で下車した。
「あれが痴漢かどうかはわかりません。ただ腕がはみ出していただけで私が自意識過剰だったかもしれませんし。ただ、子ども相手でも不快なことがあれば『やめてください』と言ったほうがいいですね。ただ、親も一緒に乗っていたのに……」
純子さんや真理子さんのように、こうした経験を持っている女性は少なくない。トナラーに限らず、ぶつかり男やエスカレーターで距離を詰めてくる男など、日常のちょっとした場面で不快な思いをするケースは後を絶たない。
「痴漢かな」と思ってもその判断はできず、ただもやもやとした不快な気持ちを抱き続けることになる。
「多くの『トナラー』は痴漢でしょう。当院に痴漢の再犯防止プログラムを受講し治療にくる方でもそうしたことをしていたと明かす人は非常に多いんです」
性犯罪痴漢加害者の治療などを行う大船榎本クリニックの精神保健福祉部長で精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏はそう述べる。そしてトナラーの手口について次のように説明する。
「座って女性の身体に密着させたり、腕や肘で身体を触ったり。中には新聞やカバン、組んだ腕の下から身体に触れるケースもあります。さらに中には触れずに匂いを嗅ぐ、性器を露出するといったタイプの加害行為もあります。
痴漢は何も触れてくるばかりではないんです。隣に座る、ぶつかる、匂いを嗅ぐ……など、バリエーションがあるんです」(斉藤氏)
多くのトナラーは必要以上に触れるなど、痴漢行為はしないという。ほんの少しの接触から相手のぬくもりを感じたり、匂いを楽しむ、受け入れられていると誤認し承認欲求を満たす、それが彼らの快感になっているからだ。
被害を訴えようにも訴えにくい「トナラー」。その手口について後半記事『急増《トナラー》する男たちの「狙い」は何? 女性の嫌がる様子がたまらない…何もしない「痴漢」がなくならない理由』で続けて紹介する。
急増《トナラー》する男たちの「狙い」は何? 女性の嫌がる様子がたまらない…何もしない「痴漢」がなくならない理由