〈「防塵マスク越しでも鼻に突き刺さるとんでもない激臭」ゴミ屋敷をキレイにする上で避けられない「謎の液体の入ったペットボトル」の正体〉から続く
「嘘だ!!」――ゴミ屋敷に500本近くあふれた「尿ペ(尿入りペットボトル)」。清掃員も驚きのヤバすぎる現場に、突如現れた「尿ペの作り主」とはいったい…? 12年間ごみ清掃員として働いたお笑い芸人・柴田賢佑氏による『ごみ屋敷ワンダーランド ~清掃員が出会ったワケあり住人たち~』(白夜書房)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
【写真を見る】大量の尿ペを作った「まさかの人物」
大量の「尿ペ(尿入りペットボトル)」を作った犯人は…。写真はイメージ getty
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自前の服は無事だったようだが、社員は完全に意気消沈してしまった。
ここは行くしかないと僕も前衛に行き、作業を進める。
こういったごみ屋敷は前衛と後衛に分かれることが多い。前衛は、分別しながらごみをかき分け進んでいく。後衛は、ごみ袋を広げたり、分別に使う段ボールを用意したりするなどのサポート役を担う。
尿ペはそのまま捨てることはできない。後で中身をトイレに流すため、尿ペだけを分けておく。
前衛に入った僕は、やられた社員の仇を取るように躍起になっていた。強いメンタルとフィジカルを見せ、ごみの中をズイズイ進んでいく。
一心不乱に進んで行くと、ある時から、「可燃ごみ中心に掘ろう」と思うだけで可燃ごみが浮かび上がり、手が可燃ごみを自動的に掴むようになっていた。いわゆる、「分別ゾーン」に入ったのだ。僕はゾーンに入ることがたまにある。
社員に「ゾーンに入りました!」と伝えると、一瞥もくれずに「そうですか」と返された。
ゾーンに入っているうちに、行けるとこまで行くぞと分け進んでいると、窓の外から「お疲れ様でーす」と声を掛けられた。朝の“不動産屋”が差し入れを持ってきてくれたようだ。全員、休憩がてら外に出ることにした。
「お疲れ様です! これ良かったら」と、ペットボトルの濃いタイプの緑茶を全員分頂いた。
お気づきの方もいるかもしれないが、尿ペの見た目はほぼ濃いタイプの緑茶だ。ここで緑茶をゴクゴク飲めるようなタフなヤツは、そういない。
「ありがとうございます」とお礼を言いながら、誰も手をつけることなくトラックにしまいこんだ。
“不動産屋”は、「よろしくお願いしますね!」とスーツの上着をファサッと肩にかけ、爽やかに帰って行った。

朝、その男性と打ち合わせをしていた社員に、「今の不動産屋さんからの依頼なんですか」と聞くと、「今のが住人だよ」と返された。
住人?
誰が?
今の人? 不動産屋みたいな人?
「嘘だ!!」と心の中ではなく、口に出していた。
スーツもきっちり着ていて、髪もきっちりセットしていた。まったく「そう」は見えないのだ。
だとすると、緑茶の差し入れも疑問が出てくる。わざわざ緑茶!? 自分の尿ペが緑茶みたいだなとわかってるはずなのに、なぜ!?
そして、朝の「よろしくっす!」もモヤモヤしてくる。こんなに明るく自分の尿ペの片づけをお願いする人も珍しい。
現場が動揺している。
しかし、休憩は終わる。作業を進めなければならない。
尿ペ屋敷の難点の一つに、「尿の出元と会うとなんか進まなくなる」というのがある。
尿ペを作った張本人を目の当たりにすると、常に顔がチラつくのだ。
あの爽やかな人が……。僕のゾーンは完全に解けた。
作業を再開するも、半分まで進むのに3時間はかかった。この時点で尿ペは200本以上出てきている。200個のあの爽やかな顔が並んでいる。
爽やか尿ペ顔を振り払い、さらに掘っていくとベッドが出てきた。ベッドの周りはほぼ尿ペで囲まれている。作業自体は分別していくだけなので早いのだが、後が思いやられる……。
リビングの作業がすべて終わった頃には夕方になっていた。十畳のリビングのごみだけで、2トンロングトラック4台分。何より、尿ペが500本強出てきた。現場のトイレで流す時間がない……、どうする?
苦渋の決断を社員が下す。
「一旦持って帰ります」
……全員が頭を抱えた。
現場での作業は終了となった。
不動産屋風スーツ住人が再び現れた。「いやぁ、大変でしたね! ありがとうございます。今度は別の部屋をお願いしようかな! ハハッ!」と、爽やかに僕ら全員の顔を見渡しながら言ってきたので、顔を伏せながら「是非!」と答えるのがやっとだった。
僕たちは帰社後、倉庫に計500本の尿ペを運んだ。
後日、倉庫のトイレで地獄の尿ペ流し500本ノックが始まる。尿ペは時間が経つと中で劣化が進み、蓋がかなり開きにくくなる。
力任せに開けると、スプレー状の尿がプシュ! と炭酸のように飛び出てくる。
ペットボトルと蓋の間から紫色の煙が出て来て、渦を巻きながら上がり、僕の目の前で悪魔となって大きな口を開けてウハウハと笑っている(完全に僕の個人的なイメージ)。
住人はいないので、存分に「おえぇ!!」とえずけることだけが救いだ。
尿ペを流している僕を見た社員曰く、50本を超えたあたりで僕の白目と黒目の境目がなくなり、ほぼ白目になっていたらしい(彼の個人的なイメージ)。
250本で他のバイトとバトンタッチ。
500本すべての開封作業を終える頃には鼻がなくなっていた(僕の個人的なイメージ、ね)。
どんな人が尿をペットボトルに入れるかは誰にもわからない。
今回の現場で、尿ペの闇深さを知った。
(柴田 賢佑(六六三六)/Webオリジナル(外部転載))