コロナ禍の収束、歴史的円安などの影響で、外国人観光客が日本に押し寄せている。そこで表面化しているのが、「オーバーツーリズム」問題だ。なかでも京都では、観光客が多すぎて住民が「市バス」に乗れないという事態が発生しているそう。著書『オーバーツーリズム解決論』(ワニブックス)を発表した、九州大学准教授の田中俊徳氏が、オーバーツーリズムに苦しむ京都の現状を解説する。
日本国内において、オーバーツーリズムの代表例とされるのが、京都と富士山である。
京都では、観光客が多すぎて住民が市バスに乗れない状況が生じている。京都市バスは、慢性的な赤字を抱えており、京都市の税金によって補填されている状況のため、京都市民が市バスに乗れない状況は大きな問題である。
NHKの取材では、下記のような悲痛な声が聞こえてくる(2023年9月13日放映)。
「人がいっぱいだとバスに乗るのを見送ることもあります。私は足が悪いので座りたいですが、最近はほとんど座れていません」(市内に住む50代男性)
「キャリーケースを持ったグループの観光客がいてバスに乗ることができなくて、地下鉄を利用したこともありました。観光客と地域の住民を分けてバスを利用できたらいいなと思います」(市内に住む80代女性)
大型スーツケースがバスの入り口を塞ぎ、奥に人が進めないことで、バスの発車が遅れる事態も多発している。これが渋滞の主要原因にもなっているとも言われる。
京都市バスでは、以下のようなポスターを各所に貼って「手ぶら観光」の普及啓発を行っているが、拘束力がないため、大型スーツケースを持ち込む観光客は後を絶たない。
とりわけ、中国人はお土産をたくさん買う文化があるため、スーツケースを重用するという指摘もある(村山祥栄『京都が観光で滅びる日』ワニブックス刊、2019年)。
京都市では、バスの増発や一日乗車券の廃止、比較的空いている地下鉄への誘導等の対策を行っているが、こうした手法のみで状況が改善するかは心もとない。
この他にも、「京の台所」として知られる錦市場での食べ歩きマナーやポイ捨ての問題、舞妓で知られる祇園の花見小路で、舞妓さんの写真を撮ろうと執拗に追いかける外国人の迷惑行為が問題となっている。
錦市場は地域住民が利用する歴史ある市場であるが、近年は干物や乾物、漬物といった伝統的な商品よりも、単に儲かるという理由で、アイスクリームやスイーツを売る店が増えるなど、「京都らしさ」が失われていくパラドックスが見られる。
東洋文化研究者のアレックス・カーは、これを町の「稚拙化」と呼んでいるが、表層的な市場原理が、文化の多様性や真の美しさを壊してしまう状況はオーバーツーリズムとも関係が深い問題である。
※アレックス・カーは、日本が土建国家として美しい自然と文化を破壊してきたことを批判した『犬と鬼』(講談社、2002年)でも知られる。
かつて、祇園の花見小路は、「一見さんお断り」という言葉に代表されるように、観光客が軽装で堂々と歩けるような場所ではない雰囲気が濃厚に漂っていた。
今では、Tシャツに短パンの外国人観光客が、我が物顔で写真を撮りまくり、風情や格式が失われる事態に陥っている。
私が京都大学にいた頃(2010年頃)、研究室の忘年会が祇園で開かれた。祇園でアルバイトをしている後輩が一見さんお断りのお店を手配してくれたが、あの頃は、祇園らしい風情がまだ濃厚にあったことを覚えている。
祇園では繁忙期に警備員を配置したり、迷惑行為の禁止を呼びかける看板を設置するなどしているが、こうした観光地然とした対応そのものが、祇園の風情や格式を失わせているようにも思われる。
京都は観光客に支えられている町でもあるが、風情や情緒を理解しない観光客が殺到することによって、京都の持つ伝統や文化、格式が、蹂躙されている。京都の状況は、ヨーロッパのヴェネツィアやバルセロナのように、長い歴史と文化、強固な地域アイデンティティを持つ諸都市が観光客を「侵略」と呼ぶ状況と酷似している。
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