生活に困窮するあまり、ルフィグループが募集した「闇バイト」に応募し、2022年に東京中野区で発生した強盗傷人事件に加わってしまった男の裁判傍聴記後編。なぜ男はそこまで追い詰められてしまったのか――。
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【写真】路上に1000万円の札束が巻きちらされる中、逃走車両から転倒し、仲間に置き去りにされた和野正弘被告の「確保写真」
5月23日に行われた被告人質問で、和野正弘(36)は弁護人に問われながら、自身の転落人生を語り始めた。
岩手県の姉2人がいる5人家族のもとで生まれたが、両親は小2の頃に離婚。以来、父親とは音信不通になった。両親の離婚後、金銭的な事情で父方の祖父母に預けられることになったが、そこで“義理の兄”から虐待を受けたという。
「辛くて地獄でした。殴られたり、罵倒されて包丁を持って脅されることもありました…」(被告人質問より、以下同)
その状況を知った母が子供達を引き取り、4人での暮らしが始まったが、母が出稼ぎのため家を出ていってしまい、今度は子供たちだけで暮らすことになった。
「ノートやペンを友達から借りなければならないほど貧しかった」
「家には帰りたくなかったので、友人の家を転々としながら、図書館で借りたファンタジー小説の世界に入り浸っていた」
卒業後は地元のスーパーでアルバイトをしながら長女と2人暮らしをしていたが、
「生活費として渡していた金を姉が勝手に使い込み、家賃が半年分滞納していることが発覚。この人と一緒に暮らせないと思うようになった」
そして20歳頃、わずか1~2万円を握りしめ、夜行バスに乗って東京に出た。
フリーペーパーで衣食住付きの派遣仕事にありつき、3~4年働いていると大きな転機が訪れた。友人の紹介で趣味だった「カードゲーム」の製作会社に転職できたのだ。和野はその時のことを「ずっと憧れていた職業だったから、すごく嬉しかった」と思い返した。
「対戦型のカードゲームのテキストを作る仕事でした。このカードを出すとこんな効果が生まれるとか。北欧神話の伝説をモチーフにしたり、イメージしたりしながら効果を考えました」
だが、充実した会社生活は3年で幕を閉じてしまう。経営が悪化してカード会社が事業から撤退してしまい、転職を余儀なくされた。その後、友人の紹介で秋葉原のカードショップの店員として勤務することになったが、
「クレーマーの目の敵にあって、続けられなくなり…」
それから現場系の派遣仕事に戻って、しばらくは月30万円くらい稼ぐなど安定した暮らしを送っていだが、今度はコロナの影響で仕事が減らされてしまったという。
「月給は7万円を下回るようになり、切り詰めて生活していたがどんどん貯金を切り崩す生活になり、50万円あった貯金が底をついた」
「頑張って生きてきたがもうダメだ、報われないんだと心が折れてしまいました」
失業保険をもらうために会社に離職票を書いて欲しいと頼んでも、辞めた人間にかける義理はないと断られて行き詰まり、いつしか友人から借りた借金は50万円を超えてしまった。最後は電気・水道まで止められてしまい、闇バイトを検索してしまったという。
和野が泣き崩れたのは、弁護人から「なぜ家族に救いを求めなかったのか」と問いかけられた時だった。
「家族に憧れる気持ちはずっとあったのですが、もう2度と裏切られたくないという思いがあった…」
10年ほど前、東京で職を点々としていた頃、特殊詐欺に巻き込まれて逮捕された時、母親に連絡を取ったものの返事がなかった苦い思い出があった。
闇バイトに応募してはしまったが、「タタキが強盗を意味する言葉だとは知らなかった」「人を傷つける仕事をするつもりは最初からなかった」、「キムには免許証など個人情報を提出しており、裏切り者は腕を切り落とすと脅されていた」と脅迫があったため逃げられなくなり、やむなく事件に加わってしまったと語った。
拘置所の中で己の行動を後悔し、反省する気持ちをノートに綴って、被害者へも謝罪の手紙を書いてすでに弁護人に預けている、罪を償った後は働いて弁済していくつもりとも語った。
そして弁済が晴れて終わり、自由の身になった暁に挑戦したい夢をこう語った。
「パスポートを取って、英語を勉強し、自分が好きだったファンタジーの世界の舞台であるイギリスの街に行ってみたい」
弁護側は和野の親友を証人として呼んだ。親友は法廷に入る時、和野の肩を強く叩き、励ましてから証言台に立ち、
「被告人は元々正義感の強い人間だった」
と和野を庇った。そして、「被告人は一生の友達だから、罪を償って出てきたら住まいや仕事の面倒を見るつもりです」と身寄りのない親友の再起を支えていくと決意を語った。
その間、和野は肩をわなわな震わせながらずっと泣いていた。
検察側は論告で「周到に計画され、匿名性が高く、組織された集団による危険な犯行だった」「被告人は最後まで現場に残り、現金の奪取に力を及ぼしていた」として懲役13年を求刑。
弁護側は最終弁論で「事件を主導したのはすべてキムで被告人は生活に行き詰まり、選択肢を奪われ、最後はキムと永田に脅されて関与したに過ぎない」「反省し未来への希望を語り出した和野に再起のチャンスを与えるべき」だとして、長期の懲役刑は避けるよう訴えた。
5月31日、裁判員によって下された判決は懲役10年の実刑判決だった。(文中、呼称略)
前編【ルフィに操られて強盗に加わり最後は”置き去りにされた男”に「懲役10年」 男はなぜ闇バイトに手を出したのか】を読む
デイリー新潮編集部