「あなたは会社の評判をおとしめた大罪人」「損害は10億、20億じゃ済まない。それを背負う覚悟で話をしているか」
2021年7月、大阪地裁。
学校法人「明浄(めいじょう)学院」の土地売却を巡る横領事件の公判で再生された取り調べの録音・録画(可視化)の映像には、大阪地検特捜部の男性検事が、逮捕した不動産開発会社「プレサンスコーポレーション」(大阪市)元部長に語気荒く迫る様子が記録されていた。
特捜部は元社長・山岸忍(61)が事件を主導したとの構図を描き、元部長から山岸の関与を示す供述を引き出す狙いだった。映像には、検事が密室で「検察なめんなよ」「ふざけるな」とののしり、机をたたいて「ウソだろ」と威圧する場面も収められていた。元部長は結局、山岸の関与を「自白」した。
その後、特捜部に逮捕された山岸は一貫して否認。公判では元部長の供述の信用性が争点となり、録音・録画のデータが証拠採用された。地裁は「検事は元部長に必要以上に強く責任を感じさせた。虚偽供述をしようとする動機を生じさせかねない」として信用性を否定し、21年10月、山岸に無罪を言い渡した。
山岸は、「違法捜査」を刑事と民事の両面で訴え出た。捜査担当の検事を刑事裁判で裁くよう求めた「付審判請求」では、地裁が「取り調べは元部長に精神的苦痛を与える陵虐行為にあたる」と認定し、大阪高裁で審理が続く。国に損害賠償を求めた民事訴訟でも、地裁が刑事裁判で証拠開示された録音・録画データの提出を国に命じる異例の決定を出したほか、6月には元部長を取り調べた検事ら4人の証人尋問も予定され、余波は収まっていない。
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東京、大阪、名古屋の3地検のみに設置された特捜部とは別に、規模が比較的大きい10地検には独自捜査を行う「特別刑事部(特刑部)」がある。横浜地検特刑部が摘発した犯人隠避教唆事件でも、取り調べの問題が発覚した。
この事件では、無免許で死亡事故を起こした男に虚偽の供述をさせたとして、元弁護士の江口大和(38)が18年10~11月に逮捕・起訴され、有罪が確定した。江口は22年3月、長時間の取り調べで検事から人格を否定する発言を受け、精神的苦痛を被ったとして、国に慰謝料を求める訴訟を東京地裁に起こした。
江口の訴訟でも地裁が取り調べの録音・録画データの提出を国に促し、今年1月、一部の映像が法廷で再生された。男性検事が黙秘を続ける江口に「おこちゃま的発想なんですよ」「ウソをつきやすい体質なんだから」と言い放つ様子や、「弁護士全体の品位をおとしめたと泣きながら言うしかねえんだよ」と発言する場面が記録されていた。
江口は、取材に「どなり声などとは別の理不尽さがあった」と振り返り、憲法で保障された黙秘権の侵害にあたるとも訴える。国は「取り調べは適法だった」と争う姿勢を崩しておらず、判決は7月に言い渡される。
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大阪地検特捜部の証拠品改ざん事件では、元厚生労働次官の村木厚子(68)(無罪確定)が郵便不正事件に関与したとの見立てに沿うよう証拠品のデータを書き換えた検事や上司らが証拠隠滅や犯人隠避で有罪となった。関係者に虚偽供述を強要した点も批判され、取り調べの録音・録画実施へとつながった。
現在は裁判員裁判事件と検察独自事件で、逮捕・勾留中の容疑者の取り調べの全面可視化が義務づけられている。検察側も任意性の立証などに活用してきたが、山岸と江口のケースでは容疑者を追い詰め、翻弄(ほんろう)する検事の姿が法廷で映し出された。
山岸の代理人で元検事の弁護士・中村和洋(52)は、「見立て通りの供述を強引に取る手法で冤罪(えんざい)が生まれている。検察改革といっても、特捜部は何も変わっていない」と批判する。
一方、参院選の大規模買収事件を巡る供述誘導疑惑の舞台となった任意の事情聴取は、録音・録画が義務化されていない。この疑惑では、東京地検特捜部検事が録音・録画を行った際、買収の趣旨を否定する供述を記録せず、最高検の調査で「不適正」と認定された。
最高検で2月に開かれた参与会では、メンバーの一人が任意聴取の録音・録画に触れ、「実施状況のデータすら取られておらず、ブラックボックスになっている」と問題視した。
ある検察幹部は、独自捜査で問題が相次ぐ現状について「爆弾がはじけたようだ」とし、「捜査にたけた検事が配属される特捜部や特刑部で続発しているという深刻さを受け止めなければならない」と危機感を募らせる。(敬称、呼称略)