日本を代表するファミリーレストラン「サイゼリヤ」。イタリア料理の精神に沿った、素材を活かしたおいしい料理が、ごくリーズナブルに食べられるのが大きな魅力の同店。しかし、サイゼリヤのメニュー価格には“値付けの根拠”がないのだという。いったいどういうことなのか。
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サイゼリヤ元社長である堀埜一成氏の著書『サイゼリヤ元社長が教える年間客数2億人の経営術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/続きを読む)
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サイゼリヤは「日々の価値ある食事の提案と挑戦」を経営理念に掲げています。サイゼリヤが毎日でも利用できるレストランであるためには、「お財布にやさしい=リーズナブルな価格」というのは絶対に外せないポイントのひとつです。
そのため、商品の価格設定は、経営におけるきわめて重要な意思決定となっています。
具体的には、創業オーナーである正垣会長が決めていたわけですが、その決め方がすごかった。値段が先にありき、なのです。商品をパッと見たときに、「いくらなら出していいよ」と先に値段が決まる。その値段で出せるかどうかはあとで考えるということです。
たとえば、ミラノ風ドリアも最初は480円でした。それがいまでは税込み300円になっています。500円近くのものを300円まで下げるのに、根拠はどこにもありません。いちばん売れている商品だから、半分くらいまで値下げすれば、お客さまは喜んでくれるだろう、という思いだけで値下げが決まったのです。
写真はイメージです AFLO
値段は一瞬で変わっても、それを実現するのはたいへんです。いままでと同じやり方をしているだけでは原価は変わらないので、とうてい300円では出せません。それまではホワイトソースやミートソースを外部から調達していたので、それらをすべて内製化する必要がありました。工場をつくり、各店舗でやっていた作業の一部を工場に集約して、やっと原価が下がってくるからです。
私がサイゼリヤに来た当初は、工場は埼玉の本社があるところにひとつだけという体制でした。しかも、工場と名前がついていても、やっていたのは野菜を洗うことくらいで、実態としては配送センターに近かった。
そこで、神奈川と福島に新たに工場を立ち上げ、初の海外工場としてオーストラリアにも進出します。製造と販売を一手に担うユニクロのレストラン版を目指したのです。そうした経緯については、あとの章でくわしく説明します。
工場をつくって生産性が上がると、出店戦略でも優位に立てます。各地のショッピングセンターに出店できるようになるからです。
テーブルレストランにとって、ショッピングセンターの最大のネックは、営業時間が短いことです。夜も比較的早い時間に建物そのものが閉まってしまうので、ディナータイムがほとんどない。これは、長時間営業してはじめて利益が出るような業態にとっては致命的です。低価格帯のレストランにとっても非常に厳しい条件ですが、それがむしろサイゼリヤのブルーオーシャンになっています。ディナーがなくても、利益が出る構造になっているからです。

サイゼリヤの生産性が高いのには、調理工程の一部を工場に集約したことで、キッチンの面積を小さくすることができたこともひと役買っています。厨房は利益を生まないコストゾーンなので、狭いに越したことはない。浮いた面積をプロフィットゾーンである客席に充てれば、その分、儲けが出やすくなります。同じ家賃なら、キッチンが小さいほうが有利なのは言うまでもありません。
さらに客席の配置によって、同じ面積でも、より多くのお客さまに座ってもらえるようになります。テーブルごとの設備が大きい焼肉店などでは、配置を工夫するといっても限界がありますが、イスとテーブルだけあればいいサイゼリヤには、テーブルの配置のしかたにもさまざまなノウハウがあります。
客席の隙間を狭くすれば、店のにぎわいを演出できます。空席があまり出ないほどの集客力があるなら、より「密」なつくりにしたほうが利益も出やすいわけです。
ショッピングセンターは全国各地でつねに一定数開業しているので、出店依頼が絶えません。サイゼリヤには集客力があるので、なおさらです。
ショッピングセンターのレストラン街にサイゼリヤが入ると、ほぼ一人勝ち状態になります。もっと高い価格帯なら可能性はありますが、サイゼリヤと同じ価格帯のレストランで対抗するのは難しい。それほどサイゼリヤは強いのです。
サイゼリヤは、特定の地域に固めて出店するドミナント戦略を採用しています。店が日本全国にちらばって、商圏の規模に応じて等間隔に店を出すような出店戦略では、配送効率も悪く、調理工程の一部を工場に集約した意味も薄れてしまうからです。
特定の地域にまとめて出店すると、その分、商圏が狭くなるため、利用頻度が高くないと成り立ちません。利用頻度を高めるためには、普段使いのレストランである必要がありますし、毎日のように利用してもらうためには、価格は安くなければなりません。これらはすべて連動していて、このバランスが崩れると、ドミナント戦略はうまくいかないのです。
単価の高いレストランがドミナント戦略をとろうとして失敗するのは、値段が高くて利用頻度を上げられないからです。利用頻度が上がらなければ、自社の店同士で潰し合うカニバリゼーション(共食い)が避けられない。その場合は、商圏をもっと広くとるのが正解です。
ここまで見てきたように、サイゼリヤには、ほかの会社では当たり前におこなわれている「常識」が通用しない面がたくさんありました。あれもない、これもないのに、なぜかうまくいっている。だからこその「奇跡」だったわけですが、一方で、従来のやり方を続けているだけでは、これ以上、ビジネスを大きくするのは難しい。そういうタイミングに、サイゼリヤが来ていたのも事実です。
伸び盛りの会社が必ず通過しなければならない壁に直面していたサイゼリヤが、これからも「奇跡の会社」であり続けるためには、組織の土台をしっかりと構築し、インフラを整備しなければならない。味の素にいた私にサイゼリヤから声がかかったのは、ちょうどそんなタイミングでした。
足元を固めることが、最初から私の使命だったのです。
〈バラエティ番組出演で利益が6倍に…それでも「サイゼリヤ」が“テレビ封印”を決めた“納得の理由”〉へ続く
(堀埜 一成/Webオリジナル(外部転載))