世界中で近視の子どもが急増しています。2050年までに「人口の半分が近視になる」という試算もあり、失明のリスクを伴う合併症も懸念されています。そうしたなか、国策として始まった中国の近視対策と、日本人医師らによる最前線の取り組みを取材しました。
【写真を見る】「強い近視から、失明の危機に直面した人も」世界で急増する近視 日本と中国の対策最前線【報道特集】
日本最大の近視治療の専門外来であり、東京医科歯科大学の先端近視センターのセンター長・大野京子教授は、近視研究の第一人者だ。登録患者数は国内外6000人に達する。
ここに通院している土谷眞由美さん(66)は、緑内障を患っている。土谷さんの視野検査の結果に示された、視野を表す円を見ると・・・
先端近視センター センター長 大野京子 教授「真ん中から下にかけて、真っ黒な領域がある。真っ黒なところは全然見えていない」
日本人の失明原因1位である緑内障。大野教授は、この緑内障になる要因の1つが近視だという。
大野教授「近視は弱い近視でも、緑内障の危険因子になる」
近視の多くは本来、球体である眼球が伸びることで、焦点が合わなくなる状態をいう。
成人の正常な眼球で、角膜から網膜までは約24ミリ。しかし、土谷さんは35ミリに達そうとしていた。
こうした眼球の変形が、視神経を痛めるという。
大野 教授「これが左目の眼底写真ですけど、これ(左端に見える部分)が視神経です。視神経というのは本来丸いものなんです。それが上下方向に引き伸ばされています。こういう変形があると、神経の繊維が障害されて視野の異常を起こすんですね」
土谷さんも、小学生の時に強度の近視だと診断された。18歳からはコンタクトレンズで視力を矯正し、50代までは緑内障の自覚症状もなかったという。病状の進行を止めるための手術が決まった。しかし、失われた視野は、もう戻らないという。
土谷眞由美さん「近視が強いくらいで失明の危機になるとは思ってもいなかったですね。怖いですよ、本当に」
大野教授は、さらに、こんな実例を挙げた。
大野教授「30歳とか、そういった若さで発症してしまう強度近視の緑内障の方もいらっしゃって、そうすると、もう50年間、視野を保つのは本当に難しいんです。60歳とか50歳とか生産年齢の間に光をなくしてしまう、完全に失明に陥る」
今、近視は世界的に増え続けている。
オーストラリア・ブライアン・ホールデン・ビジョン研究所の試算では、2050年には近視が世界人口の約半分にまで膨らむとされた。
強度近視には、その内の10人に1人が陥るとされ、WHOも公衆衛生上の深刻な懸念として挙げている。
日本でも、いま近視の子どもたちが増えている。
東京・北区の柳田小学校を訪ねた。6年1組では25人のうち、4割に当たる10人がメガネを着用していた。
文科省によると、裸眼視力が1.0未満の子どもは6歳で23.2%。17歳では72%を超える。そのほとんどが近視だ。統計が始まった1979年以来、最も高い割合で、小学生に至っては倍増している。
膳場貴子キャスター「自分ではどうして目が悪くなったと思っていますか?」
6年生「寝る前とかに暗い所でスマホとか見て、それで目が悪くなったんじゃないかな」「ずっとゲームをしてたりとか、長時間テレビを見てたりとかしたからと思います」
スマホや携帯ゲームの普及で子どもたちを取り巻く生活環境は、ここ十数年で激変している。
一方で、スマホを持たず、ゲームもしないという子どもまで近視になっているケースもある。
4月から小学4年になる佐藤レイカさん(仮名・9歳)は、ゲームもしない、テレビもほとんど見ない。しかし3年前、小学校入学直後に行われた視力検査で0.1以下の近視と診断された。
母親のナオミさん(仮名)は驚いたという。
レイカさんの母 佐藤ナオミさん「かなりショックで、私の育て方に問題があったのかとか、遺伝的なものなのか、その原因的なものも気になった」
娘は、なぜ近視になったのか。ナオミさんは先端近視センターで、その理由を聞かされた。
ナオミさん「基本的にインドアが好きで、とにかく本の虫というか、絵本を2時間3時間ずっと続けて読むような子だった」
実は近視には、ゲームやスマホなど電子機器そのものより、目と見ているものとの距離、そして見ている時間が問題なのだという。
本来は球体である眼球。しかし、成長期、本でもスマホでも、30センチより近い距離で長時間見続けていると、網膜よりも後ろになる焦点にあわせて眼球が伸び、近視となるリスクが高まることが分かってきた。
レイカさんは、いま、オルソケラトロジーという治療を行っている。夜、寝る時に特殊な形状のハードコンタクトレンズをいれ、角膜を変形させることで、視力を一時的に矯正。翌日は、レンズを外しても裸眼で生活できる。
ナオミさん「(レンズを)とった後に、この子が『見える』って言ったんですよ。私、その時すごい涙が出ちゃって。今まで見えない世界で生きてて、それが分からなかったんですよね。本人も多分びっくりだったと思うんですよ」
そして、この効果が眼球の伸びを抑制するという。
3か月に1度、レイカさんは検査で先端近視センターに通っている。
ここに通い始めた小学1年生の頃、レイカさんの眼球の長さは成人とほぼ同じ24ミリに迫る勢いだったという。
先端近視センター 五十嵐多恵 医師「最初、7歳6歳の子にしてみれば、100人連れてきたら99番目くらい目が長かったんですが、今は90番目とか85番目くらいまで下がってきていると思うので、ものすごく治療の効果が出ていると思います」
レイカさんには角膜の炎症なども見られず、このまま治療を続けることになった。
先端近視センターで治療する子どもの数はすでに1700人を超えた。最前線の医師は言う。
先端近視センター 五十嵐 医師「発症がすごく低年齢化していて、何もせずに放置して、そのまま受験とか頑張ると、恐らく10(最強度)近い近視になると思う。今までに経験していないことなので、それは大分、危機感はあります」
一方、トップダウンで近視政策を「国策」として強力に推し進めている国がある。
北京市にある、通称「眼鏡城」には、同じエリアに100を超える眼鏡店がひしめきあっている。
また、視力回復のための健康機器を販売している店舗では、眼の“ツボ”を刺激し、疲労を回復する「アイマスク」を取り扱っていた。
販売店の店長「若者の近視を予防するため、目の検査や眼鏡づくりをしています。目の疲労を軽減する治療もしています」
中国では近年、いわゆる“近視ビジネス”が急拡大している。近視人口は6億人を超える。高校生の近視率は8割に達し、日本の7割を上回っている。さらに、視覚障害による経済的損失がGDPの1%~2%にのぼるという研究機関の試算が社会に衝撃を与えた。
危機的状況に、14億人のトップ・習近平国家主席自らが号令をかけた。
習近平 国家主席(中国SNSより)「みんな(子どもたち)、いい顔をしている。眼鏡の子が少ないのは大切なこと。私の密かな悩みは、今の子どもたちの大半が眼鏡をかけていることです。目を大切にしなさい」
2018年、中国政府は近視対策のプロジェクトを立ち上げ、「近視は国家と民族の未来の大問題だ」と、宣言した。
2030年までに高校生の近視率を今よりも約10%低い、70%以下に抑制するという目標を掲げた。学校に対しては、「1日2時間以上の屋外活動を確保すべき」と通達した。
実はこの「屋外活動」、中国の前に台湾が導入し、各国の近視政策に大きな影響を与えている。
台湾では、2011年に小学生の近視率約50%を4年間で約46%に改善。週2時間半以上の屋外運動を法制化した。
中国政府はハード面での整備にも巨額の予算を投じている。武漢市では、子どもの姿勢を矯正するため、机に「バー」を設置した。
国営通信社が制作した動画では、陝西省の学校に対する手厚い対策をPRしている。
女性教師「視力専用の教室があります。ここで目が悪い子どもには、 休み時間を使って視力を保つ訓練をさせています」
民間でも、最新の技術を導入している。
ゴーグルから眼に向けて放たれる、「レッドライト」。2014年、中国でこの光が目の血流を改善し、近視の進行を抑える効果が発見された。
――視力に変化は?治療を受けた子ども「視力は下がっていません。前よりもはっきり見えるようになりました」
近視クリニックの院長「中国では、この装置を10数万人の子どもが使っています」
ただ、新たな治療法のため、一部の装置では健康被害も確認されている。網膜に疾患がある場合、視覚障害が発生する可能性もある。
しかし、アメリカの論文によると、治療のルールを守った被験者の90%近くに近視の進行を抑える効果があったという。
専門家によると、中国では様々な近視治療が試験的に始まっている。
北京茗視光眼科医院 周躍華 院長「近視対策として薦めているのが、屋外活動や低濃度のアトロピンです。子どもの目の発達に応じて、様々な治療法を実施しています」
「低濃度のアトロピン」は日本では未承認だが、厚労省によると、審査に通れば来年にも承認される見通しだという。
近視は国家の課題だ、と訴える。
北京茗視光眼科医院 周躍華 院長「中国政府主導の近視対策は病院・学校・家庭にも及んでいます。子どもは3歳になる前に先天性の目の病気がないか検査し、それ以降も目の健康データを記録している。日本も同様のデータをとるべきです。近視は単に眼鏡をかければいい、成人になったら手術すればいい、と思ってはいけません」
近視対策で後れを取る日本。その現状に危機感を抱き、動き始めたのが眼科医の窪田良さん。窪田さんは、緑内障の原因遺伝子である「ミオシリン」を世界で初めて発見。さらに、NASAと共同で医療機器の開発にも取り組んできた。
そんな窪田さんがいま、最も力を入れているのが子どもたちを対象とした啓発活動だ。
台湾の成功例を元に、“1日2時間”は“1000ルクス以上の光”のもとで過ごすことを推奨している。
窪田医師「この部屋の中で照度計を押すと、370ルクス。“1000ルクス以上は見なきゃ”って、ここではなかなかそのルクスが無いのがわかると思います」
明るさを測定する照度計で室内と屋外の明るさを比べてみると・・・
べランダに出た生徒「5000!」
さらに、屋上のような周りに遮るものが無い場所では3万ルクスを超え、日陰でも4200ルクスの測定値が示された。
窪田医師「人間の目って明順応とか暗順応でそこまで眩しく感じないように瞳が縮んだりして調節してるんです。だから意外に(ルクス数は)多い。室内とは比べものにならないぐらい明るい」
遺伝的な要因だけでなく、環境要因が影響するという近視。
“幼少期からの取り組みで運命は変えられる”、と窪田さんは訴える。
窪田医師「小学校に行く頃から少しずつ近視って出てくるんですけど、近視が出てくる過程はその前の5、6年間でどういう生活をしていたかという結果」
スマホなどの電子機器が普及したいま、その取り扱いに悩む保護者からの相談も多いという。
保護者「うちの子ども、タブレットずっと見て、YouTubeずっと見ていて…」
窪田医師「問題は距離なんですよね。たった2時間(外で)遠くを見ているだけで、起きている間の12時間は近くを見ていても打ち消されるぐらい、外で(遠くを)見ている方が強い」
窪田さんが開発した、近視の抑制を目指す装置はアメリカで医療機器として登録されたという。
日本でも国が近視対策に取り組むべきだと話す。
窪田医師「僕も眼科医になった頃は近視って正直あまり興味が無かったですし、だから緑内障とか、本当に失明に至る病気に関心を持ってましたし、その研究をずっとやっていた。だけどよく考えたら、そうならない状態で予防してしまえば一番いい。具体的に近視の啓もう活動や外遊びをする時間を義務化に近い形で、初等教育や就学前の児童にも広められるか。そういう法整備が出来ればいいなと思いますね」