北海道の過疎化が進む町にある閉鎖された団地に移住し、2人で暮らす拓也さん夫婦がいます。そこには、この場所でしかかなえられない、夫婦の大きな野望がありました。ちょっと過酷な生活と、住み続ける理由を追跡しました。
札幌市内から車でおよそ1時間半、北海道で一番小さな町、上砂川町はかつては「炭鉱の町」として栄え、1950年代には3万2000人以上が暮らしていました。現在は住民がわずか2500人ほどで、過疎化と高齢化が進んでいます。
2016年、上砂川町にある25棟が建ち並ぶ廃団地は住民の減少と建物の老朽化に伴い、閉鎖されました。しかし、なんと今、廃団地の一角にたった2人で暮らしている勝長拓也さん夫婦がいるんです。
「こんなに雪が多いと思ってなかった」と話す東京都出身の勝長玲美さん(31)と、夫の拓也さん(30)は上砂川町に移り住み、3年になります。玲美さんは「(夜になると)街灯とかもなくて。夏は熊がいるかもしれないし、冬は特に行く場所もないので出歩かない」と生活について話します。
そんな2人の住まいは、廃団地の入り口にある小さな建物です。元々は、地元住民が会合などに利用する集会所だった建物です。
寒さ対策のため、自分たちで壁を作るなど、拓也さん夫婦で生活できるようにリフォーム。事務室だったスペースはリビング兼寝室になりました。集会所のトイレがあった場所には、洗面所とお風呂も設置しました。
それにしても、なぜわざわざ上砂川町に移住してきたのでしょうか?実は、玲美さんはチーズ工房でチーズを作っています。
手掛けているのは、地元・北海道の生乳を使った「ウォッシュチーズ」。その名の通り、洗うようにお酒をふりかけながら、作ります。玲美さんは「熟成度合いや乾燥具合を見ながら、ウォッシュする」と話し、一つひとつ、手作業で2カ月かけ熟成させると説明します。
柔らかくクリーミーでパンとの相性がバツグンです。主に、ネットや地域のイベントで販売しています。購入客からは「本当においしくて。お酒のアテにメチャクチャ良い感じで」といった声が聞かれました。
生乳は、週に1度、地元の牧場で仕入れています。運送業者は「普通じゃないです。よほどの行動力がないとできない」と話しています。
それにしても、チーズを作るだけなら、わざわざ廃団地に住む必要があったのでしょうか?
フランスへの留学中に食べたヤギのチーズのおいしさに感動した玲美さんは帰国後、大学を中退し、十勝のチーズ工房に就職しました。そこで出会った拓也さんと結婚しました。夫婦の夢の実現に、若い世代の移住者を歓迎する上砂川町が、手を上げてくれたのだといいます。
「移住者の要望にできるだけ応えたい」という町の方針もあり、格安で借りているそうです。団地の敷地の一角に、ヤギ小屋の建設も着々と進んでいます。 「夢の実現に協力してくれた町に、少しでも恩返しをしていきたい」。玲美さんが作るチーズは、ふるさと納税の返礼品として、一番人気です。年間100件の申し込みがあるといいます。
拓也さんは、町のスタッフとして、住民たちが集まる「まちの駅」に勤務しています。元々、飲食店を経営していたこともあり、週3回料理の腕を振るっています。
地元住民は「今日は何が出るかなと思って」「若い人と関わり合うと、自分もちょっと1=2歳若返る。絶対、プラスになってます」と話していました。
地域に大きく貢献しているように思えるお二人ですが、これだけではないんです。普段は、誰も近づかない団地の一角に、続々と人が集まっています。
実は、勝長さん夫婦が運営するパン屋さんなんです。玲美さんのチーズに合うパンを、拓也さんが手作りし、日曜日限定でオープンしているんです。
町の外からもお客さんがやってくる人気店で、「すごくおいしいですよ」と評判です。
目標は「4年以内の自家製ヤギチーズ実現」ですが、町への貢献はずっと続けていきたいといいます。
ところ変わって、秋田県大館市にはなんと、映画館で暮らす家族がいます。
1952年に開業した御成座は、昭和の香りが漂うレトロな映画館ですが、営業終了後に訪れると、なんとロビーでこたつに入ってくつろぐ家族がいるのです。
日本でおそらくただ一世帯、映画館に住む切替さんファミリーの大黒柱の父である義典さんは、ワケあって単身赴任中ですが、その理由は後ほど…。
古い映画館は、映写技師が住み込みで働いていたことが多く、最低限の設備はあるそうです。
切替桂さん(54)は「こっから常に冷気が入ってくる。どこにつながっているかわからない」と話しています。築69年の映画館はボロボロで、なんと室内では油が凍り付くほどの寒さです。
桂さんは「秋田が全部こうじゃないですよ」と話しますが、家の中で靴を履くのは寒さ対策のためだけではありません。桂さんは「床が抜けちゃったんですよ。裸足だと危ないんで」と理由を語りました。
上映が終わると、映画館のロビーが一家のリビングに大変身。家族団らんの場は、ここしかないのだとか。
娘の陽奈子さん(14)も「不便ではな~い?楽しいです!」と話します。でも、お兄ちゃんの哲汰さんには、苦手なものがあります。
哲汰さんは「いまだに怖いです。トイレに行くのは。お化けが出るんじゃないかと毎日震えてます」と話し、トイレは劇場の横、ちょっとくらい通路の先にあり、夜は怖いそうです。
御成座は19年前に経営不振で、惜しまれながら閉館した映画館でした。
始まりは12年前、千葉で電気工事の会社を営んでいた夫・切替義典さん(50)が、大館市で長期間の工事を受注し、滞在する物件として「御成座」を借りたことでした。
なんと、地元住民の勘違いから後に引けなくなり、自己資金500万円を投じて、御成座を再オープンさせたのです。地元住民は「まさか奇跡の復活で」「何かの間違いだと思った。すごくうれしかった」と話していました。
10年前、千葉から家族全員で大館に移住した一家でしたが、元々客の減少が理由で閉館した映画館の月の平均客数は、およそ200人でした。
灯油と電気代だけで月に25万円以上もかかり、映画館を続けていくために、義典さんは1人で、工事の仕事が多い千葉に出稼ぎに行っているというわけです。
この日、義典さんが、我が家に4カ月ぶりになぜか大きなバスで帰宅しました。
やってきたのは、10人の御成座のファンでした。『映画館で暮らす家族を応援したい』というファンが、今や全国各地にいるといいます。5年前には『御成座を存続させよう』と、1200万円以上の寄付が集まったほどです。
義典さんは「やっている本人・身内よりもお客さんの方が御成座を大事にしてくれた。すごくうれしい。御成座自身がすごいなと思った」と話し、自分たちだけの映画館じゃないという思いが、出稼ぎをしながらでも続けたい理由だといいます。
横を通過するお客さんも、家族にどこか遠慮しながら、「なかなかないよね」「本当にここで生活してるんでしょ?」「だからこそこれが成り立っているんでしょうからね」と話していました。
寒くても、不便でも、切替さん一家は御成座を守り続けています。