三重県を中心にバス事業を運営する「三重交通」の公式キャラクターとなったアニメチックな女性のイラストを巡り、肩のバランスや腰を捻ったポーズが卑猥だとして、SNSに「女性キャラクターを性的に描いている」という主旨のクレームが寄せられている。三重交通は「変更の予定はない」とコメントしたが、デザインの変更を迫る声がいまだにネットを中心に巻き起こっている。
【写真】筆者主催の美少女イラストを使った町おこしイベントの先駆け「かがり美少女イラストコンテスト」の様子
騒動になった公式キャラクターは、23歳の2年目の女性運転士という設定である。男性のキャラクターもあり、こちらは28歳で入社6年目の運転士という設定だ。ふたりとも同じ運転士の制服を着ており、女性運転士もスカートではなくパンツスタイル である。三重交通のグループ創立80周年記念事業として1月26日に公表され、2月29日まで一般から名前の公募も始まっている。
こうした二次元美少女イラストの炎上騒動は、これまでに何度も繰り返されてきた。2020年には、静岡県沼津市にあるJAなんすんのみかんの広告に使われた『ラブライブ!サンシャイン!!』の高海千歌のイラストが、スカートのシワが性的だと指摘された。2021年、千葉県の松戸警察署でご当地VTuberの戸定梨香を啓発動画に起用したところ、見た目が性的だと指摘されて削除に追い込まれた。
また、2022年には、JR大阪駅の構内に掲示されたオンラインゲームの広告に立憲民主党の前衆議院議員・尾辻かな子氏が「2022年の日本、女性の性的なイラストが堂々と駅出口で広告になるのか……」などとSNSに投稿、ネット上で大炎上した。どれほど性的なのかと気になったので見てみたところ、ただのバニーガールのイラストで拍子抜けした記憶がある。本件は広告を掲示した側が問題ないと判断し、撤去されることはなかった。
では、いったいなぜ一部のクレーマーは二次元美少女を攻撃するのか。筆者は以前「デイリー新潮」で分析記事(https://www.dailyshincho.jp/article/2023/07301300/)を書いたが、「漫画にそれなりに造詣が深い」人が多いためではないかとみている。そもそも、漫画に興味がない人はどんなイラストが描かれていようと、そもそも関心がないため見向きもしないのである。対して、知識があればあるほど細かい造形が目に留まり、気になってしまうのだ。クレーマーは気に入らない表現を見つけると、攻撃する傾向が強い印象を受ける。
筆者は、美少女イラストを使った町おこしの先駆けの一つとされる「かがり美少女イラストコンテスト」の主催者である。2007年に始まったこのイベントは、地域に伝わる伝統芸能を題材にした“美少女”を描いたイラストを募集し、地元の夏祭りで掲示するという当時としては斬新な企画だった。そのイベントの傍らで二次元美少女やイラストについて様々な研究を重ねてきたが、非常に興味深いことがわかった。
筆者が開催したイベントも何度かクレームを受けている。クレーマーの忠告は一切聞き入れなかったが、興味本位で対話をしてみたところ、「二次元美少女が性的だ」などと言ってくる人は結構熱心に漫画を読んでいたり、アニメ好きだったりすることが少なくなかったのである。「美少女イラストなど許せない!」「撤去してください!」と言ってきた女性が、実は熱心なBL漫画の愛読者と発覚した例もあった。
また、「昔はよかったのに今はダメ」という世代間のギャップのせいで批判される例もあった。「手塚治虫のような漫画であれば許せるが、今どきの絵は卑猥であり、受け入れられない」と抗議してきた50代の男性もいた。男性は自称・漫画好きであったが、結局、ニワカに過ぎなかった。手塚治虫がかの田中圭一よりも“危険”な作品を描いていることを知らなかったようだし、もう少し漫画を読んでほしいと感じたものである。
2009年、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏は『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)を著した。それから約15年、ネットユーザーが急増した結果、炎上騒動は毎日のように繰り返され、SNSでは罵詈雑言が飛び交っている。ネットは依然としてバカと暇人のものであり、むしろ状況は悪化しているようにすら思える。
一部のクレーマーやネット住民がなぜ抗議活動に精を出すのかというと、中川氏の指摘通り「バカで暇だから」に尽きる。それでいてなぜか意識だけは高いようで、清く、正しく、美しいものを好む傾向にあり、社会のモラルを乱すものが許せないのである。もちろん、そういったクレームを言うのは自由であり、好きにすればいいと思う。
問題は、バカと暇人であるネット住民の声を大企業までもが真に受けて、あろうことかあっさりと屈してしまう点にある。掲示物をはがし、WEBからイラストを削除する。これは由々しき問題であり、まったく感心しない。結果的にクレーマーに成功体験を与えてしまっているし、これをきっかけに増長する可能性が高いためだ。
仮に、クレーマーの意見を聞き、三重交通がキャラクターのイメージの修正に応じたとしよう。そうしたところで、クレーマーが三重県に観光に来る可能性は限りなく低いのではないか。完全に時間の無駄であり、何のメリットもない。筆者が見る限り、“表現の自由”の問題の多くは主催者がクレームを突っぱねるか、無視すれば解決する問題ばかりである。主催者がたった1件の抗議に屈し、撤回する前例を作ってはならない。そのあとに続く関係者が委縮し、結果的に表現の自由が損なわれる結果になってしまうからだ。
三重県内のご当地キャラクターで思い出すのが、海女をモデルにした碧志摩メグである。伊勢志摩サミットが開催された2015年、キャラのビジュアルが明らかになると「胸を強調しすぎている」などと言われて炎上した経緯がある。今回の三重交通のキャラクターと同じレベルのいちゃもんであった。現在はどうなっているのかといえば、伊勢を訪れると碧志摩メグの看板が何事もなかったように土産物屋に置かれている。SNS上でも批判の声は上がらなくなっている。
三重交通はクレーマーの声に屈せずに、キャラクターをしっかり採用し続けている。賢明な判断だと思うし、そういった姿勢を評価する声も多い。4月1日以降に名前が決まるようだが、その数か月後にはキャラクターも地域になじみ、批判の声は上がらなくなっているはずだ。繰り返すようだがクレーマーは基本的に暇なのであり、次のターゲットが見つかれば別のものを叩きに行くだろう。
思えば、エッフェル塔も京都タワーも建設当初は批判に晒されたものだが、時間が経ったら何も言われなくなり、名物になってしまった。理不尽なクレームは「無視する」に限るし、一切、相手にする必要はない。そして、何度も言うが、主催者側も安易な批判に屈しないことが重要なのである。
山内貴範(やまうち・たかのり)1985年、秋田県出身。「サライ」「ムー」など幅広い媒体で、建築、歴史、地方創生、科学技術などの取材・編集を行う。大学在学中に手掛けた秋田県羽後町のJAうご「美少女イラストあきたこまち」などの町おこし企画が大ヒットし、NHK「クローズアップ現代」ほか様々な番組で紹介された。商品開発やイベントの企画も多数手がけている。
デイリー新潮編集部