「地方移住や同窓会を機に夫婦仲が怪しくなったという調査依頼が増えています」とはキャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さんだ。
コロナを機に、政府は地方移住を後押ししてきた。2023年1月に総務省統計局が発表した資料によると、2021年から2022年にかけ、移住の数が多いのは20代~30代だが、前年比の増加率が一番高いのが実は90代の前年比14.8%増、80歳~84歳が前年比12.2%増だった。続いて75歳~79歳の7.7%増、85歳~89歳の7.1%増。その次が25~29歳の5.8%増、60~64歳の5.3%増となっている。70歳以上の移住の多い理由は、もしかすると住み慣れた町から介護のための施設に入ったということなのかもしれないが、20代は新たな仕事のために移住をする人が多いだろう。60~64歳は、定年して第二の人生のために移住をする人が多いのだろう。
しかし、家族がある場合、地方移住は一人だけの意思ですることはできない。山村さんが言うように、それを機に夫婦がぎくしゃくすることもありうるだろう。
今回山村さんのところに相談にきたのは、49歳の茉莉子さん。広告関連会社に勤務する会社員だ、結婚24年になる57歳の夫が「地元に移住する」と言い出したことに疑念を抱いた。
前編「300万円の行方は…「故郷は捨てた」はずの59歳夫が毎週末地元へ帰る謎」では、自動車関連会社勤務の夫の謎の行動をするようになるまでを紹介した。
茉莉子さんが営業に通っていた飲食店の店主が、常連だった夫との間をとりもち、結婚する。感情が表に出る茉莉子さんと、穏やかな夫の相性はよく、お互いに助け合いながら娘と息子を育ててきた。子どもたちは現在19歳と21歳。ふたりとも名門大学に通っている。
しかし、夫が2年前に地元(東海地方)の同窓会に参加してから様相は変わる。夫の両親はすでに他界しており、「故郷は捨てた」と語っていた。しかしこの同窓会を機に地元の産業を活性化させる活動に力を入れるようになり、ここ1年は毎週のように帰省している。金曜日の夜から月曜の朝まで地元にいることも増え、往復の新幹線代も月10万円以上となり、家計を圧迫。子供たちはまだ大学生であり、学費もかかる。加えて、夫の希望で買ったマンションのローンも残っている。
それなのに夫は夫婦の貯金を着服。後先顧みずに、地元の産業活性化の活動のために、通い続けている。このままでは家族がバラバラになると直感した茉莉子さんは、山村さんに調査を依頼したのだ。浮気の可能性も疑っている。
茉莉子さんは、「離婚するのは簡単です。でもそれだけじゃない。夫婦で過ごした20年以上の歳月が積み重ねてきたこともあり、できれば関係を戻したい」と言います。その前に、まずは事実関係を明らかにしなければと、調査に入ることになりました。
夫は毎週末地元に帰省するので、金曜日の終業時から会社の前で張り込みをスタート。先にペアの探偵が車で夫の地元に入っています。
長身の茉莉子さんに対し、夫は小柄です。身長160センチそこそこと言ったところ。茉莉子さんからいただいた資料は、上半身だけの顔写真でした。それを見た時に、動物に例えるとリスやモモンガのように愛らしい顔立ちだと思ったのですが、まさにイメージ通りの佇まいでした。
夫はエンジニア職ゆえか、通勤もカジュアルな服装です。フィッシャーマンズニットにチノパンを合わせており、足元はドラマ『不適切にもほどがある!』で注目されているスニーカー。学生時代から定番を着続けていることがわかります。
小柄でほっそりしているために、57歳という実年齢よりも若く見え、小走りに駅へと向かいます。品川駅で降りると駅中でプリンやゼリーを買い、東海道新幹線に乗りました。新大阪行きの各駅停車で、この新幹線に乗り慣れていることがわかります。
新横浜を出ると、そのまま熟睡し、地元駅に到着する5分前にスマホのアラームが鳴り起き、ある駅で下車。バスに乗って、住宅街に行き、大きな一戸建てに合鍵で入って行きました。
しかし、この家は夫の実家ではありません。実家はこの家から500メートルのところにあり、夫の両親が亡き後、姉一家が住んでいます。きょうだい仲も悪くないのに、別の家にまっすぐ行くのは、きっと特別な人がいるからでしょう。夫はそのまま宿泊。翌日の昼まで全く動きはありませんでした。
13時に一人で出て来た夫は、近くのスーパーへ。魚、豆、野菜、ワインを購入して再び家へ。依頼者・茉莉子さんの話では、夫は地元産業を活性化する活動に心血を注いでいると言っていましたが、会合などに出る様子もありません。
翌日、日曜日も全く動きがないままです。夫は月曜日の早朝に東京に帰って行きました。
私は相手が誰かを突き止める許可を依頼者・茉莉子さんから得て、このまま現地で張ルことにしました。月曜日になると、訪問看護の車が来たり、初老の女性が来たりしていました。この初老の女性の車を追うと、夫の実家に入って行ったのです。夫の姉だと思われます。
ひとまず、ここまでを茉莉子さんに報告すると「まさに今、夫から『1ヵ月休職して地元にいる』という連絡が入ったのです」と言います。どういうことなのか困惑しました。
そのまま張り込みを続けていると、数時間後、夫がタクシーで家に駆け込んで行くところでした。その翌日、夫は大柄な男性を支えながら、車に乗り込みます。男性はかなり具合が悪そうで、酸素吸入器をつけていました。
病院に行くのかと思ったら、地元の名所を巡っていました。夫と男性は家族のように親密で、手を握ったり頬を寄せたりしていたのです。男性は痩せ細っていて、ニットキャップをかぶっていました。闘病中であることは一目瞭然です。
絶景で知られるスポットも行っていましたが、真冬ということもあり、周囲は誰もいません。夫と男性はそれを確認すると、夫はベンチにブランケットを敷き、男性を座らせます。自分も隣に座り、ぼーっと海を見ています。そして、二人は手を握り始め、すぐに抱き合っていました。どうも二人は泣いているようです。
この男性について調べると、ずっと独身で家族は全員なくなっており天涯孤独。夫とは名門県立大学のブラスバンド部で活動していたことがあり、男性の方が2歳年上でした。
このことを報告すると、茉莉子さんは「浮気相手がいるのだろうと思っていましたが、女性ではなかったんですね」と驚いていました。そして、「夫の気持ちもあるでしょうから、この調査結果を見せずに話し合います」と帰って行きました。
それから1週間後、茉莉子さんから連絡がありました。「誰にも言えないので、山村さんに聞いて欲しいんです」と言うので、カウンセリングの依頼をお受けしました。
「結論から言うと、男性は夫のかつての恋人でした。男性と夫が付き合っていたのは大学時代の2年間で、男性が東海地方の国立大学に進学してから遠距離になり、自然消滅したそうです」
男性は、大学卒業後、大手企業に勤務し、数年前に介護退職します。両親を看取った後に、自分にもがんが見つかったそうです。
「そのタイミングで、夫と再会したみたいです。コロナ後の同窓会の会場になったお店に、たまたまこの男性がいて、昔話に花が咲いたそうです。男性と夫とは学生時代も性交渉こそなかったものの、心も体も開いて付き合っていた。そもそも二人の恋のきっかけは、夫は小柄で愛らしい見た目もあり、“オカマ”とか“おとこおんな”などとばかにされ、しごきの対象になっていたことらしいんです。それを守ってくれたのが先輩だったと」
青春時代の恩人であり、愛した人がたった一人で死に向かっている。
「それをほうって置けないという夫の性格もよくわかります。貯金から持ち出したお金は、男性の治療費の足しにしたそうです。夫は男性を生かしたかったみたいなんですよ。でも、その望みは尽きたと……」
茉莉子さんは「言ってくれればよかったのに!」と夫に言いますが、夫は「これは心の浮気でもあるから、まりちゃんには隠しておきたかった」と言ったそうです。
「それを聞いて、“そうだ、浮気なんだ”と。もし、これが女性だったら、私はもっと怒っていたかもしれない。でも、男性だったから、こうして穏やかな気持ちでいられるのかもしれない」
その後、夫は男性を看取り、お葬式を出した後に、再び家庭に戻って来ているそうです。使ったお金は男性の遺族から返還され、何事もなかったかのような穏やかな日々が続いているそうです。
男性が天国に旅立ったことはお気の毒なことで、心から冥福を祈ってやみません。
ですが、青春時代をともに過ごした愛する相手に寄り添われながら旅立つことができたのは、幸いなことではあったのだろうと思います。夫は茉莉子さんに「先輩が孤独な身でがんだから寄り添いたい」と言えたはず。そうであればお金のことだって疑われずに済んだことでしょう。しかし看取りたいと思ったその気持ちを「心の浮気」と断言するほど、この男性が大切であり、愛していることを隠すことはできないと思ったから言えなかったのでしょう。ある意味では、茉莉子さんたちのことも大切に思っていたから言わなかった、ということでもあります。
今回、心に残ったのは、茉莉子さんの「浮気相手が男だったから穏やかな気持ちになれた」という言葉です。今後、性の多様性も進み、これまでの常識の枠組みとはまた異なる浮気調査も発生するでしょう。その時に、私たちはどう調査に向き合い、依頼者の幸せに貢献できるかを考えてしまいました。
夫の、地方創生に尽力をしていたという言葉はウソでした。しかし今回のことで改めて「地元」の思い出が大切なものだとも夫はわかったことでしょう。いつの日か、「故郷は捨てた」と言わず、茉莉子さんや子どもたちとも地元に帰り、当時の思い出話をすることができる日も来るかもしれません。
調査料金は60万円(経費別)です。