最近メディアでよく目にする「働かないおじさん」とは、「まったく仕事をしないおじさん」のことではなく、周囲の期待する役割に対して、成果や行動が伴っていないおじさんを指す。
働かないおじさん(おばさんの場合もあるが年代的に女性正社員の割合が少ないので問題視されることは少ない)は40代、50代の中高年社員で、働きに似合わない高い賃金を得ているとして特に若手社員から批判されている。仕事がないので勤務時間中、働いているふりをして業務用パソコンでネット記事を観覧したりゲームをしながら時間を潰しているなどの話も耳にする。
職務や遂行能力と賃金のバランスが取れていれば働かないおじさんとは言われないし、批判もされないのだが……。彼らが“発生”する事情を、事例をもとに社会保険労務士の木村政美氏が解説する。
A川さん(50歳、仮名=以下同)は、都内の大学卒業後専門商社の甲社(従業員数500名・本社の他全国10カ所に営業所がある)に就職、現在は本社総務部に所属している。
A川さんを含め同期入社で現在残っているのは7名。そのうち1名が部長、5名は課長もしくは営業所長の役職に就いている。対してA川さんは15年前から総務部第1課の係長で部下はいない。
役職面では同僚達から後れを取っていたが気にならなかった。その理由はもともと入社時から自社製品の開発を行う部署で働きたいと上司に何度もアピールしたが叶わず、徐々に仕事に対するやる気を失っていったことと、仕事終わりに同僚達と飲みに行くと、「部下に注意したらパワハラ扱いされた」「業績が上がらず上役に叱責された」などと愚痴ばかり聞かされ、出世して大変な思いをするくらいなら現状維持の方がマシだと思ったからだ。そして、
「今の自分は、出社したらメールをチェックして、決済書類に電子印を押すだけ。あとは特段やることもない。これで給料が出るなら最低でも60歳の定年まではここで働こう」
と考えていた。
1月上旬、退職した課員の後任者として企画部からB山さん(32歳、主任)が異動してきた。新製品のプロモーションを担当していたB山さんは、クライアントや社内会議用に資料を作成するためパソコンの扱いに長けていた。A川さんはというと、特にExcel、PowerPointが必要な作業は不得意で、C村総務第1課長(以下「C村課長」)から各種資料作成の業務が回ってくると、
「これ、俺には無理だからよろしく」
と他の課員に押し付けた。頼まれた課員達は不満げだったが、課内で最も勤続年数が長いA川さんに文句を言う者はなく、C村課長も見て見ぬふりをしていた。
1月下旬、C村課長はA川さんとB山さんを呼び、それぞれに冊子を渡しながら言った。
「昨日の管理職会議で、来年度以降の人事評価方法の変更が正式に決定した。2人で冊子の内容を簡潔化して、表やグラフ、イラスト等を加えた資料を作成してほしい。2月の管理職会議に間に合うよう2月2日までに完成するよう頼んだぞ」
A川さんは冊子をパラパラとめくったが、内容をほとんど見ることはなかった。
「どうせ難しいことばかり書いてあるに違いない。読むのもメンドくさいから全部B山君にやってもらおう」
作業を丸投げされたB山さんは、当初は断ろうと思ったが、
「係長はパソコン作業が苦手だ。下手にやらせるとレクチャーやチェックで時間を取られる。全部自分でやった方が早い」
と考え直し、A川さんの言うとおりにした。
次の日から、B山さんは毎日3時間の残業をしながら資料作りに集中した。A川さんは相変わらず出社すると自分宛てに来たメールをチェックし、いくつかの書類に決裁印を押した後はあまりにもヒマなので、会社のパソコンでインターネットにアクセスし、趣味の渓流釣りの記事を読み漁った。しかし、さすがにB山さんだけに仕事を押しつけるのは悪いと思い、彼が残業している時間中一緒に居残りした。
2月1日、時計は20時を指していたが、B山さんは今日までに資料を完成させようとパソコンに向かっていた。
A川さんは退屈そうにあくびをしながら、
「まだ終わらないの?」
と尋ねた。B山さんはA川さんの態度に腹を立て、言いたい文句を我慢しながらキーボードを叩き続けた。そして20時30分。やっと100ページの資料が完成するとA川さんに言った。
「係長、毎日一緒に居残りするくらいなら、ネットばかりいじってないでパソコンの操作を勉強されたらどうですか?」
「絶対無理。パソコンは若い人にやってもらった方がパッパッとできるし効率的じゃないか」
「しかしウチの部署って、人事関係の書類や資料を作るのにExcelやPowerPointの操作ができないと仕事にならないでしょう?実は昨日の午後、D沼総務部長(以下、「D沼部長」)に呼びだされて『最近残業が多いけど何してるの?』って聞かれました」
「それでどう答えたの?」
「A川係長がパソコンできないので、仕事を代わりにやっていることを話しました。すると『それは係長にやってもらえばいい。会社としてはそんな理由で残業されては困る』だそうです」
「ふーん……。前任の部長はそんなこと言わなかったのにD沼さんは厳しいな」
B山さんはため息をつきながら心の中で呟いた。
「どうせ資料の中身を読まずにこっちに丸投げしたんだろう。来年度から人事評価の運用基準が厳しくなるのを知らないんだな。係長、呑気なこと言ってるとクビになっちゃうかもよ。今までロクに仕事してないんだから……」
働かないおじさんが発生する理由は、A川さんのように「業務に必要なIT機器を使えないなど、会社が社員に求める能力、スキル等の変化に対応できない」「若手社員のときは仕事に前向きだったが、希望の職種に就けないうちにモチベーションが下がった」などさまざまだが、ここでは法律や会社の処遇面から考えてみたい。
(1)企業組織構成の中で中高年社員の割合が高いから
社員年齢構成は若手社員に比べて中高年社員の割合が高い企業が多く、働かないおじさんも増える傾向にある。
(2)年功序列で昇進するから
実績や能力に関係なく年功序列で管理職になった場合、役職にふさわしい職務が全うできないケースが増える。
(3)賃金体系が年功制になっているから
正社員の基本給は長期雇用を前提にしており、個人の業績や職務内容よりも年功に重きを置いた賃金設計を行っている企業が多い。その場合中高年社員と若手社員が同じ働きをしていても中高年社員の方が賃金が高くなるし、若手社員から見た場合、自分は毎日忙しく働いているのに、一見働いてなさそうな中高年社員の方が給料が高いのはおかしいとの不満が出る要因になっている。
(4)一旦上げた基本給は原則減給しないから
賃金の決定方法は基本給をベースにし、状況によって諸手当を加算することが多い。年功制によって決定された基本給はその後原則下がることはなく、もし下げる場合は労働者の合意が必要である。(労働契約法8条)
一方、昨今一部企業で導入しているジョブ型雇用では職種、職務内容によって賃金が決まるので職務に対する人事評価が上がれば賃金が上がり、一定の評価が得られなかった場合は賃金が下がる。この場合労働契約上の不利益変更の対象にはならない。
(5)雇用が安定しているから
企業が一旦雇い入れた従業員を解雇することは厳しく制限されている。解雇するには
・就業規則にその旨の明記があること
・解雇理由が合理的で社会通念上認められること
・法律、就業規則に則った手順を踏むこと
のすべてが必要であるが、能力不足や勤務状態不良などの理由で働かないおじさんを解雇するのは困難であり、解雇をする前に会社として、業務に必要なスキルや技術を習得する機会を与える、配置転換をするなど相応の対処が求められる。
また、働かないおじさんのほとんどは、労働契約締結時に総合職で採用されている。総合職は職種を限定していないため会社都合で人事権を行使できるかわりに、所属している部署が縮小、消滅しても他の部署に異動させるなどして雇用を守らなければならない。
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働かないおじさんが法律や社内の制度を決めたわけではないが、上記の理由により自らの処遇が守られていると言える。A川さんも同様で、詳しい理由は知らなくても「現在の勤務を続けていれば定年までクビにならず、給料も下がることはない」とは思っているだろう。
ここまで見てきたように、働かないおじさんが発生するのには、それ相応の理由がある。しかし、会社として彼らをそのまま放置するわけにもいかない。
〈部下や後輩に「苦手な仕事を丸投げ」する50歳は会社にはいらない…「働かないおじさん」に活躍してもらう方法〉では、働かないおじさんがいることによる企業のリスクや、彼らへの対処法など、詳しく見ていこう。
部下や後輩に「苦手な仕事を丸投げ」する50歳は会社にはいらない…「働かないおじさん」に活躍してもらう方法